第36話 鬼の村、入り口
なんで、異世界にきて四日で四度も死にそうな目に遭わなきゃいけないんだと胸中で悪態をつく。魔王と勇者の戦いに巻き込まれ、魔族の村で襲われ、土砂崩れに飲み込まれそうになり、そして弓と剣を構えた男達に囲まれている。彼らの矢先は顔のど真ん中にポイントされている。
命の危機だと言うのに若干の余裕を感じているのは、すでにこれが四度目だからか、すぐ側にエレンがいるからだろう。
「…貴様らは何だ?人か?」
いぶかしげな表情を浮かべて男が口を開く。
そう、男である。
村で見た魔族は男も女も見た目だけでは判断がつかなかったが、いま俺たちを取り囲んでいるのは声を発していない面々も含めて性別がはっきりと分かる。
理由は単純な話、彼らは獣ではないからだ。
いわゆる鬼と言って間違いないのだろう。額から複数ほんの角を生やしているのを除けば人と変わりない。赤い瞳に赤い髪。肌は雪のように白い。村の魔族が人の真似事のように羽織っていただけの服を、彼らは服として有効活用していた。
「逆に聞きたい。君達こそ魔族なのか?」
エレンは臆することなく、聞き返す。剣の刃先を向けられようと、槍を突きつけられようと、無数の弓に囲まれていても微塵も気にしている様子はない。
「どうやってここに来た?」
「土砂崩れに巻き込まれて山を彷徨っていただけ、べつにここに用があるわけではないわ」
エレンの質問を流して、別の質問を投げてくる鬼に対して彼女は肩を竦めて事実を答える。野営地を出発してから6時間ほど、山中をさ迷い歩いた結果、たどり着いたのだ。
炊煙が遠くから見えて、集落らしきものに近づいたところで、こうして囲まれたわけだ。襲われるという問題はあったが、ウエルカム状態だった魔王城近くの村の魔族に比べると彼らは完全に警戒している。
「な、なあ。魔王様から連絡はなかったのか?」
こう着状態を見かねた俺はびびりながらも声をかけた。村の魔族の話では、人族に手を出すなと魔王から通達があったらしい。なのに、彼らは俺の言葉をきょとんとして聞いていた。
「どういうことだ?陛下からの連絡?」
「魔王城近くの村だと、人族に手を出すなと連絡があったらしい」
「そんな話は知らん。だが、つまり、貴様は人族なのか?なぜ、こんな奥地に人族が…?もう一度、問おう。貴様等は何だ?」
「人族では答えにならないのか」
見た目は人に近くても、魔王を陛下と呼ぶということは、彼らもやはり魔族なのだろう。だとしたら、魔王を討とうとした勇者一行とは口が裂けても言えるわけがない。
「目的を問うておる。人族が斯様な場所に来る理由など、一つしか思い当たらぬが、心して答えよ」
「魔王をコロ--」
「って、お前はバカか!!!!」
正直すぎるエレンの回答に、剣を突きつけられていることを忘れて思い切り突っ込みを入れる。目の前の男の顔が文字通り鬼の形相に見る見る変わる。
「まーて、待て待て待て。誤解だ。いや、誤解というわけでもないが。誤解だ」
手をぶんぶんと振って、場を和ませようとする。左手のリモコンを操作して、職業を防御力重視の苦痲無士から言い訳士に変更しておく。
シャキっと音を立てて、剣を握りなおし、弓の弦が引き絞られる。
じりじりと、一歩二歩と近づいてくる。
「話を聞いてくれ。話を。殺しに来たのは本当だ。だが、考えてみてくれ。なんで、俺達は生きてここにいる。魔王様と相対したのなら、殺されて当然だろう。それに、人族に手を出すなと魔王様自ら連絡するはずもない。ここに連絡がきてない理由はわからないが、すくなくとも今の俺たちに魔王様と敵対する意思はない。俺達は魔王様の慈悲に生かされているんだ。だから、魔族にも手を出すつもりはない。これからアルバイン大陸に戻り、魔王の意思を伝え、二度とこの大陸へ侵攻をしようなどと思わないよう人族を説得するつもりだ」
一気に口をついて言葉が出てくる。
妄想力には自信があっても、演説力など欠片もない。そもそも、人と言葉を交わすことすら苦手な俺だが、言い訳士にしていると面白いように言葉が回る。どの程度の説得力があるかは不明だが、鬼達がお互いに顔を見合わせて、俺の言ったことを考えているようだった。
「人族は二度と戦争を起こさないと?」
「ああ、約束する」
俺にそんな力はないが。
「しばしここでまて。妙な動きはするなよ。ダイアン、こいつ等が動いたら斬れ」
「は!」
ダイアンらしき男に命令を飛ばすと、俺たちと話をしていた長髪の男がどこかへ駆けて行った。村の偉い人に話を通してくれるのかもしれない。俺達はその結果を待つだけだ。
まあ、いざとなったらエレンがどうにかしてくれるだろうと思うと、それほどの恐怖を感じなかった。っとうか、ちょっとずつ恐怖に対して麻痺している気がするのだが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます