第15話 ♂女神を待つ少年


「はぁー今日の練習も疲れた~」


 部活を終え、同じバスケ部のみんなが疲れた声を発している。


「最後の大会に近いこともあって、練習もハードだな」

「少しな」


 一人だけけろっとしている一樹。

 どんだけ体力あんだよ……


 制服に着替えた部員のみんなと校舎を出ようとするが、そこには派手で目立つ女子生徒が待っていた。


「お疲れ」


 何故か地葉が俺を待っていたようだが、地葉のお疲れという言葉にバスケ部員がざわざわとしている。


「おいおい誰だよ、地葉と付き合ってるやつ」

「あの人ってめっちゃ可愛いギャルで有名な地葉先輩じゃん」


 学校でも有名人の地葉がバスケ部の誰かを待っていたら、ちょっとした騒動が巻き起こってしまう。


「もしかしたら俺かもしれない……」


 何故か地葉が自分を待っていると錯覚し、一歩前に出る市河いちかわ君。


「待たせたな地葉」

「いや、誰? ウザいんだけど」


 当然のごとく玉砕している市河君。

 勘違いにも程があるだろ。


「あっ、天海、お疲れ」


 俺と目が合った地葉は、俺の元に駆け寄ってくる。


「えぇえええ!?」


 まさかの事態にみんなが俺の方を見て、驚きの声をあげている。


「なんであの天海と地葉が!?」

「天海先輩すげぇ! バスケの腕はパッとしないのに」


 みんなからの注目に少し顔がにやけてしまう。

 別に地葉は彼女ではないが、可愛い女の子が俺の帰りを待っているなんて、ものすごい優越感が出てしまうな。


「何か用でもできたか?」

「ここ男臭いから、早く来て」


 地葉は俺の腕を掴んで引っ張っていく。

 そして、俺達は二人きりになった。


「何で待っててくれたんだ?」

「最近は動画を一通り見終えたから放課後は図書室で勉強してるの」

「真面目かよ」


 ギャルな見た目からは似合わない言葉が出てきた。

 自主的に図書館で勉強するなんて……


 どうやら地葉は高校受験に向けて本気のようだ。

 その覚悟とやる気があれば可能性は大きく高まる。


「今日もたくさん勉強した」

「偉いな」

「うん、えらいえらい」


 俺が褒めると嬉しそうに自分でも偉いと口にする地葉。


「それで肝心な要件は?」

「えっ、別に無いけど……」

「は?」

「図書室の利用終了時間になって追い出されて、バスケ部はまだいるみたいだからちょっと待ってた」


 特に要件無く地葉は俺を待っていてくれたようだ。


「俺からお金を巻き上げに来たのか?」

「違う! その天海特有の不安なんなの?」

「理由とか教えてくれないとあれこれ考えて不安になっちまうんだよ」


 地葉のことは信用しつつあるのだが、ギャルという時点で不信感を持たざるを得ないからな。


「まっ、強いて言えば勉強頑張ったから褒められに来たって感じ」

「そっか。まぁその気持ちはわかる」


 誰かから褒められることは嬉しい。

 勉強でもスポーツでも私生活のことでも、褒められれば満足感を得ることができる。

 きっと地葉は今まであまり褒められてこなかったから、他の人よりも褒められることに喜びを感じているのかもしれない。


 受験勉強を頑張ってもらうために勉強ごとに関しては褒める癖をつけていたが、功を奏しているみたいだな。


「最後の大会いつなの?」

「来週」


 もう部活は終わる。

 部活が終われば、地葉との勉強時間も設けられる。


「見に行く」

「来なくていい」

「なんでよ」

「来ても楽しくないぞ」


 中学生のバスケの大会なんてギャルが楽しめるものではない。

 つまんないと怒られるのがオチだ。


「あんたの最後の試合なんでしょ?」

「集中力が減っちまう。ただでさえプレッシャーに押しつぶされそうだというのに」

「もー絶対に行くから!」


 問答無用で行くと宣言する地葉。

 もう断るのも面倒だ。


「てーか、今更だけどさ」

「どうした?」

「あたし、あんたのことあんまり知らないなって思って」

「そりゃまだ出会って一ヶ月ほどだし。俺も地葉のことそんなに知らないし」


 地葉は謎が多い。

 他のクラスメイトも地葉のことはよくわかっていないからな。


「じゃあ、お互いに質問し合うコーナーね」

「家帰ろう」

「いいじゃんそれくらい! がるる」

「犬かよ」


 吠えられたので質問コーナーを受け入れることに。

 特に答えられない質問もないし、身構える必要は無さそうだ。


「あんたって、彼女とかいんの?」

「いないけど」

「そっ」


 何故か答えを聞いて嬉しそうにしている地葉。

 馬鹿にしているのだろうか?


