extra.3 ♀飛び出つ翼


 今日は星空が綺麗に見える。


 七渡君は遠い街に住んでいるけど、この空は七渡君の見上げる空とも繋がっている。

 そう考えると、七渡君と微かに繋がっていることが実感できる。


 この空を羽ばたいて、七渡君に会いに行きたい――



「お母さん、ウチさ東京の高校受験するね」


 私は自分の意思をお母さんにはっきりと伝えた。


「馬鹿言ってないで早くお風呂入りなさい」

「本気で言ってる。東京でお姉ちゃんと二人暮らしする」

「……無理よ。お金とか生活とか、ちゃんと考えてるの?」


 やっぱりお母さんは簡単に受け入れてくれない。


 でも、私は諦めない。

 たとえ家族に見放されても、七渡君に会いたい。


「お願い!」


 私はお母さんに頭を下げた。

 まだ中学生だし自分一人の力では東京で暮らすなんて無理だから、了承してくれるまで頼み込むしかない。


「お姉ちゃんがいるとはいえ、友達もいなくなっちゃうし環境もガラッと変わるのよ?」

「大丈夫、誰よりも強く生きるから。それに、東京に行って七渡君にまた会えるならどんな変化だって耐えられる。こだわってきたものとか全部捨てたっていいの」


 好きな人のためなら、なんだって乗り越えられる。

 綺麗ごとなんかじゃなくて、

 本当に私は……


「……本気なの?」

「うん。少しでも上の東京の大学出て、ちゃんと就職もして生活費のお金とか返していくから」

「その発言、絶対に忘れないことね」

「えっ……」


 頑なに反対されると思っていたんだけど、お母さんはあっさりと折れてしまった。


「あのお姉ちゃんを一人で行かせるのは心配だったしね。翼の方がしっかりしてるし、二人ならまだ安心できるから」

「お姉ちゃんのこともちゃんとお世話するよ!」

「ありがと……私もね、大学生になる時に上京したかったけど、両親から頑なに止められてさ。そのままこの町に住み続けて結婚もして今があるわけだけど、正直子供を産むまではずっと後悔してた。無理にでもあの時、上京すれば良かったってね」


