第16話 通報案件

「えーっと、グレイス?」

「……あっ! ち、違うんだっ! これは、その……良い身体だなと思って。……ま、待ってくれ! 変な意味じゃないぞ! 良く鍛え上げているなって意味だっ!」

「はいはい」

「お、おい、本当だぞ!? 決して、私が男性の身体を見るのが初めてとか、そういうのじゃ無いんだからなっ!?」


 何て言うか、グレイスは喋れば喋る程、残念になるというか、ボロが出るというか。

 このポンコツ状態から、あの頼れる聖騎士のグレイスになるって、相当だな。


「じゃあ、そろそろ寝るか」

「ね、寝るって、その……」

「もちろん、就寝するって意味だ」


 金髪JKは何を心配しているのやら。

 俺は子供相手に変な事をしないっての。

 いや、まぁグレイスも出る所は出ているし、年齢以外は決して子供では無いのだけどさ。


「では、最初は私が見張りをしよう。先に休んでくれ」

「いや、その必要は無いぞ」

「な……それはつまり、私が眠った所を襲うと警戒しているのか!? さ、流石の私でも、そんな酷い事はしないと思うぞ?」


 何故に疑問形なんだ?

 というか、普通は逆だろ。俺に襲われる事を心配しろよ。


「そういう事じゃ無くて、これを使うから、そもそも見張りが不要だという話だ」

「……その石は?」

「これは結界石だ。これで囲って魔力を流すと、簡易の結界が出来る。だが簡易と言っても、相当強力なモンスターでなければ突破出来ないから、安心して休む事が出来るんだ」


 これもデバッグコマンドで作り出した、プチレアアイテムだ。

 ゲーム内では終盤でこそ高額で店売りしているものの、中盤までは宝箱や、モンスターからのドロップでしか得られないくせに、ボス戦には必須で、需要と供給が合っていなかったりする。

 だから、この時点でのグレイスは知らなくても仕方が無いのだが、いずれにせよ使い放題だ。


「そうか。じゃあ、安心だな。では、早速寝ようじゃないか」

「そうだな。じゃあ、俺はこっちで……って、あれ? 毛布は? 確か二枚あったはずなんだが」

「あぁ、それならここだぞ。地面が硬いから、一枚敷布団代わりにさせてもらった」


 えぇー。これだから貴族のお嬢様は。

 つまり、お前の物は俺の物。俺の物は……を地で行くんだな。

 まぁいいや。グレイスが眠りに就いたら、こっそりもう一枚毛布を作り出そう。


「わかった。じゃあ、俺はこっちで寝るから、ゆっくり休んでくれ。夜が明けたら朝食を済ませて、街へと出発しよう。じゃあ、おやす……」

「待って。どうして、そっちへ行くの? 毛布はここに敷いたって言ったじゃない」

「あぁ、グレイスはそこで寝るんだろ? だから俺はこっちで……」

「何故? 毛布はあと一枚しかないんだから、一緒に寝れば良いじゃない」


 え? いやいやいや、何を言っているんだ!?

 俺はオッサンで、グレイスは金髪美少女……まさか、これをネタにして俺を強請る気か!?

 いや、仮にも公爵令嬢がそんな事をする訳ないよな。

 金に困ってなんて居ないだろうし。


「そ、それは不味くないか?」

「どうして?」

「いや、だって……その、嫁入り前の少女が見ず知らずの男と同じ毛布で寝るなんて」

「ふふっ……私をそんな風に見てくれていたの?」

「え? それは当然だろ? 可愛い女の子なんだし」


 あれ? 何で、そこで無言になるんだ?

 どうして、毛布で顔を隠すんだ!?

 そのリアクションはおかしくないか?

 女の子なのに、剣を手にして冒険者になりたいっていうのは珍しいかもしれないけれど、公爵令嬢だろ?

 毎日見合いの話が転がってきたり、求婚されたりするんじゃないのか!?


「よ、夜も遅いし、早く寝ましょ」

「え? あ、あぁ、そうだな……じゃ、じゃあ、失礼します」

「どうして、そんなに端っこなの? ちゃんと毛布を被らないと風邪をひくわよ? ……えっと……」

「ん? 名前か? 俺はウィルっていうんだが」

「じゃあ、ウィル。もっとこっちに来て。……そうそう。おやすみ、ウィル」

「お、おやすみ……グレイス」


 え? な、何だこれ!?

 何で、俺が金髪JKと……グレイスと同じ毛布に包まって眠っているんだ!?

 いやいやいや、これ日本だったら通報案件だぜ!?

 ……まぁ日本じゃないんだけどさ。


――すぅ……


 今、自分に起こっている想定外の事態に困惑していると、すぐ隣で眠るグレイスから、小さな寝息が聞こえて来た。

 この状況で良く寝られるな!

 すぐ隣に知らないオッサンが居るんだよ!?

 襲われちゃうよ!? いや、襲わないけどさ。……じゃあ、俺が襲わないって信頼出来たって事?

 全くもって若い少女の考える事は分からん! と、グレイスに背中を向けていると、小さな手が俺の背に触れる。

 え? ちょっとグレイスさん!? マジで何を……


「……お兄様……」


 何の事かと思ったが、どうやら寝言らしい。

 流石にグレイスが聖騎士になったバックストーリーまでは知らないので何とも言えないが、いろいろと家庭の事情があるのかもしれない。

 一先ず、今晩は兄の代わりになってやろうと、背中からグレイスに抱きつかれたまま、俺も眠る事にした。

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