第37話 くっころ

 俺の身長よりも背の高い、大きなオーク・ジェネラルが、巨大斧を手にズンズンと歩いている。

 俺はゲームのデバッグ作業で幾度となく戦っているし、今のステータスなら一人で倒せるだろう。

 俺からすれば大きいだけで、大した事がない魔物だが、グレイス自身もオーク・ジェネラルを強いと感じているし、恐怖を感じているはずだ。

 だが、このオーク・ジェネラルに捕まってもらわないと、オークロードの居場所が分からない。

 何とかグレイスを説得しなければならないのだが、


「では、旦那様。あのオークに捕まれば良いのですね?」

「え? あ、あぁ、そうなんだけど、大丈夫か? 姿は隠すがすぐ近くに俺も……」

「ふふっ。大丈夫ですよ。だって、旦那様を信じていますから。魔法の言葉もバッチリですし、万が一危なくなったら、旦那様が私を助けてくれるんですよね?」

「当然だ。絶対にグレイスは俺が護る」

「はいっ! お願いしますねっ!」


 当のグレイスは全く臆する事なく、オーク・ジェネラルに捕われようとしている。

 小柄なグレイスからすれば、オーク・ジェネラルは非常に大きく、恐ろしく見える筈なのに。


「では、行ってきますね。……あの、これが終わったら……す、凄いの期待していますからっ!」


 そう言って、俺の背中から降りたグレイスが、小走りでオーク・ジェネラルの元へと向かって行く。

 ……凄いの? 報酬とか、お礼って事か?

 一先ず、冒険者ギルドが報酬を用意してくれると思うけど、俺からも何かプレゼントしようか。

 そんな事を考えながら、隠れてグレイスを見ていると、


「きゃーっ! こんな所に、オーク・ジェネラルがいるわー! 一体どうしてー?」


 自分から近付いておきながら、一体どうして……って、唐突過ぎてオーク・ジェネラルも困惑してないか?


「いやー! 私、金髪で前衛だから、オークロードの所へ連れて行かれちゃうわー! きゃー、こわーい!」


 ぐ、グレイス。依頼しといて何だけど、その棒読みのセリフは無くても良いんじゃないかな。

 あと、余計な事は言わなくても良いからね?


「わ、私は既に旦那様のものなんだからっ! 愛の力は無敵なんだからっ!」


 いや、何を言っているのか、意味不明だよっ!

 オーク・ジェネラルも唖然としてるしさ。


「……あれ?」


 グレイスが、どうして捕まえないの? とでも言いたげな表情で困っている。

 だが一方のオーク・ジェネラルも、得体の知れない生き物を見るような目でグレイスを見ており、膠着状態に陥ってしまった。

 ……って、何だこれ。バグかな? 想定外過ぎるんだが。

 一先ず現状を打破するため、グレイスだけに聞こえるくらいの声で、魔法の言葉を告げる。


「……くっころ。くっころ」

「……あ。くっ、殺せ!」


 グレイスが、忘れてた……てへっ! みたいな感じで、全く悔しそうでもなければ、怯えてもいない、少しもくっころ感が無い状態で例の言葉を言ったのだが、


「……オトナシクシロ。ワレラガおうノめニカナエバ、オマエハおうノこヲハラムコトガデキル」


 どうやら、ちゃんと効いたようだ。


「えっと、王の子を孕む……? 孕むって?」

「……こヲツクルことダ」

「子を作る? 無理よ。だって、私は既に結婚……じゃくて、くっ、殺せ!」


 相変わらずグレイスがよく分からない事を言っていたが、一先ず上手くいったようだ。

 オーク・ジェネラルが、荷物を抱えるようにしてグレイスを小脇に抱え、森の中を真っ直ぐに進んで行く。

 暫く歩いた所で、オーク・ジェネラルが一本の大きな木の前で止まる。

 この木の上にオークロードや、拐われた女性たちが居るのか?

 しかし、オークロードが木の上に登ったりするとは思えないんだが。

 何をする気なのかと思っていると、上から木で出来た檻が降りてきた。


「おうハスデニヤスンデイル。オマエは、アサマデココデマツ」

「えーっと、王がもう寝てるから、朝までここで待てって事!? 嫌よっ! 私は今晩、旦那様と初めての夜を……って、何するのっ! くっ、殺せ! くっ、殺せーっ!」


 ふーん。この裏攻略法……夜だと、こんな事になるのか。

 木の枝などで作られた檻にグレイスが入れられると、その檻がかなりの高さまで吊り上げられていく。

 オーク……顔は豚だけど、身体は人間だからか、思っていた以上に技術があるんだな。


「旦那様ぁーっ! 旦那様ぁぁぁっ!」


 木の上の方でグレイスが呼んでいるので、デバッグコマンドでステータスを敏捷性に極振りすると、トトトッと木の枝を跳んで行き、扉を開いて檻の中へ入る。


「旦那様ぁぁぁっ!」

「グレイス、悪かったな。まさか、朝まで待たされる事になるとは思わなかったよ」

「いえ、それは別に構わないです。それより、ここで良いですから、早くしましょう!」

「え? 何を?」

「な、ナニ……って、もぉー。旦那様ったらー。そんな事、乙女の口から言わせないでくださいよぉー」


 いや、マジでグレイスは何を言っているんだ? と、考えていると、


「……もしかして、新たに捕まった者が居るのか?」


 木の枝に吊られた檻の中に、グレイスとは違う金髪女性が居た。

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