第10話 入浴タイム

「あの、ウィルさん? これは一体……」

「はっはっは……いやー、街の方達が善意で安くしてくれたんだ。で、ちょっとだけ買い過ぎてしまったが」

「ちょっと……ですか? いえ、元々ウィルさんのお金なので、構わないのですが」


 朝から設置作業や修繕作業などが始まり、夕方になってようやく教会がいつもの静けさを取り戻した。

 困惑するジェシカの視線から目を逸らすようにして周囲を見渡すと、ボロボロだった教会の壁が綺麗に修繕されている。

 ここからは見えないが、敷地を囲む塀も綺麗に直っているし、孤児院のテーブルや椅子も新品だ。

 そして何より、一番高額だが、俺が最も欲したものがある……


「うぃるー! おふろー! おふろーっ! エミリーもっ!」

「はいはい。じゃあ、エミリーたちも行こうか」


 そう、お風呂だ。

 今まで桶に溜めた井戸水でボロ布を濡らし、部屋で身体を拭くだけだったので、お風呂を設置した。

 しかも、大人が足を伸ばしても二人くらいは悠々と入れるタイプだ。

 流石に銭湯みたいなのは無理だが、日本の我が家のお風呂と比べても、倍以上の広さ。

 その上、お湯を出すのに魔力が必要らしいが、この世界の住人は大小の差はあるものの、皆魔力を持っているので誰でも使える。

 正に、お風呂! 日本人なら誰もが欲する必需品だ。


「ウィルさん。風呂……ありがとう。サイコーだったぜ!」


 先に入っていた男児たちが上がって来たので、一人で着替えが出来ない幼女組の服を脱がせ……


「あー、気持ち良いなー」

「おふろー! おふろー!」

「うぃるー! ありがとー!」


 幼女たちが溺れないように気を付けながらも、数日振りの風呂で寛ぐ。

 暫く浴槽で幼女たちと歌ったり、石鹸を生成して身体を洗ってあげたりしてあげていると、


「きゃーっ! これがお風呂……凄ーい!」

「おー、俺たちはそろそろ上がるから、入れ入れ……って、アリスッ!?」

「ん? ウィル、どうかしたの?」


 泡だらけになってはしゃぐエミリーたちとは違う、そろそろ身体が女性らしく変化しつつあるアリスが入ってきた。

 もちろん全裸で、膨らみ始めた胸も一切隠されておらず……って、ダメだダメだ。

 俺は良い大人なんだから、子供相手に欲情なんて絶対にダメだからなっ!


「よし。身体も綺麗になったし、そろそろ出ようか」

「えー! やだー! エミリー、もう少しおふろー!」

「アリスおねえちゃんもきたし、ウィルもあそんでー!」


 いや、アリスが来たからマズいんだよっ!


「ウィルー? 広いから全員で入れるよー?」

「うぃるー! いれてー! はいりたいー!」

「わたしもー! ねぇ、いれてよー!」


 自分で浴槽に入れない幼女たちにせがまれ、アリスと一緒にお風呂へ。

 大人二人でも悠々入れるサイズなのに、三人の幼女がはしゃいでいるのでアリスとくっついて座る事になり……理性が頑張って仕事したおかげで、何事も無く入浴を終える事が出来た。

 そして、ジェシカが色々と食材を買ってきてくれたので、食事もこれまでよりもグッと良くなった。

 とはいえ、ジェシカは一過性の収入だと思っているので量は少し増えただけなのだが、味は俺がデバッグコマンドで作った塩のおかげだろう。

 これまでも素材の味が活かされて美味しかったのだが、更に美味しくなっていた。

 お風呂に入り、夕食を済ませ、新しくなったベッドと毛布で就寝する。

 アリスの魔王化を避けたおかげで、子供たちを見守りながら、こんな穏やかなスローライフを満喫出来るんだ。


 ……そう思っていたのだが、


「え? 冒険者ギルド? どうして、ギルドの職員が教会に?」


 翌朝、想定外の来客で起こされた。


「はい。お恥ずかしい話なのですが、若い冒険者がこちらの制止も聞かずに、難易度の高いダンジョンに入ってしまったんです」

「あー、若い頃にはありがちな話ですよね。自分の実力を過信して、無謀な挑戦をしてしまうっていう……で、それを助けて欲しいって事ですか?」

「えぇ。こちらとしても、何度も止めたので救助義務は無いんですが、相手が貴族の娘でして、どうしても救助しろと圧力が掛けられているんです」

「……それなら他の冒険者や騎士団に助けを求めるべきでは?」

「そうなのですが、生憎高レベルの冒険者パーティは遠征に出てしまっており、騎士団はそんな理由では動けないと断られてしまいまして」

「で、俺の所へ来たと」

「はい。ウィルさんは元英雄ですし、最近も盗賊団を壊滅させたという噂を聞きましたので、高難易度のダンジョンでも問題ないかと」


 しまった。教会を狙う盗賊への牽制のつもりだったのに、思いっきり裏目に出てしまった。

 俺はのんびり安全に暮らしたいのにっ!


「ウィルさんっ! 報酬ももちろん出ます! お願いします。どうか助けてくださいっ!」


 ギルド職員のお姉さんに深々と頭を下げられ、


「……分かりました。詳しい情報をください」


 俺は断る事が出来なかった。

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