第31話 忍び寄る最期のとき
身体強化のイメージを完成させて、世界を再起動させる。
地面を力強く蹴るのと同時に、鋭い爪が眼前を通り抜け身体強化の魔法がうまく言ったことを確信する。強化された力のおかげで、一歩の幅が広がったのだろう。
だが、安心したのもつかの間、わき腹に衝撃が突き抜ける。
体をくの字に折り曲げて吹き飛び、道の反対側の建物の壁に激突する。
「かはっ」
肺の中の空気が全て吐き出され、腹部、背中、頭、肩、肘、打ちつけた全ての部位から湧きおこる痛みが脳の処理できる限界を突破して世界が真っ白になる。
…
気を失ったのはほんの僅か。
遠く離れたところで、鼠の魔族は持っていた杖をフルスイングしていた。
ああ、そうか。
眼前には虎しか見えなかったが、俺を襲っていたのは二人の魔族だったと、遅まきながらに気がついた。
逃げようにも指先一本動かせる気がしない。肋骨が砕かれ、内臓にもダメージが及んでいる。壁にぶつかった衝撃で、直接攻撃を受けたわき腹以外もぼろぼろだ。
左手の親指に必死に命令をする。
動け!動け!動け!
かすかに指は動くが力が全く入っていない。決定ボタンの真上に親指はあるけども押し込むことが全然出来なかった。
今度こそ、本当に詰んだな。
部屋に入ってきたときと同様に二人の魔族は雨の帳を弾きながら悠長に歩み寄ってくる。
ここまで来るのに数秒だろう。
動け!!
頼む。
指一本でいい。
親指だけでいいんだ。
考える時間をくれ!!!
雨音が激しくても、俺が壁にぶつかった音は周囲に響いていた。宿屋の女将が、狐の両替商が、周囲の家々からも魔族が顔を出す。だけど、様子を伺うだけで、虎と鼠の動きを止めるものはいない。魔王の命に反する行動であっても、見てみぬ振りをするつもりなのだろう。
「全く老体をもっと労わって欲しかったのう」
どこが老体だよ!
杖をついて歩く鼠を見て、悪態をつく。
だが、言葉を発することも出来なかった。
「殺しておくか」
だらりと下げられた虎の爪がぬっと伸びる。
一歩一歩近づき間合いに入ったところで、確かな殺意を持って振り抜かれる。
四本の鋭い爪が眼前に迫ってくるのがスローモーションのように感じられる。
ああ、これが、交通事故のときに世界がゆっくり動くとか言うあれなのか。
どうせなら一瞬で終われば良いのに。
恐怖を感じる時間が長いなんてのは最悪でしかない。
ここで終わりか。
ここで死ぬのか。
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