第16話 トイレに紙はありません
堪能しました。
死ぬほど美味かった。日々、コンビニ弁当やカップラーメン、スナック菓子で形成されていた味覚が極上の料理に刺激され素材の味を理解するほどに覚醒していた。
最後にオレンジのような柑橘類を食べて、肉料理の脂っこさがきれいさっぱい拭い去られる。
彼女の言うように、野菜こそ少なかったが十二分に満足のいくものだった。
(っていうか、野菜は嫌いだしな。野菜なにそれ美味しいの?レタスもキャベツも葉っぱだし、にんじんとかウサギのえさじゃん)
パンパンになったおなかを擦っていると、水の入っていたジョッキに新たな液体が注がれる。香りからして紅茶らしい。食後のティーまで用意するエレンのスペックの高さに舌を巻く。
「なあ、砂糖あるか?紅茶ストレートじゃ飲めないんだけど?」
「砂糖か…すまない。蜂蜜でも良いだろうか?」
指輪から取り出したのは瓶に入った黄金色に輝く濃厚そうな蜂蜜。紅茶に蜂蜜。何も問題はない。リュウは小さじいっぱいの蜂蜜を紅茶に入れて、ぐるぐるぐるぐるかき混ぜる。そして、一口。甘さの広がる紅茶の芳醇な香りに満足する。
(紅茶を美味いとか思ったの初めてだが、美味いな)
リュウが紅茶を堪能している間に、エレンはテーブルの上を手早く片付けていく。家の外に作られたキッチンも片付けているのだろう。せわしなく家の中と外を行ったり来たり。ようやく片付いたのか、彼女も席に着き、湯気の立ち上る紅茶を一口含み、ふーと息を吐いた。
「今日はその、なんだか疲れてしまったな」
魔王と激闘として、仲間をたくさん失ったのだ。リュウには彼女の心情を推し量ることなど出来ない。そもそも、そんなにコミュニケーションスキルが高かったら、もっと上手く生きることが出来ただろう。仕事をやめて家に引き篭もるという選択肢は、どういい繕ったところで『逃げ』なのだから。
リュウはだから空気を読まない。
「トイレに行きたいんだが」
「…ん?いけば良いだろ。部屋を出て左手に作っているぞ」
彼女が小首をかしげる。なにしろ、この即席ハウスにはトイレらしき空間まで用意されていた。ドアがなくてもオープンスタイルにならないように、間取りが工夫されている。そして、トイレにはいわゆる便座らしきものがあり、どこまで穴を掘ったのか、底が恐ろしく深い。余りにも闇が深いので、トイレの先が異世界だといわれても信じられそうなほど。だが、問題はそこではない。
「そうじゃなくて、紙をくれないか?」
「紙?トイレに行くのになぜ紙が必要なのだ?」
「えっ?」
「えっ?」
「紙使うだろ。いや、その、あれだぞ。大きい方がしたいんだが…」
「だから、君はなにを…ああ、そういうことか。すまない。君は魔法が使えなかったんだな」
やっと合点がいったというように手をぽんと叩いたが、リュウが怪訝な表情で答える。
「意味が分からないんだが?」
「普通、トイレの後は水魔法で洗浄して、風魔法で乾かすのだ」
「ウォシュレットかよ!!!」
「うぉしゅ…なんだ、それは?」
「ああ、いや、いい。その、おれは魔法が使えないから、その、紙が欲しいんだがあるだろうか?」
「紙でどうするのか分からないが、持っていないな。すまない。普通、5歳程度までには自分で出来るようになるからな」
「レベル高ぇな。異世界!!」
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