第3話 このボタンは、現在使用できません!
時間が止まったと理解したのは、音がなくなったからだ。
今にも攻撃を仕掛けてきそうだった魔王の指からは何も発せられることなく、リュウの前に立ちはだかろうとした勇者はそのまま動きを止めていた。
(助かった…のか?)
疑問系なのは、助かったとはとてもじゃないが思えないから。
徐々に頭がクリアになっていく。
目の前の状況は夢ではなくリアルだと改めて認識する。
(これが異世界召喚物だとして、勇者と魔王の最終決戦を前にオレが呼び出されたと。いやいやいや、ありえないだろ。オレにあれと戦えと?)
目の前の狼頭に視線を合わせる。
身長は3メートル近い。座っていてもその大きさは分かる。
肉食獣らしい鋭利な牙。金色の虹彩に猫のように細く紅い瞳孔が不気味に光る。鋼のように硬質そうな毛並み、指先には金属も軽く切り裂けそうなほどに尖った爪。
せめてショットガンの一つでもないと戦える気がしない。
いや、それでも、足りる気がしない。
何しろ、勇者やその一行を前に、狼頭は座ったままなのだ。
立ち上がる必要すらない。
戦力差は歴然としている。
魔王を討伐するために、立ち上がった彼らが手も足も出ない相手をリュウにどうにかできるはずもない。
(自宅警備員のオレにどうしろっていうんだよ!このまま止まった世界の中で生きていく?テレビも、アニメも、漫画も、ゲームも、スナックもコーラもない世界で?止まった世界…?)
ようやく気が付いた。
(なんだよ。無理ゲーかと思ったけど、異世界召喚とともに、時止めの能力ゲットしてんじゃないか)
(ははははは)
笑いが止まらなくなる。
戦う力なんてない。でも、時間を止めれるなら無敵も同然。
リュウへ向かって死の一撃を放とうとする魔王に向かおうとする。
行こうとする。
動こうとする。
足を出そうとする。
手を動かそうとする。
(うごかねぇ。くそっ!ふざけんな。時止めの能力じゃないのかよ。動けないんじゃ意味ないだろが!)
唯一動くのはリモコンを握る手。
それも、親指のみ。
(つまり、止まった世界を再起動することしか出来ないと?ふざけんじゃねぇぞ。俺にできるのは考えることだけか?考えれば、この状況をどうにかできるってのか?)
悪態をつき、手にしたリモコンを投げ捨てようとして、それが出来ないことに気が付く。もどかしく、頭をかきむしろうとしても、それさえ出来ない。
唯一動く左手の親指を動かして、違うボタンを押してみる。
決定ボタンの上にあった上ボタン。
『このボタンは、現在使用できません』
一メートルくらい前方に、大きな文字が浮かび上がる。
テレビの画面に現れたのと同じフォントで表示されるそれはリュウの心をかき乱す。
ボタンを押す。
『このボタンは、現在使用できません』
ボタンを押す。
『このボタンは、現在使用できません』
ボタンを押す。
『このボタンは、現在使用できません』
ボタンを…。
決定ボタンの回りをすべて試した。『地デジ』も『BS』も『CS』も『録画』も『上』も『下』も『右』も『左』も『機能』も『戻る』も使えない。
(何だよ。ふざけんなよ。このまま再起動しかないってのか?いっそのこと、電源を押すか?押せば終了だろ。終了って何だ。終わり。この世界からの脱出。それとも死?リスクがありすぎる。死にたくはない。ほかに何がある。チャンネルボタン、音量ボタン、消音、入力切り替え、dデータ、メニュー…これか!)
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