「そういう地葉はいるのか? クラスでは七人いるって噂されてたけど」

「いないし、むしろ男とか嫌いなんだけど」


 彼氏がいても不思議ではないと思っていたが、意外にもいないみたいだ。

 だが、過去のことはわからない……

 ギャルだし恋愛経験は豊富そうに見えてしまう。


「意外だな。男をとっかえひっかえしているイメージだが」

「そんなの馬鹿がやってることでしょ」

「地葉は馬鹿じゃん」

「は? 童貞のくせに馬鹿にしないでよ!」


 小言を言ったら怒られてしまった。

 しかも童貞と侮辱されてしまう始末。


「今は彼女がいないからって、童貞と決めつけられるのはどうかと思うな」


 童貞だけど悔しいので無駄に強がってみる。

 実際、経験の有無を聞かれたわけじゃないからな。


「……じゃ、じゃあ天海はエッチなこととかしたことあんの?」


 地葉から真顔でエッチなことをしたことあるのかと聞かれてしまう。

 普通の女性はこういう時に顔を赤らめるものだが、地葉はむしろ青ざめている。

 流石はギャルだな。性のことへの耐性が強いのだろう。


「ま、まぁな」


 エッチなことと聞かれてしまえば、俺のトラウマを思い出す。

 スカートの中に入ってパンツとか見たからな。

 小学生の時の話だが、あれはエッチなことに分類しても問題はないだろう。


「そうなんだ……やるじゃん」

「どうも」


 何故か褒められた。初めてトラウマが役に立ったな。


「気持ち良かった?」

「は? 別にあの時はそんなことなかったけど」

「そ、そう……初めての時は辛いっていうしね」


 完全に勘違いされちゃってるけど、お金払ってスカートの中に入りましたなんて釈明はできません。

 

「天海はあたしのことそういう目で見たりするの?」

「いや、まったく」

「ちっとは見てよ! 見て欲しくはないけど!」

「どっちなんだよ」


 地葉のことはなるべくそういう風には見ないように努力している。

 地葉で何か妄想することもない。


「けっこうスタイルとかは良いと思うんだけどな~」


 胸元やお尻を確認している地葉。

 胸は大きいし、お尻も大きくて身体はムチムチとしている。

 ちょっとエッチな気持ちになってしまったが、すぐに気持ち悪くなった。


「安心しろ。スタイルは良いし、俺以外の男はきっとそういう目で見るだろうから」

「そうなの? なんか女に見られてなくてちょっとムカつくけど、天海はあたしのことそういう目で見ないのは安心できる」

「露出多いくせにそういう目で見られたくないのか?」

「別に自分のためにしてるだけだし。見せてるわけじゃない」


 ギャルの思考はよくわからんな。

 そういう目で見られたくないのなら、露出を減らせばいいのにと俺は思うが。


「天海はこういうのも平気なんだ?」


 俺に近づいてきて、シャツの胸元を引っ張って谷間を見せてくる地葉。

 マショマロみたいに柔らかそうで、指で突きたくなるような光景だ。


「はしたないぞビッチバ」

「何? そのビッチバって?」

「ビッチと地葉、合わせてビッチバ」

「ビッチじゃないし! ちょっとエッチなだけだし!」


 ちょっとエッチなだけと反論されたが、むしろそういう女なんじゃんと思ってしまう……口下手なのかな。


「でも、赤面しないということは本当にそういう目で見てないってことだね」

「だから言っただろ」


 もちろん、あんな谷間を見せられたら男なので興奮はするが、俺は興奮すると気持ち悪くなってしまうので顔はむしろ青ざめたことだろう。


「そういえば、気に入らない奴の机を窓から落としてるって噂も聞いたけど」


 話が恥ずかしい方向に進んでいたので、俺は話題を変えて噂の真相を確かめることにした。


「どんな噂!? あたしは誰かを虐めたこととかないよ。勝手に周りが怯えているだけ」


 やはり地葉の噂はほとんどガセネタみたいだ。

 きっと地葉を気に食わないやつが面白おかしく適当なことを言っているのだろう。


「次はあたしの番。あんたの好きな女性のタイプとかは?」

「優しさに満ち溢れていて、女神みたいな人かな」


 俺には色々なトラウマがあるので俺の心は擦り減っている。

 そんな俺はひたすらに優しさを求めている。


「どんなやつよそれ。表向きには優しい人はいるだけろうけど、みんな裏側はどす黒い人ばかりだよ」

「いないの? 瓦礫の中で健気に咲いている一輪の花を見つけて、わざわざ自販機でいろはすを買って水をあげるような人は」

「そんな女いたらむしろ恐いから」


 地葉は否定したが、俺はこの広い世の中に女神のような優しい女性がいると信じている。

 まっ、そんな女性がいたとしても俺の目の前に現れるかは奇跡的な確率だが……


「そういう地葉は、どんな男がタイプなんだ?」

「だから男が苦手なんだって」

「強いて言うならだよ」

「うーん……」


 考え込んでしまう地葉。本当に男が好きじゃないんだなと伝わってくる。

 そして、何故か俺の顔をちらちらと見ている。


「年収800万円以上、大卒、身長170センチ以上、正社員、長男以外」

「やばめの婚活女子じゃねーか」

「冗談。別に相手がどんなやつだろうが、好きになったらそれでいい」


 答えははぐらかされてしまった。

 何か言えない好みでもあるのだろうか……


「別に相手がどんなハイスペックだろうが、あたしは好きになれない。やっぱりなんかこう、波長が合うというか、自分の感覚を大事にしたいな」

「そっか。でも地葉なら可愛いしスタイルも良いから、男なんて選び放題だろ」


 俺の言葉を聞いて、顔を赤くしてそわそわし始める地葉。


「かわいい?」

「あ、ああ、可愛いだろ」


 男性百人に地葉は可愛いですかと尋ねれば九十九人が可愛いと答えるだろう。


「まっ、あたしが可愛いのは知ってるけど」

「そーかい。そんなこと堂々と言っていると女子から嫌われるぞ」

「どーでもいいよ周りの事なんて。天海に嫌われなければね」


 俺の方を向き、笑みを見せる地葉。

 やっぱり可愛いのは確かだ。 

 それは紛れもない……


「じゃ、そろそろ帰るね」


 ご機嫌なまま家に向かっていく地葉。

 その背中を見送る。


「家でも勉強頑張れよ」

「うん。天海も塾での勉強頑張ってね」


 地葉のエールは思ったよりも心に響いて、普段よりも勉強ができた気がした――

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