第7話 ♂お人好しの少年
新学期が始まってから一ヶ月が経った。
「最近見ねーなあいつ」
俺は誰もいない地葉の席の方を見ながら一樹に話しかける。
「確かに、ずっと休んでいるな」
地葉はここ一週間学校に来ていない。
単純に学校をサボっているのか芸能活動が忙しいのか知らないが、誰も理由を教えてくれないので謎だ。
「家に配布物でも届けに行くついでに理由を調査するのはどうだ?」
「殺す気かよ。俺がベジータに挑むようなもんだぞ」
「差があり過ぎだろ。お前がキリトに挑むくらいだろ」
「けっこう差が縮まったな。ゲーム外だったらワンチャンあるかもしれない」
地葉が休み続けている理由は少し気になるが、触らぬ神に祟りなしだな。
「地葉のやつ子供できたらしいよ」
「なにそれウケるんだけど」
近くにいた女子達が休んでいる地葉の噂を話している。
女子からは嫌われているので、好き勝手に噂が広まってしまっている。
直接地葉に何も言えないので、悪い噂でも流して鬱憤を晴らしているのだろう。
「隣駅でSNS使って大金ばら撒いてそうなおっさんと歩いていて、その後にホテルへ行ってたらしい」
「整形でもして腫れが引くまで休んでんのかも」
どれもこれも酷い噂ばかりだ。
何故か地葉は友達でもないのに少し噂に腹が立った。
「どいつもこいつも勝手に言いやがってな。そんなことあるわけねーだろ」
「意外と苦手な地葉の肩を持つんだな。あいつなら何か悪い理由で学校を休んでいる可能性は高いだろ」
「真面目に勉強していたあいつが、そんなことして学校休むとは思えないけどな」
何故、俺は地葉の肩を持っているのだろうか……
自分でも不思議な気分だ。
「……七渡、お前もしかして地葉のこと好きなんじゃないか?」
「んなわけねーだろっ、何で苦手で恐れているやつを好きになんだよ」
「最近、地葉の話題が多いし、変に理解しているから怪しいなと思って。それに嫌い嫌い言っているやつを好きになっちゃうパターンは学校ではあるあるだろ?」
「それは絶対にない。目立つから話題にするだけだ」
いっそのこと、このまま地葉が休み続けることを祈る。
クラスからギャルがいなくなるだけで俺の心は穏やかになるだろうからな。
▲
「おう、そういえば夜明さんに七渡の連絡先を教えてもいいか?」
放課後になり一樹から意外な質問をされた。
「えっ、急に何で?」
夜明さんとは、俺が好きというか個人的に良いなと思っていたクラスメイトの女の子だ。
「色々あってな」
「別に交換するのはいいけど……っていうか、むしろ嬉しい」
「なら良かった。教えとくから」
一樹はスマホを操作して夜明さんにメッセージを送ったみたいだ。
「もしかして俺に気を使ったか?」
「いや、別に。こないだ夜明を含めた数人と話していた時に七渡が連絡先を知りたがってたと教えたら、私で良ければと乗り気に返してくれた流れがあっただけだ」
「それを気を使うというのだよイケメンが」
どうやら一樹がきっかけで連絡先を交換することになったみたいだ。
俺は奇跡的にだが去年、同級生の彼女ができた。
しかし、三日で振られるという最悪な展開も待っていた。
それからというもの、一樹は過度に俺へ気を使ってくるからな。
気持ちは嬉しいが、そこまでされると申し訳ない気持ちにもなる。
「上手くいくといいな七渡」
「……もう恋なんてしない」
「そう言うなって。須々木との付き合いも俺がもっと気を回していたら、あんなにこじれることなかったんだから」
「その名前は出すなって」
かつて俺と一樹は須々木と大塚という女子二人と仲良し四人組だったのだが、今ではその二人と絡むことは一切無くなった。