 都会なんて良くない場所だと私に言い聞かせていたお母さんだが、昔は憧れていたみたいだ。


「子供にはそんな思いさせたくないし、翼の気持ちがわかっちゃうから止められないわよ。私がやりたかったことを代わりにやってきて。それで私も満足できると思うからさ」

「お母さん……」

「その代わり、ちゃんと真面目に勉強して立派な人間になって、七渡君を連れて顔見せに帰ってくること」

「うん! ありがとう……」


 私の気持ちをわかってくれたお母さん。

 ちゃんと自立していっぱい親孝行して恩返ししなきゃ。


「お父さんはどうなの?」


 隣の部屋の和室から出てきたお父さん。

 今までの話をこっそり聞いていたみたいだ……


「翼という名前は自由に羽ばたいてほしいから付けたんだ。その翼が飛びたいというのなら、私は背中を押すだけだ」

「お父さん……」


 お母さんとお父さんと抱き合って、私は十分以上泣いてしまった。


 家に居たくないとか、この町が嫌いとか、東京に憧れているとか、そういう理由でこの場所を離れたいわけじゃない。


 私はただ生きる理由に七渡君を必要としていて、彼との未来を形にしたいだけ。


 七渡君と許嫁になった日から、いつだって年中無休で愛してきた。

 七渡君を支えてあげたいし、応援したいし、どんなことも受け入れてあげたい。


 どんな状況になっても、どんな境遇であっても、相手を迎えにいってあげるのが本当の愛だと私は思うんだ――



     ▲



「それでは試験を開始いたします」


 校内放送が試験の開始を知らせて、私は問題を解き始めた。


 余裕はあるので焦る必要は無い。

 実家では何もすることがなくて勉強ばかりしていたし、七渡君の進学先である、ここ駒馬高校は安全に合格できそうな学校だった。


 お母さんが七渡君のお母さんに電話してくれたみたいで、七渡君の志望校を教えてもらった。

 七渡君が不合格でも、滑り止めの私立高校に私も合格しているので問題はない。


 この校内に七渡君がいると考えるといても立ってもいられなくなるが、今は探す気はない。

 今再会しても気が緩んでしまいそうだし、七渡君に余計な刺激を与えてしまって受験に集中させてあげられなくなる可能性もあるから。


 入学するまでは我慢だ……

 というか私も心の準備がまだできていない。


 七渡君の近くにいるのに会えないもどかしさ。

 でも、七渡君と高校生活から一緒にスタートさせたいから今は我慢の時なの。


 七渡君、早く会いたいよ~……



     ▲



「どやったどやった?」


 試験を終えて住まいであるマンションに帰ると、お姉ちゃんが出迎えてくれた。


「大丈夫だと思う。わからなかった問題そんなになかったし」

「やるやーん」


 親指を立てて褒めてくれるお姉ちゃん。

 そんなお姉ちゃんはこの前、日本でトップクラスの大学である東応大学への合格通知があったと言っていた。凄すぎる……


「胴上げだ~わっしょい、わっしょい」


 妹の私でもお姉ちゃんは時折り何を考えているのかわからない。


 一見馬鹿っぽく見えちゃうけど、天才気質な人だ。きっと常人の私には理解できないのだろう。


 その後はお姉ちゃんの分も一緒に夕食を作ってあげて、私は日課となっているボディーマッサージを始める。


 お姉ちゃんと一緒に過ごすようになってからは、お姉ちゃんの不思議な行動が目に入っちゃう。


 一番気になるのは、軽い電流が流れる装置で頭に電流を当てていることだ。

 恐いから何でそんなことをしているかは聞けないけど。


「ねーねー何してんの?」


 そんなお姉ちゃんも私の行動が気になっているようだ。


「胸が大きくなるマッサージだよ」


 お姉ちゃんは巨乳なので羨ましい。

 でも、同じ遺伝子の私に大きくなるかもしれないと希望を与えてくれる。


「何でそんなことしてんの~? 胸を大きくしたいん?」

「七渡君がね、胸の大きな女性が好きだって前に言ってたことがあってね」

「自分のためやなくて、七渡君のためにしてるの?」

「うん、七渡君を幸せにしてあげるって約束したから」


 七渡君が喜んでくれれば私も幸せになれる。

 そう考えると自分のためでもあるのかも。


「なにそれ、まるで天使じゃんか~」

「天使?」

「七渡君を天国に連れて行ってあげるんでしょ?」


 やっぱりお姉ちゃんとはどうしても会話がズレちゃう。

 理解できない私がいけないのかもしれないけどさ……


 でも一緒に過ごせばお姉ちゃんのことも深くまで理解できるかも――



     ▲



 今日は待ちに待った駒馬高校の入学式だ。


 そして、七渡君に再会する日でもある。


 夢が叶う日……

 七渡君と五年も会えなかった。

 本当に辛かったな~


 どれだけこの日を待ちわびていたことか。

 ちょっと緊張してきちゃった。

 七渡君と上手く話せるかな……


 下駄箱前の広場でクラス表を確認する。


 最初に見た八組の名簿で自分の名前を見つけた。

 どうやら私は一年八組みたいだ。


 それにしても八つもクラスがあるなんて都会はやっぱり凄いや。


 七渡君の名前も一組から順番に探していこう。

 どこのクラスでも絶対に今日会いに行くんだ。


 ……あれ?

 七組まで確認したけど七渡君の名前が無い。

 

 お母さんは七渡君のお母さんに電話して七渡君が駒馬高校に合格したことを確認してくれた。


 まさか、合格を辞退しちゃったとか?

 そ、そんな……


 いや、あった。

 あったけど、こんなのって……


「えっ、うそ」


 まさかの一年八組に七渡君の名前があった。

 同じクラスだった。

 絶対にそんなことないと思って一組から確認してったのに…… 


 こんな奇跡があるのだろうか……

 やっぱり七渡君は私の運命の人なんだ。


 運命の赤い糸で結ばれている。

 ぎゅっとね。

 きっとそうに違いないよ。


 嬉し過ぎる。

 七渡君と一緒のクラスだなんて……


 この上ない幸せだよ~

 やったやった!


 きっと勇気を振り絞って会いに来た私に神様がご褒美をくれたんだ。


 もう、七渡君とは離れない。

 どんなトラブルが起きても、どんな強敵が現れても、どんなことをされてもね。


 七渡君が困っていたら助けるし、七渡君が夢を追いかけていたら支えるし、七渡君が非行の道に進んでいたら温かく見守りながら更生させてあげる。


 七渡君のために生きていきたいし、七渡君にいっぱい好きになってもらいたい。


 そして、

 七渡君と許嫁の約束を果たすんだ――



     ▲



 物語は『あなたを諦めきれない元許嫁じゃダメですか?』へと続く――

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