第46話 いや、わかっていたんだ

 町はずれの海岸沿いに巨大なクジラのような海洋生物が浮かんでいる。サイズ的には全長20メートルくらいだろう。昨日購入した小舟があるが、当然それよりでかい。その謎の生き物の上にずぶぬれになったエレンが仁王立ちで立っていた。


「ふう、さすがにこれだけ大きいと大変だったわ」

「大変とかそういう次元じゃねえだろうが!!」


 驚きが大きすぎて、突っ込みも調子が出ない。この女の異常性は知っているつもりだったが、これはまた別次元の話だ。


 人間、水の中では呼吸できない。

 どれだけ身体能力が優れていようとも、海洋生物より早く泳げるわけがない。


 というのは、幻想だった。

 そもそも、理由も言わずに海に潜った結果がこれである。


「食うのか?」


 日本でも鯨は食べるので、うまいのかもしれないが。


「食べるわけないでしょ。アルバイン大陸まで連れてってもらうのよ。ルミエお願いしていい?」

「え、え、えええ。僕ですか?」


 真横にいた少女が素っ頓狂な声を上げるが、それは正解だろう。


「っていうか、できるの?」

「…わかりません。そもそも、海が初めてなので、海の生き物に魔眼が通じるか…」

「ほら、やってみて。とりあえず、これ起こすから」


 と、気絶しているらしい鯨っぽい何かに軽く小突いた。まあ、軽くといっても20メートルの巨体を揺さぶる程度の力だが。俺は一度、エレンと常識について話し合いたい気がする。


 ルミエは鯨の岩場から、小舟に飛び移ると人間の頭ほどもある目玉と視線を合わせた。

 風圧さえ起こせそうな巨大なウインクが巻き起こると、一瞬動向がぐわっと開いて、瞼をとろんと半分ほど落とした。

 どうやら、魅了にかかったらしい。


 エレンもたいがいなのだが、ルミエも規格外だ。大体、制御ができないという設定はどこに行った?制御ができないから、暴走してしまうから、村八分を受けていたんじゃなかったのか。


 そんな疑問をよそに、どこからか取り出したロープで小舟と鯨をつなぎとめる。手漕ぎや帆船より速そうだ。これなら碇がなくても流されることはないだろう。


「な、問題ないって言ったでしょ!」


 どや顔で言うエレンがムカついたので、


「明日から三日間雨だぞ」


 というと、ちょっと悲しそうな顔になったところで俺は留飲を下した。

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