第14話 ♀嫉妬するギャル


「まだか……」


 あたしは教室の時計を眺め、チャイムが鳴るのを今か今かと待ちわびている。

 早く昼休みになってほしい。

 早く天海に会わせろ。おらおら。


「パンケーキ食べたい! パンケーキ食べたい!」

「うっさい!」

「ご、ごめんなさいっ」


 斜め前に座っていた男子がうるさかったので、ついつい怒ってしまった。

 それもこれも、無性にイライラしているからである。


 四時間目が始まる前の休み時間に、天海が前に勉強教えてと誘って断られた夜明とかいう女と仲良さそうに話していた。

 その光景を見てから、ずっとイライラしてしまっている。なんなのもー!


 夜明が天海に話しかけるのも嫌だし、終始嬉しそうにしていたのも腹が立つ。

 何より天海も満更でもない様子でニヤニヤとしていた。

 憎たらしいったらありゃしない。あいつ~


 そもそも天海はあたしの先生係なんだし、他の女にかまっている余裕なんてないはずだ。

 ここはもう、びしっと言っておかないとね。


 ……というか、あたしには怯えている天海が夜明とは楽しく話しているのが本当に嫌だった。

 も~むかつくむかつく!



 チャイムが鳴り、あたしは瞬時に立ち上がる。

 そしてヘラヘラと廣瀬と話している天海の席の元に向かった。


「うおっ、どうした?」

「早くしてっ」

「は、はい」


 のろのろとしている天海の腕を持って引っ張る。

 周りから注目を浴びちゃってるけど、今はもう気にしている余裕なんかない。


 相変わらずあたしには怯えている天海。

 その態度にむかむかしちゃう。


「何かあったのか?」

「おおありよ。一大事」


 あたしの言葉を聞いて、真剣な目を見せる天海。

 大事な場面になると天海が真剣になるとこ、あたしけっこう好きなんだよね。


 そのまま早歩きで屋上入り口前のスペースへと向かった。


「てーかさ、休み時間に話してたあの女、なんなの?」

「えっ、夜明さんのことか?」

「そう。何で他の女子と話してんの?」

「そりゃ学校にいればクラスメイトと話すだろ」


 白々しい態度の天海。こいつぅ……

 しかも、別に俺は何も悪いことをしていないぞという顔をしている。


「あたしの勉強を面倒見てくれるんでしょ?」

「そうだけど。というか、そうしてるけど。それとこれと何の関係があるんだ?」

「む~」


 天海に冷静に返されて、確かに何の関係があるんだと自分でも戸惑う。


「ちゃんとあたしに集中してよね」


 自分で発言して、自分で恥ずかしくなってしまう。


「……あたし何言ってんだろ」

「俺が聞きたいよ」


 空回りしている感じがヤバい。

 あぁ駄目だ、このままじゃ天海に嫌われちゃう……


 そうだっ、天海のギャル苦手を解消するために色々と準備してきたんだった。


「これあげる」


 あたしは天海に鞄から取り出した板チョコを手渡した。

 昨日ネットで見た男の友達に好かれる方法を早速実践してみた。


「あ、ありがと……って、この学校はお菓子禁止だぞ。持ってきたのでばれたらめっちゃ怒られる」

「そんな意味わからんルールは知らん。この程度のお菓子持ってきて何が悪いの?」


 学校のルールは意味わからないものが多い。

 制服の下に色付きのものを着ちゃいけないとか、色付きのヘアピンは駄目だとか、スカートが長過ぎても短過ぎても駄目だとか。


 服装だけじゃなくて、お金とかお菓子を持ってきてはいけないとか、小学生ならまだしも中学生なら別に良くない? あたしは守ってないし守る気もないけど。


「確かに何が悪いかは知らないが、そういう決まりなんだよ。社会で生きるにはみんなが守らなきゃいけないルールってのがあるの」

「バレなきゃいいじゃん」


 遅刻をしてはいけないとか、徒歩圏内の人は自転車で通学してはいけないとかのルールは理解できる。

 でも、意味を見出せず自由を制限するようなルールは守る気になれない。


「俺は地葉と違って真面目なんだ。悪さも駄目なこともしない。だから先生に怒られたことも少ないし、良い子だと褒められたりもする」


 真面目が正しいとは限らない。

 与えられたルールを守るだけのやつより、ルールに疑問を持って正しい在り方を考えるあたしの方が正しいと思う。絶対にね。


「先生に怯えてるチキン野郎なだけでしょ」