まさか須々木と付き合ってより幸せになれるかと思ったら、別れて友達まで失う羽目になるとは思ってもいなかった。
俺は失敗ばかりだ。
とりあえず、これ以上中学校生活で誰かと付き合うのは止めておこうというのが今の俺の考えだ。
▲
塾が終わり、駅前へと向かった。
時刻は九時を過ぎており夜のはずだが、栄えるネオン街の光が眩しく、明るい景色が広がっている。
田舎での夜は街灯も少なく真っ暗だったが、都会の夜は華やかで眩しい。
ただ、うるさいというか喧騒が凄い。
田舎のような静寂とは無縁で、常に物音が鳴っている。
目の前を大学生や仕事終わりのサラリーマンなど、無数の通行人がとめどなく通り過ぎていく。
もちろん俺の天敵であるギャルのような女性も多くて、時折身震いをしてしまう。
こんな場所では寂しさとは無縁だな……
常に視界には誰かが見え、耳は音を拾っているのだから。
ただ、俺は見つけてしまった。
こんな騒がしい場所で、一人寂しく自分だけの世界に見つめている女性を――
それはクラスメイトでギャルである地葉麗奈。
もう二週間は学校を休んでいるはずだが、何故か駅前の手すりのようなものに腰をかけて座っている。
その派手な風貌と都会の景色が似合うなと思い、不覚にも可愛いというか綺麗だと感じた。
地葉は他のギャルと違って、見ていても身震いは薄い。
どこか寂しそうな目をしていて、遠くを見つめている。
誰かを待っているのだろうか……
いや、約束をドタキャンされて待っていても誰も来なくなってしまったような、焦燥感のある雰囲気に見える。
俺は地葉を見なかったことにしてそのまま家に帰ろうとしたのだが、何故か少し立ち止まって彼女を見つめてしまった。
「へーい、そこの君可愛いね~俺達と遊ぼうよ」
眼鏡をかけたチャラ男に声をかけられて顔を上げた地葉。
そのチャラ男の後ろには恐そうなヤンキーが二人立っていた。
地葉みたいな女性が一人でボーっとしていれば、あのような集団に声をかけられるのも不思議ではない。
だが、気の強い地葉のことだから無視してどこかへ去っていくに違いないだろう。
「……何して遊ぶの?」
「おっ、乗り気じゃん。みんなでドライブさ、飯も奢るよ」
意外にも地葉は男たちと会話を始めている。
やはり地葉も噂通りの自分を大切にしないヘラヘラとした生き方をしているのだろうか……
チャラ男は地葉を逃がさないようにか、馴れ馴れしく手首を掴んでいた。
「触んないでよ!」
急に大きな声を出した地葉がチャラ男の手を振り払うと、今までずっと笑顔だったチャラ男の目が睨みに変わった。
そして、その後ろにいるヤンキーの目つきも変わる。
やっぱりギャルってノリが良かったり急に怒ったりと情緒不安定な人が多いな。
それにしても……男たちは地葉の態度に怒って取り囲んでしまっている。
地葉も逃げることができなくなってしまった。
……さてと帰るかな。
地葉にはこれから災難が待っていそうだけど、それは自業自得だし、ご愁傷さまということで。
これに懲りてギャルを辞めておくべきだな。
ギャルは災難しか引き起こさないし。
「誰か助けて……」
微かにだが、地葉の助けを呼ぶ声が聞こえた。
あんなのに巻き込まれたら、俺だけに収まらず俺の友達とか家族にも暴力を奮われるかもしれない。
俺にできることは残念ながら何もない。
だって俺は喧嘩も強くなければ、度胸もないただの一般人なのだから……
それに、よりによって天敵のギャルを助けるなんて俺にはできっこない。
「あっ、同じクラスの地葉じゃん」
やっちったー!!
身体が俺の意思とは反して無謀にもヤンキー集団に突っ込んだー!!
