挿話2 公爵令嬢グレイス

「どうしてっ!? 私はただ困っている人達を助けたいのっ!」


 モンスターが溢れるこの世界で、困っている人達が沢山居る。

 そんな人たちを守りたい。

 ただそれだけの事なのに、どういう訳か周りの人たちが寄ってたかって私の想いを邪魔してくる。


「グレイスや。どれだけ頑張っても、女性は騎士になれんのだ」

「だったら、私が初めての騎士になってみせましょう」

「そういう問題ではないのだ。よいか、グレイス。この世界は仕来たりという名のルールによって縛られておってだな……」

「分かりました。騎士が無理なら、冒険者になります。冒険者なら、女性でも沢山いるでしょう」

「グレイス。剣を置いて、代わりに花などどうだ? 心が和むぞ」

「花で人が救えるのですか!? 今まさにモンスターから襲われようとしている人を!」


 唖然とするパパに一礼し、自分の部屋に戻ると、愛用の剣を手に取ってみる。

 成長するに従って刃を交換し、常に私の身長に合うようにしてもらっているが、刃以外はずっと同じ。

 毎日手入れもしているし、かけがえのないパートナーといえる存在だ。

 十年もの間、修行を積んだのだから、今の私ならモンスターの群れだって倒せるかもしれない。

 剣術の先生が十八回も変わったのは伊達じゃないんだから!

 ゴブリンや、ゴブリンメイジなら倒した事があるし、きっと誰かを助ける事が出来るはずよ!


「そうだわ! お父様の許可なんて得る必要ないじゃない。私はもう十六歳なんだもの。私一人でも冒険者になれる!」


 お父様にバレないように、こっそりとメイドさんたちに荷作りを行ってもらい、お婆様から少しお小遣いをいただいて、計画当日の朝に料理長お手製のお弁当を用意してもらった。

 ふふっ。後は、誰かに馬車を出してもらって街へ……あら、丁度良い所に馬車があるじゃない。

 聞けば、食料の買い出しに街へ行くらしいし、乗せてもらいましょう。

 こっそり冒険者になっちゃおう作戦……開始よ!

 暫く馬車でウトウトとしていると、丁度冒険者ギルドのすぐ傍にあるお店で止まった。

 これは幸先が良いわね。何から何までツイてるわ!

 えっと、先ずはギルドに登録して、依頼を受けるのよね。


「……どうしてっ!? どうして、薬草を摘む仕事しか受けられないの!?」

「ですから、グレイス様はまだ冒険者としての実績が……」

「そんなの関係ないじゃない! ……ほら、そこの張り紙! ゴブリンが巣を作ったみたいだから、助けて欲しいって書いてあるじゃない!」

「あれは、Cランク向けの冒険者への依頼です。グレイス様は、まだFランクで……」

「決めたわ! 私、この依頼を受ける!」

「ちょ、ちょっとグレイス様っ! ……た、大変だっ!」


 後ろで冒険者ギルドの受付の人が騒いでいるけど、私には関係ないわっ!

 人々を困らせるゴブリンめ! 首を洗って待っていなさいっ!


……


「ここがゴブリンの巣ね。全滅させてや……って、いきなり落とし穴なのっ!?」


 ゆ、油断した。

 というか、そもそも視界を確保する前に落とし穴があるなんて。

 一先ず、暗闇の中でも普通に見えるようになる魔法を……


「あ、あれ? どんな魔法だっけ?」


 なんだっけ。

 喉まで出かかっているのに、出て来ない。

 むー……いえ、焦っても仕方が無いわ。

 先ずはお弁当を食べて、体力を回復させましょう。

 落ち着いて冷静になれば、きっと思い出せるはず……。


 ……はっ! ね、寝ちゃってたの!?

 今は何時なんだろう。

 洞窟の入口のすぐ傍だから、さっきまでまだ手元が見えていたけど、見えないという事は……夜?

 流石に今から動くのは得策じゃないわね。

 さっきまで寝ていたから、体力は余っているけど、一先ず朝まで待って……ま、また寝てたの!?

 もしかして、この落とし穴に、眠くなるトラップがあるとか!?

 のんびりご飯を食べている場合じゃなかったわ!

 先ずは洞窟を出て、暗視の魔法……思い出したっ!


「ビュー・クリア」


 うん、よく見える!

 今度こそ、行くわよっ! 待ってなさい、ゴブリンめっ!

 ……って、お、落とし穴ばっかりズルいのよ。もっと正々堂々と戦いなさいよねっ!

 でも、今回はフチに捕まって、下まで落ちなかった。

 ここから上がって……


「おい、大丈夫か!?」


 そう言って、冒険者らしき男性が、片手で私の身体を軽々と持ち上げる。

 す、凄い。細身の身体なのに、どうしてこんな力が!?

 この人、一緒に歩いているだけで、どんどんゴブリンを倒して行くし、一体どれだけ修行を積んだのだろう。

 ……待って。さっきから私が全くゴブリンを倒してないっ!

 次は絶対に私が倒す……って、ゴブリン・ロードにゴブリン・ナイト!?

 こんなの、勝てるわけが無いじゃない!


「グレイス! これを使えっ! お前は盾を使う才能があるんだ!」


 諦めかけた所に、冒険者が盾を渡してきた。

 私に才能……? だけど剣技を習得するのに、私は十年も掛かったのに、そんな私に才能なんて……で、でも、こんなに凄い人が言ってくれているんだから、実は私自身も気付いていない才能があるのかもしれない。

 一先ず言われた通りに盾を構え、ゴブリン・ナイトたちと対峙し……いや、無理ぃぃぃっ!

 だけど、この人は慌てる私とは反対に、落ち着いていて……って、抱きしめられたっ!?

 私が可愛いのは分かるけど、こんな時に求婚しなくても……って、今度は落とし穴にダイブするの!? あ、ゴブリン・ロードにとどめをさしたのね。

 それから、お姫様抱っこをされ、裸を見せられ、その上可愛いって言われて……いえ、私は可愛い! きっと可愛いのよ?

 だけど、自分では可愛いはずだと思っていても、周りからは剣が恋人の残念な少女扱いされていたから、パパ以外の異性から可愛いなんて言われたのは初めてかも。

 私の事をちゃんと女の子として扱ってくれて、強い上に気も効く、完璧超人なこの人の名は……ウィルさんって言うのね!

 お兄様。貴方に憧れて騎士を目指しておりましたが……私はウィルさんのお嫁さんを目指す事にします!

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