第二章 鬼の隠れ里
第33話 殺されかけた村を出るのは普通だよね?
ぬちゃぬちゃ、ぬちゃぬちゃ。
歩くたびにぬかるんだ地面のぐにゃっと言う感覚が足裏に感じて怖気を催すような気持ち悪さが駆け上がる。
「なあ、エレン」
「どうした」
すぐ側を歩いているというのに雨音のせいで声が遠く感じる。コートを目深に被っているせいで余計に音が拾いにくい。
「なんで俺達は歩いているんだ?」
「なんでって…アルバイン大陸に戻るためでしょ」
「いやいや、そうじゃなくってなんでこんな雨の中、ずぶずぶの泥道を歩いてるんだって話だよ」
「それを君が言うのか。私はもう一泊しようっていったのに聞かなかったじゃないか」
「ったり前だろ。こちとら殺されかけたんだよ。やだよ。女将さんはいい人だったし、朝飯も美味かったし、あの後入った温泉も気持ちよかったけど…」
「それの何が不満なんだ?」
「えっ、今言ったよね。殺されかけたって」
「まあ、相手も謝ったんだしいいじゃないか」
「いいわけあるか!」
宿に戻ったあと、俺は魔法の使いすぎで気を失い一晩そのまま眠っていたらしい。夢の中で向上神とつまらない掛け合いをして目覚めれば朝日が昇り、相変わらず雨が降っていた。狸の女将さんは窓の割れた部屋から移動させてくれて、宿代もただにしてくれた。直接、二人の魔族も謝罪に訪れてくれた。
だからといって、雨が降っているからともう一泊する気になれるはずがない。
無いよね。
俺、間違ってないよね。
「ああ、もう。地面が気持ち悪いんだよ。なんかないのか?例えば、エレンの魔法で空飛んでいくとか出来ないのか?」
「無理だな。魔法はそこまで万能なものでもないよ」
「そうか?出来そうな気がするんだが…まあ、いいや。じゃあ、俺を抱えて海岸線まで走るとか。エレンならとんでもない速度で走れるだろ」
「だから、君は私を何だと思っているんだ。もちろん、君とは比較にならない速度で走れるが、それで海岸まで一直線とは行かないよ。歩いていくのが一番だ」
「マジか…はぁ。せめて靴…」
靴さえあれば、わがまま言わない。
いや、たぶん。靴があってもわがまま言うけど。
動物の皮を足に巻いているおかげで、石ころからは守られているし、濡れるということもない。だが、どうしてもぬかるみに突っ込んだときの、気持ち悪い感覚だけは伝わってくる。
マジで最悪。
「それは、難しいだろ。気付いているだろ」
「まあな」
不愉快ながらも頷きを返す。
魔族は基本的に裸足だ。服に関してもコートやエプロン、着物を羽織ってはいたけども、全身体毛に覆われている彼らには必要なものではないのだ。何の意味があってつけているのか分からないし、魔王は服を身につけてなかった。となると、アルバイン大陸にいくまで、靴の入手は不可能ということに他ならない。
心底うんざりする。
もう嫌だ。
四畳半のアパートが恋しい。
「とりあえず、野営しないか。村さえ出れたらどうでもいいんだ。別に無理して歩く必要は無いだろう」
「本当に君は我がままだな…まあ、いい。なら、この辺に家を作るか」
現在いるのは山の中腹。
魔王城から出て一泊した村を出発して1時間ほど歩いたところだった。出来る限り一直線に進みたいので、東に続く街道を選択して歩いていた。それほど高い山ではないけども、傾斜のある道というのも、自宅のまっ平らな自宅の上しか歩かない俺としては避けて通りたいところなのだ。
エレンが地面に右手を近づけ、力を集中させる。地面が隆起し始めたとき、
ドン
と爆発するような音が耳朶を叩いた。
「こっちに!!」
驚愕してうろたえていると、エレンが俺の腕を引っ張り大きく飛び上がった。
「は!?はあ!!!!」
彼女は飛ぶ。
それはもう、ありえないくらい。
空は飛べないといった癖に、俺の腕を掴んだまま彼女は地上から数十メートルは飛び上がる。木々を遥かに超えて雨の帳に隠されながらも遠くの景色まで見えてくる。急に遠くなる地面に恐怖を覚えるが、それよりも目の前に広がっている大量の土砂に肝を冷やされる。
「なんだ、あれ!!」
「地すべりだ。このまま落下すれば、巻き込まれる。手を離すなよ」
大量の土砂が瘡蓋がはがれるように、山から切り離されて木々をなぎ倒しながら動いている。いくら6トン近くの土石を操る彼女といえども、コントロールできる物量を超えている。
時間を止めるか?
頭を過ぎるも、彼女の顔を見れば些かも焦っている様子は無い。何かしらここから切り抜ける方法があるのだろうと身を委ねることにしてみる。
昨夜のレベルアップで多少魔力が上がったといっても、俺の小細工よりはまともな力があるだろうから。
彼女は落下しながら魔法を行使すると、二人の足元に円盤状の土の地面が現れる。それに乗って地滑りを起こす大地に着地すると、なすすべなくそのまま流される。
「で?」
「そのうち止まるだろ」
「…まじ?」
「マジだ」
雪崩の上をボードですべるような無茶を、地すべりの上で再現するエレンについていく以外に道は無い。
怖ェよ。
どんどん、速度上がっているんですけど?
エレンは馬鹿なの?
これ、止まった瞬間に投げ出されるじゃないの?
「あばばばばばっ」
文句の一つでも言ってやろうと口を開いたら、大量の風が口に入ってきて何も言えない。それをみたエレンが小ばかにしたような半眼で俺を見ているが、これ、君のせいだからね。
分かってる?
余裕の表情で、むしろ滑落を楽しんでいるような顔のエレンを横目にしながら俺は恐怖と共に大きなため息を吐いた。
なるようになれ!
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