「くっ、何を言っても反論してきやがる。あなたとは違うんだよ、あなたとは!」


 天海のギャル苦手を克服するはずが言い争いになってしまっていた。

 こんなはずじゃなかったのに……


「でも、何で俺にチョコを?」

「えーっと……」


 意図を伝えるわけにはいかない。

 これは天海にギャルを克服させる極秘任務なんだから。トップシークレット。


「ちょっと早いバレンタイン的な?」

「早過ぎるだろ、まだ五月だぞ」


 適当な言い訳をして誤魔化した。

 バレンタインとか今まであげたことなんてなかったけど。


「てーか、も、もしかして俺のこと……」


 青ざめた顔を見せる天海。


「ちょ、ちょっと変な勘違いしないでよね」

「バレンタインって言うからさ」

「本命チョコじゃないから! 己惚れんなし!」


 ギャルを克服させるためなのに好きだからと勘違いしそうになった天海。

 己惚れるのもいい加減にしてほしいっつーの。

 だれが冴えないあんたのことなんか……


 あたしはただ天海のためにチョコをあげただけ。

 喜んでもらいつつ安心してもらって、少しでも距離が縮まればいいなーとしか考えていない……はず。


「じゃあ、いくら欲しんだ?」

「金銭も要求しないから! ただの日頃の感謝!」


 相変わらずあたしが金銭要求をしてくると思い込む天海。

 確かにギャルは常に金欠そうなイメージはあたしにもあるけど。


「そっか、ならありがと。俺けっこう甘い物が好きなんだよ。でも今度からは学校外で渡してくれよ」


 珍しく嬉しそうな顔を見せる天海。

 その表情を見てあたしも何故か嬉しくなってしまう。


 ほんの少しだけど天海との距離が縮まっている気はする。

 作戦は成功なのかな?

 いや、成功ってことにしておこう。


 もう一つの作戦であるボディータッチを試みてみるか……

 体育の授業でも実行しようとしたんだけど、あたしが触ろうとしても避けてくるし、あたしに触ることをお願いしても手が震えていた。

 

 ……そうだ、良い作戦を思いついたぞ。


「やっぱ、さっきのチョコ返して」


 天海から板チョコを返してもらい、それを開けることに。


「自分で食べたくなったのか?」

「いや。食べやすい形にして取ってあげるから」


 あたしは板チョコを折ってから封を開けて天海に渡す。


「はい、あーん」


 ボディータッチではないが、あたしが食べさせてあげることで距離は縮まりそうな気がした。


「は、恥ずかしいからっ」

「いいからいいから」

「やめろって、自分で食えるって」

「あたしの優しさだから受け取りなさい」


 こんなことしている自分も恥ずかしいが、これも天海のギャル苦手を克服させるためだ。


「やっぱり恥ずかしいって」

「あたしだって死ぬほど恥ずかしいんだよ!」


 あたしも我慢できなかったので無理やり天海の口へチョコを突っ込んだ。


「ほらっ、もっと食べなさい」


 観念した天海は口を広げてチョコを入れやすくしてくれる。


 死んだ目でチョコを食い続ける天海。

 あっという間にチョコは無くなっちゃった。

 もっと食べさせてあげたかったな……


「どうだった?」

「美味しかったぞ。ただ今は吐きそうだ」

「なんでよ~」

「ギャルに無理やり突っ込まれたからだ。ギャルはいつも無理やり色んなことをしてくるからな」


 どうやらさっきの作戦はマイナス効果になってしまったようだ……

 あたしとの距離は縮まった気はするけど、ギャルへの恐怖心は増えてしまった感じだ。

 む~難しいな。


「でも、普通のギャルだったらきっと泣いてた。地葉だから慣れた部分もあるな」

「ほんと!?」

「うん。地葉は友達なこともあって他のギャルと違って信用しているからな」


 天海の言葉に救われる。

 人から信用されるって、こんなに嬉しいことなんだ。


「ありがと」

「お礼を言われる筋合いはないよ」

「いいじゃん、受け取れよ~」


 天海の背中を軽く叩く。ぽこぽこ。

 他の男子にはこんなこと絶対できないけど、天海にはできる。


 三発目は避けられたが、あたしはもっと天海に触れていたいと思ってしまった。


 天海もあたしに触れたいって思ってくれればいいのになぁ……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る