第20話 少女たちの手料理?

「つ、疲れた……」


 一人になって自分の部屋に戻ると、そのままベッドへダイブする。

 ずっと中庭でアリスに付き合い、慣れないどころか、全く訳が分からない魔法の使い方のコツというのを、いかにもそれっぽく指導するという謎の苦行が本当にキツかった。

 これがプログラムを作る設計書の書き方だとか、コーディングのちょっとしたコツとかなら、喜んで教えるのに。

 しかも精神的キツさを増している要因の一つが、アリスの顔越しに見えるグレイスの表情があからさまに不機嫌だっていう事だ。

 日本で女性と恋愛どころか、会話したりとか、まともに関わった事が殆どなかったから、こういう時に二人の少女をどう扱えば良いかが少しも分からない。

 場所を変えるとか、別の事で互いの気を逸らすとかして、アリスとグレイスを上手くあしらう事が出来れば良いんだけど、俺のリアル対人スキルでは先ず無理だ。


「デバッグコマンドで器用さを高くする事は出来ても、それは手先の器用さであって、社会的な器用さじゃないからな」


 グレイスは公爵令嬢で、父親に挨拶までして預かってきたのに、立派な冒険者に育てるどころか、何故か花嫁修業だなんて事になってしまった。

 アリスは育ての親である俺を取られるのが嫌なだけなのは分かっているのだが、魔王化というとんでもない爆弾を抱えているため、無下に出来ない。

 どうしたもんかなー。

 ベッドに突っ伏したまま、ぐるぐると色んな事を考えていると、


「ウィルー! 晩御飯だよー!」

「ありがとう。すぐ行くよ」


 いつも通り、アリスがノックもせずに部屋へ飛び込んできた。


――ぐふっ


「って、アリス……。背中に飛び乗るのはダメだろ」

「だってー、すぐ行くって言ったのに、ウィルが起きそうになかったんだもんー」


 寝ている所へダイブして良いのは、せいぜいエミリーくらいまでじゃないか?

 幼稚園児や小学校低学年くらいの女の子はともかく、十二歳の女の子がダイブしちゃダメだろ。

 デバッグコマンドで生命力を向上させる前の俺なら、骨くらい折れていてもおかしくないぞ?


「……って、アリス。早く降りて。起きるから」

「ふふっ。ウィル、久しぶりにおんぶー!」

「えぇーっ!」


 いや、アリスはもう小学六年生くらいだよね?

 おんぶだなんて……って、ふにふにむにむにした物が背中に当たってるから!

 中身は子供でも、身体は大人になりつつあるんだから、気を付けないとダメだってば。

 とはいえ、一向にどいてくれなかったので、仕方なしにアリスをおんぶして食堂へ行くと、いつもと見た目が違う――悪い意味で異なる食事? が用意されていた。

 すると、アリスがサッと俺から降り、


「今日はねー、私がご飯を作ったんだよー!」


 と嬉しそうに顔を輝かせる。

 なるほど、それで……と思った所で、


「待ちなさいよ。私も作ったじゃない。手柄を一人占めしようとしないの!」


 調理場の方から、グレイスが食器を運んで来た。

 まぁ要はアリスとグレイスの二人で作ったという事か。

 ……頼む。見た目はイマイチだが、味は美味しいパターンでお願いします!

 心の中で祈る俺に対し、他の子供たちはいつも通りの様子だ。

 何故かポテトサラダみたいな食べ物が、高い塔みたいに細長く尖っているが、誰も突っ込まないのか? それとも、こっちではポテトサラダはこうやって盛り付けるのか!?


「いただきます」

「いただきまーっす!」


 皆で食事を始めるが、アリスとグレイスが明らかに俺を見ている。

 アリスの料理とグレイスの料理。

 どれがどっちのかは分からないが、俺はどれを食べたとしても美味いと言うしかない。

 先ずは目の前にある、良く分からない緑色のソースが塗られたパンに手を伸ばし……あ、普通に美味しい。


「美味いぞ! 流石じゃないか」

「でしょー! それは、ジェシカが作って私が盛りつけたのー!」

「ふっ。お嬢ちゃんは、ソースを塗ってお皿に置いただけじゃない」


 なるほど。アリスが言う作ったは、盛り付けの事か。

 じゃあ、アリスの方の味は心配ないな。

 問題はグレイスだ。

 公爵令嬢で、料理なんてした事がないはずのグレイスが作ったもの……どれだ!?

 とにかく表情に出さず、早めに処理して、ジェシカの料理で口直しをするのが最善手のハズだ!


「ウィルさん。次は私が作った物を食べてね」

「あ、あぁ、いただくよ」


 中庭でアリスに付きっきりだったからか、グレイスの圧が強い気がする。

 とりあえず、グレイスっぽいもの……こ、このスクランブルエッグみたいなのか?


「こ、これかな? ……お、美味しい」

「それも私が作ったものだよー!」

「じゃあ、こっちかな? ……うん、美味い」

「そっちも私だねー」

「だったら、これだっ! ……美味しい!」

「ありがとうウィル。それも私だね」


 あれ? 見た目が微妙なのを選んだけれど、ことごとく外してしまった。

 もしかして、グレイスが作ったのは見た目も綺麗だとか?


「ウィルさん。そろそろ私の作った料理を食べて欲しいのですが」

「えっと……どれがグレイスの作った料理なんだ?」

「それは……ウィルさんに当ててもらいたいです」


 くっ……面倒なっ!

 今度は一転して、見た目が綺麗な物を食べて褒めると、


「あ、あの……ありがとうございます。その、嬉しいです」


 ジェシカが照れてしまった。

 違う、違うんだっ!

 俺はグレイスの事も褒めてあげたいんだっ!

 けど、あらかた料理っぽいのは一種類ずつ食べてしまい、殆ど皿には何も残っていない。

 とりあえず、皿にあったレタスをかじっていると、


「それっ! 私が千切って並べたの! ウィルさん、美味しい?」

「お、おう。凄く美味しいよっ!」

「ほんと!? どんな風に美味しいの!?」

「そ、その……食べ易い大きさで、良い感じだ!」

「えへっ! やったぁ、褒められたー!」


 いや、料理って言ったよな!?

 レタスを千切って並べただけのものは、料理って言わなくないか!?

 とはいえ、ようやくグレイスが笑顔を見せてくれる事になった。

 ……疲れたよ。

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