第3話 オープニングイベント

「デバッグコマンド……テレポート。設定、ウィルの部屋」


 そう言うと、視界に映る景色が炊事場から、先程俺が寝ていたベッドの部屋へと変わる。


「なるほど。テレポートは、この世界で俺が行った事のある場所にだけ、有効なのか」


 ステータス以外のデバッグコマンドは何が使えるのかと確認していたのだが、魔王城にテレポートは出来なかったが、自室にはテレポート出来てしまった。

 どうやら、デバッグコマンドの一部だけが使えるらしい。

 ちなみに、他のデバッグコマンドも確認してみると、ゲームのメニュー画面は開けないが、アイテムインベントリは開く事が出来た。

 もちろんアイテムの収納も取り出しも自由に出来たので、この時点でチートスキルを得られたと思って良いだろう。

 しかも、それに加えてもう一つ。


「デバッグコマンド……アイテム生成。対象、金貨」


 始めは失敗かと思ったのだが、良く見るとアイテムインベントリに金貨が収納されていた。

 ストレングス・クエストと全く同じ設定であれば、金貨一枚で十万円くらいの価値となるので、一先ず十枚生成したから、金に困る事は無いだろう。

 最悪、足りなくなったら、また生成すれば良いしね。

 他のデバッグコマンドは戦闘時に使うものだったり、今は検証出来る環境が無いものだったりするので、後で確認しようと考えていると、突然ノックも無しに部屋の扉が開く。


「ウィルさん! アリスから目を覚ましたと聞いたのですが……あら? 今日は随分と顔色が宜しいんですね」


 入ってくるなり嬉しそうに話しかけてきて、俺の顔を覗き込んでいるのは、確か……そう、ジェシカだ。

 ウィルが勇者の育ての親だとしたら、ジェシカは育ての母みたいな女性なのだが、二人の関係がどうなっているのかまでは知らない。

 恋人同士なのか、あくまで教会で働くビジネスライクな関係なのか。

 そこでふと、口へ出さずにデバッグコマンドを実行出来ないかと思い、


『デバッグコマンド……ステータス。対象、ジェシカ』


 頭の中で強く思ってみると、出来てしまった。


『ジェシカ=リリーホワイト 十七歳 女

 シスター Lv5

 STR: 41(F)

 VIT: 76(E)

 AGI: 62(E)

 MAG:118(B)

 MEN:183(S)

 DEX: 23(G)

 スキル:信仰(A)、神聖魔法(B)』


 レベルは低いのに、MAGとMENのステータス高っ!

 これはきっと、生まれついてのものなのだろう。

 ただ、このステータスから、ジェシカが超絶不器用なドジっ娘シスターだとも読みとれてしまうが。

 ちなみに、デバッグコマンドを用いても、ステータスの値を増減出来るのは自分だけらしく、ジェシカの能力値は変更する事が出来なかった。


「あの、ウィルさん?」

「えっ!? あぁ、すまない。ちょっと考え事をしていて」


 気付けば、ジェシカが小首を傾げながら、俺の顔を見つめていた。

 黒い修道服に身を包んだ、小柄なのに胸の大きな金髪碧眼シスター……見た目も仕草も可愛いけれど、相手は十七歳で、日本だったら女子高生だ。

 絶対に変な事をしてはいけない。

 そんな事を考えていると、


「あ、なるほど。もう明日ですもんね。私、腕によりを掛けて美味しいご飯を作りますから、ウィルさんはプレゼントをお願いしますね」


 ジェシカがよく分からない事を言ってきた。

 とりあえず、話を合わせておくべきか。


「そうだね。もう明日だし、早く決めないとね」

「えぇ。きっとアリスも喜びますよ。それに明日はピクニックですしね」


 それから暫く、教会の話や、孤児院として面倒をみている子供たちの話、街の周辺に現れる野良モンスターの話なんかをして、ジェシカが部屋から出て行った。


「しかし、プレゼントか。ジェシカの話からすると、明日がアリスの誕生日なのか。見た感じ、小学生に見えるけど、何歳になるんだろう、な……」


 ん!? ちょっと待て。アリスの誕生日だって!?

 待て待て待て待て。

 俺がウィルで、アリスとリアムが教会に居て、明日が誕生日……


「って、これストレングス・クエストのオープニングイベントじゃないかっ!」


 ゲームのオープニングイベントでは、アリスが十二歳の誕生日を迎えて、夜にささやかなパーティを楽しんでいると、教会に盗賊団が現れ、子供たちを襲うんだ。

 そこでウィルも子供たちを庇って瀕死の重傷を負ってしまい、その光景を見たアリスが激しいショックを受け……魔王の力が覚醒してしまう。

 どこかへ飛び出し、行方不明となったアリスを探して旅に出たリアムが、行く先々で人々を助け、勇者と呼ばれるようになって、最後に魔王となったアリスと再会する。


「いや、これはダメだ。明日になったら、俺が瀕死の重傷を負うんだろ? 痛いのヤダよ! それに、アリスが魔王に覚醒したら、その影響を受けて野良モンスターが凶暴化するっていう設定だったはずだ!」


 いくらウィルのステータスが優れていようとも、俺自身はケンカすらした事が無いし、運動も得意じゃない。

 それに、どうせなら日本みたいに、平和で安全な世界で暮らしたいんだっ!


「……でも、待てよ。逆に言うと、明日の出来事を上手く回避すれば、アリスが魔王にならずに平和な世界で暮らせるんじゃないか?」


 何百回とデバッグ作業を行ったゲームなので、何が起こるかは知っている。

 そのイベントを回避するため、俺はどうすれば良いか必死で考え始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る