第33話 グレイスとオーク

「よーし、行くわよっ!」


 グレイスより二回り以上も大きいオークに向かってグレイスが駆けて行き、剣を一閃!

 一薙ぎで、緑色の……草が風に舞った。


「あ、あれ? よ、避けないでよっ!」


 避けてない。オークは何も避けてないぞ。

 ただただグレイスの剣が空を斬り、オークの居ない草むらを薙いだだけなんだ。

 キョトンとしているオークに向かってグレイスが再び剣を振り……お、当たった。

 流石にオークの身体が大きいからか、グレイスの低過ぎる器用さでも攻撃が当たるみたいだ。

 ……まぁ当たったからと言って、ダメージを与えられるかどうかは別問題だが。


「な、なかなかやるじゃない。私の剣を足で防ぐなんて。けど、次はそのたるんだお腹を……斬るっ!」


 おそらくオークは足で防いだ訳じゃなくて……お、グレイスの攻撃がまたもや当たった。

 言っていた腹ではなくて腕だけど、草や空気を斬るよりは全然良いだろう。

 しかし、血などは出ていないが、生命力の高いオークでもそれなりに痛かったのか、ついに怒りだした。

 短いが大きな腕をグレイスに向かって放ち……剣で受けてしまったため、大切な剣が弾き飛ばされる。


「グレイス! 攻撃を受ける時は、盾を使おうよ」

「そ、そんな事を言われても、剣を持ちながら盾を扱うなんて無理よっ!」

「だったら、腕に装着出来るタイプの盾にしよう。ちょっと待ってて」


――ザンッ


 真銀の剣の一振りでオークを斬り捨てると、デバッグコマンドでアイテムを作り出す。


「ほら、これなんてどうだ? シルバーバックラーっていう、腕に取りつけるタイプの盾だ。これなら、盾を装備しながら剣が使えるぞ」

「……わ、わかりました。よし! じゃあ、次行きますっ!」

「あぁ、頑張れっ!」


 再びグレイスが走り出し、トボトボと歩いているオークに向かって背後から奇襲する!


「はっ!」


 あ……空振りした上に、オークに気付かれないで、そのまま歩いて行かれた。


「ひ、卑怯なっ! 背中を見せて逃げる気なのっ!?」


 いや、魔物に卑怯とかって言葉は意味が無い上に、そもそもグレイスが背後から攻撃して、外したんだよね!?

 というか、逃げるも何も、そのオークは歩いているだけだからっ!

 グレイスが目の前のオークへ夢中となっているせいで、横から違うオークが来ているのに気付いていない。

 一先ず、グレイスを横から狙うオークの正面に跳ぶと、スパッとオークの身体を真っ二つにする。

 そして、一方のグレイスは、


「はぁっ! とぉっ! たぁーっ!」


 三連撃を放ち、ただ歩いているだけのオークが相手だというのに、全部外していた。


「お、オークのくせに、すばしっこいわね!」


 あれをすばしっこいと表現されると、俺としてもどうすれば良いか途方に暮れてしまうのだが……そうだ。

 毎度おなじみの、この手があった。


「精霊魔法――ディグ!」


 歩くオークの足元に浅い穴を掘り、腰辺りまでを地面に埋める。

 これならグレイスの攻撃も命中するだろう。


「えーいっ!」


 グレイスの大上段からの一撃がオークの頭に命中し……あ、流石にオークが痛そうにしてる。

 ……って、それだけかっ!

 剣で無防備な頭を攻撃して、痛がって終わり……って弱過ぎない!?

 いや、グレイスは守りキャラだから、仕方が無いんだけどさ。

 それでも、確かステータス上は筋力が70くらいあって、一般的な女性くらいの力はあるはずなんだ。

 女性の力でも、それなりの剣を使えばオークくらいは……って、ちょっと待てよ。

 そもそも、このグレイスの剣って、どれくらいの性能なんだ?

 十年近く使い続けているって話だったけど、グレイスの父親は剣の修行に反対しているんだろ?

 という事は、凄く性能の低い――使い難くて、切れ味の悪い剣を渡しているんじゃないのか!?

 とはいえ、グレイスはあの剣に拘りがある。

 俺に剣の切れ味を良くする付与魔法や、グレイスの筋力を上昇させる身体強化魔法が使えれば良いのだが、牧師と言っても剣主体の俺にそんなスキルは用意されていない。


「あ、良い物があるじゃないか。どうして今まで気付かなかったんだろう」


 グレイスは筋力と器用さが低い。

 だが、性能の良い――攻撃力が高く、扱い易い剣に持ち帰る気は無い。

 その上、攻撃力の高いスキルは保有していない。

 だったら、どうするか。

 その答えがこれだ。


「グレイス。ちょっと来てくれ」


 地面に埋まって抜け出せないオークを放置して、俺の所へ来てくれたグレイスの剣を握っていない手――左手を取ると、


「俺からのプレゼントだ。こんな場所で悪いが、身に着けてみてくれないか?」

「え!? ウィルさん。これって……」

「グレイスが頑張っているからさ。こういうのは、もっと落ち着いてから渡すべきだと思うんだけど、もう我慢出来なくってさ」


 その小さな手のひらに、小さな指輪を置いてみた。

 これは「戦士の指輪」と呼ばれる、身に着けているだけで、筋力と器用さが上昇するアクセサリーだ。

 上昇値はそれほど大きくは無いが、どちらも低いグレイスにとっては効果が高いのではないかと思う。

 ……もっと早くデバッグコマンドで作って渡せば良かったのだが、存在をすっかり忘れていたのは内緒だ。

 グレイスが、燃えるように紅いルビー――パワーストーンにハマっていたデザイナーが、勝利を呼ぶ石だって言っていた――が埋め込まれた、銀色に輝く指輪を暫く眺め、


「ウィルさん……ありがとうございます。これから、末長くよろしくお願いしますね」


 良く分からない言葉と共に、左手の薬指に装着した。

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