第9話 魔王は寛大でした。
「なんだ。大きな声を出して」
しゃがれ声にびくっとして後ろ振り返ると、巨大な扉を押し開き狼頭の魔王が戻ってきた。逃げ損ねたことを後悔しつつも、剣呑な雰囲気が取れていることにホッとする。
「お前を殺す理由もなくなったわ」
「そう・・・」
「かかっ、貴様には殺す理由があったか。好きにするがいい。我に挑むなら、後悔させてやるまでよ」
「いえいえ、それには及びません。魔王様。このものには私の方から言い聞かせますので。それでは、この辺で失礼したいのですが…」
「構わんが、この死体を片付けていけ」
「貴様!!」
「お前は黙ってろ!!」
怒り狂いそうな勇者を黙らせて、改めて勇者の仲間一向に目を向ける。人の死体を見るのは初めてだ。それも、血まみれの手足のちぎれた大量の死体である。魔王の言い分は分かるが、さすがに嫌だ。無理だ。死体になんか触れるはずがない。
「エレン、お前の仲間だろ。お前が手厚く弔ってやったほうがいいだろ」
「…そうさせてもらうわ」
彼女はゆっくりとした足取りで死体に歩み寄る。すると、手元の指輪に口を近づけ何事か唱えた。すると、一瞬にして死体が指輪に吸い込まれていく。ゲームによくある無限ストレージのようなものだろう。随分と便利なものがあるものだとリュウは思う。だが、流れ出た血まできれいになった訳ではない。悲惨な戦闘の痕跡はありありと残っている。
さらに勇者が祈るような仕草で、呪文を唱えると突如として大量の水が生まれ血を洗い流していく。
「これで良いかしら」
「ああ」
魔王の気が変わる前にエレンを連れて、謁見の間を後にする。
「これからどうする?歩いて帰れるものなのか?」
「帰る?バカを言わないで」
「お前、まだ諦めてないのか?微塵も届いてないんだぞ」
「…それくらい分かってるわよ」
謁見の間を出て、長い廊下を歩く。魔王配下のものと思わしき獣の血を引いたような人型の魔物が複数いるが、勇者やリュウに何かを仕掛けてくるものはいない。遠巻きに見るだけで、何もしないというのも逆に不気味である。魔王が何か言ったのだろうかとリュウは考える。
城を出て森に入ったところで、エレンは立ち止まり木の幹を思い切り殴りつけた。大きな音が響き、木の上から葉っ ぱや虫が落ちてくる。人々の願いを受けて、仲間と共に魔王を討伐しにきて、何も出来ないどころか仲間を全て失ったのだ。その魔王には相手にすらされていないのだ。彼女の心中はリュウには理解し得なかった。
というよりも、理解する気もなかった。
「で、どうやって国に帰るんだ。俺はお前に召喚されたんだ。責任取れよ」
「貴様は!」
「知らん。お前の事なんか知ったことか。こっちはいきなりこんな世界に放り込まれて困ってんだよ。飯は?寝るところは?」
「ふざけるな!貴様は…貴様という奴は!」
「で?」
「…!!」
エレンに胸倉を掴まれ、木の幹に押し付けられる。それどころか彼女は剣を抜き、リュウの首に刃先を添えた。ピリッとした痛みが首筋に走る。
(やばっ。やりすぎた?殺される?なんか、魔王と圧倒的な力量があったから忘れていたが、こいつも滅茶苦茶強いはずなんだよな。折角魔王から逃れられたのに、殺されるわけにはいかん。よし、反省しよう)
「待て待て待て、やめろ。お前は勇者だろ。勇者が人を殺して良いのかよ」
「貴様はこの世界の住人じゃないからな。私の守るべき対象じゃない」
「おいおいおい、嘘だろ。ちょっと待てよ。お前が生きてるのは誰のお陰だ」
「誰のお陰だと!!感謝しろと!!一人おめおめと生きながらえたことを感謝しろというのか!」
「じゃあ、何か?死ぬのを黙って見てろっていうのか。お前が死ねば俺も死ぬのに!お前のせいで俺も死ぬのに!ふざけてるのはどっちだよ!!」
「っ!!」
エレンの動きが鈍った。
剣が引かれ、力なくひざから崩れ落ちた。
兜の向こうから嗚咽が聞こえてきた。
(ふぅ。とりあえず助かった、のか?)
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