挿話3 新妻グレイス

――コンコン


 ウィルさんが泊まっているはずの部屋をノックしても、今日も反応が無い。

 また、夜中にどこかへ行ってしまったのだろうか。

 今日はいつもの夜這じゃなくて、本当に相談したい事があったのに。


 ……昨日、ウィルさんがクイーンを倒した後から、魔物の気配が読めるようになってしまった。

 どうして突然こんな事になったんだろう。クイーンはウィルさんが倒して、私は何もしていないのに。


「もうっ! 昨日、ウィルさんがギルドのお姉さんばかり見てたり、小さな女の子と一緒に寝たりしていなければ、もっと早く相談出来たのに」


 ……小さな女の子と言えば、孤児院にも幼い女の子が多いけど、ウィルさんって、幼女趣味とかじゃないよね?

 はっ! ……だから、毎晩私が夜這いに行っても、扉を開けてくれないとか!?

 ど、どうしよう。私、同世代の中で、背は低い方だけど、胸が大きいから、もしかしてウィルさんの好みじゃないとか!?

 うーん、今更胸をどうこうなんて出来ないし……こういう時はどうしたら良いんだろ?

 押してだめなら引いてみろ?

 確か、そんな言葉があった気がする。

 一先ず、今晩はいつもと同じで引き下がるけど、明日はいつもと違って、ウィルさんに甘えるのを控えてみようかな。

 というか、馬車の中とか、さり気なく胸を押し付けているのに、ウィルさんってば気付いてなさそうなのよね。


「……いいもん! 明日こそ、ウィルさんを落として見せるんだからっ!」


 体調とお肌を万全にする為、しっかり睡眠を取って……オーク討伐へ。

 大きくて、遅くて、ストレス発散になるとウィルさんに言われたけれど、


「こ、攻撃が当たらない……」


 もぉーっ! どこがストレス発散なのっ!? 逆にストレスが溜まっちゃうよっ!

 でも、ウィルさんは一撃で倒しちゃうし……やっぱり私が弱いのかな。


「グレイス。ちょっと来てくれ」


 なんだろ。ウィルさんが呼ぶので行ってみると、不意に左手を握られ、小さな何かが手の平の中に置かれた。

 一体何だろうと思って見てみると……指輪! 大きなルビーがあしらわれた、綺麗な指輪が手の中にある。


「こんな場所で悪いが、身に着けてみてくれないか?」

「え!? ウィルさん。これって……」

「もっと落ち着いてから渡すべきだと思うんだけど、もう我慢出来なくってさ」


 ルビーの宝石言葉は、純愛や、情熱的な愛……そして、私の誕生石。

 そっか。そうだったのね。

 今まで、頑なに私の夜這いを避けていたのは、ちゃんと段階を踏んでからじゃないとダメだっていう、ウィルさんの愛情だったんだ。

 もぉーっ! ウィルさんってば、不器用なんだからっ!

 女の子はちゃんと言葉にして貰わないと、不安になっちゃうんだからっ!

 けど、左手に指輪……しかも宝石言葉に、これまでの言動を考えると、プ、プロポーズって事よね?

 ふふっ。不器用なプロポーズだけど、ウィルさんの想いは伝わったよ!


「ウィルさん……ありがとうございます。これから、末長くよろしくお願いしますね」


 ふふっ……うふふっ。結婚かぁー。

 左手の薬指にはめた、ルビーの指輪を眺めながら、色んな事を考えてしまう。

 想像していたよりも早かったけど、こういうのって、切っ掛けを逃さない方が良いって言うもんね。

 ウィルさんは、私がこの人だ! って決めた方だし……あ、ウィルさんだなんて、他人行儀よね。

 これからは、あ、貴方……なんて。


「きゃぁぁぁっ! は、恥ずかしいっ!」


 恥ずかしさで顔が赤くなっているのを自分で感じつつ、ウィル……さんにバレないように、後ろを向いて走り出す。

 何か、大きな豚がいるけど、邪魔よっ! 邪魔っ!


――ザシュッ


 あぁぁぁっ! 恥ずかしくてウィルさんの顔が見られない……って、待って。

 そういえば、今のって、オークだったけど、簡単に倒せちゃった。

 こ、これが、愛の力なのっ!?


――スッ

――シュッ

――サクッ


 凄いっ! 面白いくらい簡単にオークが斬れるっ!

 愛の力凄いっ! これもウィルさんのおかげねっ!

 暫くオークを斬りまくっていると、


「グレイスー! 結構な数のオークを倒したし、一旦休憩にしないかー?」


 ウィル……さんに呼ばれる。

 ど、どうしよう。貴方……は、未だ恥ずかしい。

 ウィル……なんて、無理無理無理無理。

 そ、そうだわ!


「はいっ! 旦那様っ!」


 そうね。一先ず今はこれね。これなら、実家のメイドさんたちも、パパの事をこう呼んでいたし、大丈夫。

 そう言えば、休憩で思い出したけど、プロポーズの時に旦那様が我慢出来ないって、言っていたわよね。

 ちゃんとプロポーズも受けたし、今夜は……えへへっ。いつもより念入りに身体を洗わなきゃ。

 旦那様に、いっぱい愛してもらおーっと!

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