第15話 野営準備

 ゴブリン・ロードを倒したので、一旦グレイスを放し、先ずは俺が穴から出る。

 デバッグコマンドを使ってこっそり敏捷性を高めたので、三メートル程の高さがある穴の壁を蹴って、忍者みたいにして脱出する事が出来た。

 周囲を見渡してみても、ゴブリンたちは居ない。

 やはり、この辺りはストレングス・クエストの仕様と同じみたいだ。


「グレイス。上がってきても大丈夫だぞ。ゴブリン・ロードを倒したから、取り巻きのゴブリンたちも全て消えているよ」


 後は、グレイスを連れて冒険者ギルドへ行けば依頼完了だな。

 依頼された内容以上の事をしたけれど、俺もレベルが上がったし、良しとしよう。

 一先ず、この依頼でまた金貨を沢山もらった事にして、子供たちに美味しいご飯を食べさせてあげないとな。

 ……って、遅いな。何をしているんだろうと思って穴を覗くと、グレイスが穴の底で三角座りをして、顔を自らの膝に埋めていた。


「グレイス? 何をしてるんだ?」

「こ、こんな深い穴から、自力で出られる訳ないでしょっ! 一人だけで行かないで、私も助けてよっ!」

「あ、悪い。万が一ゴブリンたちが残って居たら、上から攻撃されると思ってさ。急いで確認しに行ったんだよ」


 顔を上げたグレイスが涙目になっていたので、流石に申し訳ないと思いながら穴へ降りると、お姫様抱っこをしながら壁を蹴って穴から出る。

 いやー、普通ならこんなアニメみたいな動きは、絶対に出来ないぞ?

 ステータスって凄いなぁと思いながら、グレイスを地面に降ろすと、


「ふっ。この洞窟のゴブリンは全滅させた! さぁ、近隣の村や街を安心させてる為にも、早く教えてあげようじゃないか」


 突然格好良さげな事を言い出した。

 いやまぁ、好きにしてくれて良いんだけどさ。

 一先ずグレイスについて分かった事は、普段は格好付けて喋っているけど、自分がピンチになると、本音というか素の自分が出ると言った所か。

 まぁでも、日本で考えたらまだ女子高生な訳だし、生命の危機に陥ったら、そんな風になるよな。

 最初に救助した直後、父親に冒険者となる事を反対されているような事を言っていたし、もしかしたらグレイスは、自分自身を強く見せて周囲に反対されないようにする為に、あえてこういう話し方をしているのかもしれない。

 そう思うと、ポンコツではある事に変わりは無いけれど、ちょっとだけグレイスが可愛く見えてきた。

 いや、見た目は元から十分に可愛いんだけどさ。


「わかった。じゃあ、早速洞窟から出るか。道は分かるか?」

「あぁ、任せておきたまえ。こっちだ」

「いや、反対だけどな」

「……さぁ行こう!」


 思いっきり道を間違えたのに、何事も無かったかのように歩きだしたっ!

 まぁステータスにも現れているけど、精神力――メンタルは強いよな。

 それから入口を目指して歩き、グレイスが落ちていた穴に再び落ちかけ、それをまたもや救助して、ようやく洞窟から脱出したのだが、


「こんなに長い間洞窟の中に居たのか。これはグレイスも同じ罠に何度も掛かる訳だ」

「そ、それは……否定は出来ないのが悔しい所だが、どうしようか」


 外に出ると完全に日が落ちて、空に月が出ていた。

 俺もグレイスも暗闇の中で視界は確保出来るが、流石に動き過ぎだ。

 俺の――敏捷性を強化した状態で、街まで一時間程度掛かるので、疲労が蓄積しているグレイスの足ではもっと時間が掛かるだろう。

 なので、普通に考えれば野営一択なのだが、俺もグレイスもそういう類のアイテムを一切持って居ないんだよな。

 グレイスは腰のポシェットに何を入れているか知らないが、俺はアイテムインベントリもデバッグコマンドもあるので、腰にぶら下げたダミーの小さな袋しかない。

 流石にこの状況で、デバッグコマンドで毛布を生成したら、疑惑の目を向けられるだろう。

 ……いや、待てよ。ものは言い様だな。


「俺もグレイスも疲労が蓄積している。ここは一先ず休憩して、明日の朝に移動しよう」

「……だ、だが、そう言った休憩する為の物資が何一つ無いんだが」

「安心しろ。俺は冒険者ギルドからグレイスを救助するように依頼されて来たんだぞ。こういう事を想定していて……よし、これだ。野営用のアイテムを、洞窟の入口に隠しておいたんだよ」


 当然嘘なんだけどな。

 適当な岩の陰でデバッグコマンドを使いまくり、怪しまれない程度にアイテムを生成しては、グレイスに渡していく。


「す、凄い。毛布に干し肉、果物に……この竹筒に入っているのは水なのか!?」

「多めに持って来ているから、好きなだけ食べて良いぞ。もちろん、俺だって食べるしさ」

「す、すまない。恩に着る」

「おいおい、さっきも言ったけど、好きなだけ食べて良いんだぞ? まだ子供なんだから遠慮なんてするなよ」

「む……いや、遠慮なんてしていないのだが。元から私はこれくらいしか食べないんだ」


 しまった。

 さっきグレイスの事を女子高生だと思ってしまったからか、つい子供扱いしてしまった。

 少し反省しつつ、


「グレイス。これを使ってくれ」

「これは……?」

「ん? 水で絞ったタオル……というか、身体を拭く布だ。風呂には入れない代わりに、身体を拭くくらいは出来るぞ」


 グレイスの機嫌を取る訳ではないが、冷たい水で絞ったタオルを渡してあげた。

 残業で家に帰れない時、こうやって身体を拭くだけでも、かなり違ったんだよな。

 服を脱いで上半身を拭いていると、ふと視線を感じる。

 何となく視線を感じた方に目をやると、食い入る様にして俺の身体を見つめているグレイスと目が合ってしまった。

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