第7話 唸れ!口八丁!

 スロー再生ボタンを押すと同時に、リュウは頭を下げた。

 予想通り世界はゆっくりと動き出す。視線の先で魔王の指先が光輝き、収束した光が一条の筋となって伸びてくるのが分かった。コマ落としのように、連続した動きではなく光の筋が延びてくる。脳内の処理が間に合わないほどの速度に背筋が凍りつく。しかし、それと同時に光の筋が決して自分に当たらないことが確信できた。

 

「ま、待ってくれ!」


 魔王の攻撃はリュウの頭髪を数本巻き添えにして背後の壁に穴を穿ち、いつの間にかスロー再生は通常に戻っている。右手を上げて必死の形相で叫ぶリュウに、魔王は口角を吊り上げ残忍な笑みを浮かべた。


「ほう、我の攻撃を避けるか?」

「いやいやいや、偶然です。たまたま以外の何物でもないです」

「かかっ、そうらしい」


 リュウの足元に出来た水溜りを見て、魔王が笑う。地獄の底から響くような恐ろしい声を前に、24歳の無職、日々テレビを見てゴロゴロしているだけのリュウに出来ることなど何もない。ただ、恐怖に身を竦ませるだけ。


 そのはずだった。


 しかし、彼は選択した。


 自分の職業を『ニート』ではなく、『言い訳師』に変更した。


 そして、『言い訳師』の固有スキル『口八丁』が動き出す。


「俺は、い、いや、ボクは魔王様に逆らうつもりはありません。状況が全く分かりませんが、魔王様と彼女が争っていることはわかりました。そして、ボクは彼女に呼び出されたのでしょう。でも、だからといって、ボクが彼女に味方する理由はありません。何故なら、ボクにはどっちが悪かわかりません!」

「なにを言っているんだ!」


 リュウの言葉に先に反応したのは勇者の方。それも、当然だろう。味方として召喚したはずのリュウが戦力として通用しないばかりか、自らの正義に疑義を唱えれば。


「あれは魔王だぞ!貴様にはあれが悪だと分からんのか!」

「なぜ?」


 リュウは怯えた表情のまま聞き返す。リュウにもわかっている。狼頭の魔王から漂ってくる禍々しい気配。よく見るアニメや漫画の設定でも、目の前のそれは魔王と呼ぶに相応しい風格を持っている。だから、鎧兜をつけて光の剣を握る女が、勇者であり正義であることを疑っているわけではない。


 だが、それと同じくらい、どっちが強いのかは一目瞭然だった。


 ただの自己保身。


 この場を切り抜けるために、擦り寄るべきはどちらなのか?考えるまでもなく答は出ていた。


「たった一人の魔王を相手に、大勢で襲い掛かっている貴女のほうが悪に見えます」


 昔からゲームでも、勇者は仲間を集めて魔王に戦いに挑んでいる。それは、魔王が強すぎるからで、正義だからと勇者一行は多勢で襲い掛かることを許されている。


(まあ、それが普通だろうけどね。これだけの人を集めても、手も足も出ないんだ、一人で戦うのが卑怯とは思わない。ましてや世界の命運をかけているのなら、どんな手を使ってでも魔王を倒すべきだろう。でも、だからといって、俺は死にたくない。卑怯だと嗤えよ。自己保身の何が悪いって言うんだよ)


「かかっ、なるほど、なるほど。勇者よ。お前は卑怯者らしい」


 魔王が嗤う。

 勇者が叫ぶ。


「ふざけるな!私が卑怯者だと!貴様を召喚するためにどれだけの犠牲を払ったか分かっているのか。戦えないだけならまだいい。だが、私達を愚弄するな!」

「知るか!勝手に召喚しておいて、こっちは迷惑なんだよ」

「馬鹿な!召喚には本人の同意が必要なはず」

「え?」


(いやいやいや、マジか!確かに聞かれたよ。聞かれたけど、あれは…ただのテレビだって思うだろうが!)


「貴様はきちんと私の呼び声に答えたのだろう。ならば働け!」


 言葉に詰まったリュウを勇者が攻め立てる。


「くくっ、話は終わりか?つまらん余興だったな。まあ、我に楯突く気がないのなら、そこの男は生かしてやる。だが、貴様は駄目だ!」

「クソっ、ここまでか」


 魔王からの無罪放免の発言にホッとしていると、勇者の言葉にリュウは再び窮地に陥ることになった。


「私が死ねばお前も死ぬぞ。貴様に何が出来るかわからんが、精々一緒にあがくぞ!」


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