「んだてめーどっか行けよコラ」
案の定、鬼睨みされてしまう。誰か助けて。
ヤバいよヤバいよ。このままだとボコボコにされて海の藻屑となっちまうよ。
「いかつっ、恐過ぎでしょ」
そう、俺が助けに行ってもできることなんてない。
カッコよくヤンキーたちを倒すこともできなければ、地葉の手を取って逃げ切ることもできない。
ただ、恥を捨てて生き延びるだけだ。
「おーい! 誰か助けてくれー!」
俺は喉が裂けそうになるほどの大声で叫び、周囲からの注目を集めた。
普段から部活動で声を出しているため、大声を出すのは得意だった。
「ちっ」
「クソガキが」
突然の俺の防犯ブザーを超えるボイスに焦ったチャラ男たちは早足で散ってった。
ここが人通り多い場所で助かったな……
そうでなければアウトだったかも。
「何の用?」
この場にぽつんと残った地葉が俺を睨みながら話しかけてくる。
先ほどまでは青ざめた表情で震えていた様子だったが、何事もなかったかのように平然としている。
「困ってたから助けてやったんだろ。感謝しろよ」
感謝の一つもせずに不機嫌な態度を見せる地葉。
まったく、これだからギャルは……
「別にあんたに助け求めてないんだけど」
「恐っ、ギャル恐い……」
何故か助けた俺が攻められている。
やっぱり関わるんじゃなかった。
「申し訳ないけど、あんたには何もしてあげないよ。どうせ助けたら好きになってもらえるかもとか下心持ってたんでしょ? 残念でした~」
ウザ過ぎんだろコラ!
何なんだよコイツっ!
「おいおい、ひねくれ過ぎだろ……俺じゃなかったらキレられてるぞ」
「ウザいでしょ? 別にそのまま捨ててっていいから」
ヤバい、なんだか眩暈がして気持ち悪くなってきた。
やっぱりギャルと関わるのは無理だ……
「確かにウザいな。メンヘラ困ったちゃんかよ」
「は? 舐めてんの?」
この女に容赦する必要は皆無なので、思ったままのことを伝えた。
「そっちの意見に同意しただけだろ」
「あんたモテないでしょ? 女心とか一ミリもわかってなさそう」
馬鹿にした目で見てくる地葉。
もう帰りたい。
「うっせーな。とりあえず帰った方がいいぜ、もう十時になっちゃうぞ」
俺は歩き出したのだが、地葉は俺の背中に黙ってついてきた。
まぁ背後にいるなら視界に入らないし、勝手にしろって感じだな。
「あーあ、今日も勉強疲れたな~」
何か話さないと気まずかったので、独り言を呟いた。
目の前に地面に転がっていた空き缶を見つけたので、拾ってそのまま近くの自販機の横のゴミ箱へと捨てた。
その後はポケットからハンカチを取り出して手を拭いた。
「何でゴミを拾ったの?」
俺の行動が気になったのか、背後にいた地葉が話しかけてきた。
「別に特に理由なんかねーよ。ただ視界に入ったから」
「落ちてるゴミなんて汚いし、別にあんたのゴミでもじゃないじゃん。意味わかんないし理解不能。偽善者?」
いちいち余計な一言を話す地葉。
性格終わってんだろコイツ。
「ゴミをポイ捨てする理解できない人間がいるんだから、視界に入ったゴミをゴミ箱に捨てる理解できない人間がいてもいいだろ?」
田舎に住んでいた頃はゴミなんて滅多に落ちていたなかったし、落ちていたら拾って回収する習慣がついていた。
その名残か、すぐに捨てられるゴミは拾って捨てたくなる。
「……拾ってくれてありがとう」
「何で急にゴミの目線で感謝述べてくんだよ。そっちの方が理解不能だぞ」
地葉の言葉の意味がよくわからなかったが、感謝されることは悪くない気分だ。
「あんた名前は?」
「クラスメイトなのに知らねーのかよ……」
名前すら覚えられていなかったことにショックを覚える。
俺の中では地葉の存在は大きなものだったのに、向こうにとって俺はモブキャラの一人に過ぎなかったということだ。
「俺は天海七渡、よろしくな」
背中越しで名前を伝えた。
よろしくとは口で言ったものの、その挨拶は素っ気ないものだ。
相手がギャルじゃなかったら、振り返って目を見て挨拶をしていた。
「あたしは地葉麗奈」
向こうも背後から名乗ってきた。
お互いに相手の目を見ず、冷たい挨拶を交わす。
「明日、学校来いよ。休んでばっかだと卒業できないぞ」
「いきなり説教とかウザいんですけど」
地葉が休んでいる方が俺の心は安定するのに、何故か気持ちとは裏腹に学校に来いよと言ってしまった。
しかも、案の定ウザがられてしまう。
その後は会話が生まれず、無言で帰り道を歩いて行った。
そう、これが俺と地葉麗奈との出会いだった――
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