第13話 ♂狙われる少年


 五月も後半になり、体育の授業では生徒達がジャージを脱ぎ半袖の体操着で行うことになった。


 体育館でのバスケの授業。

 俺はバスケ部ということもあり、終始ドヤ顔で授業を受けることができる。


 バスケというのは経験者と未経験者では技術の差が出やすいスポーツだ。

 素人でもドリブルが上手な人はいるが、シュートが入る確率はまるで違うからな。

 さりげなくスリーポイントシュートを決めて、ぼちぼちだなと独り言を呟いてやったぜ。


「何でさっきからドヤ顔してんだよ」


 一樹に不審な目を向けられたまま声をかけられた。


「別にドヤってねーよ。ただ、部活じゃなく解放されたバスケに新鮮味を感じているだけだ」

「……顔がにやけているぞ」


 俺はあまり目立つタイプではないからな。

 その鬱憤をこのバスケの授業で解放しても罰は当たらないだろう。


「ライジングシュート!」


 無意味に技名を叫びながら再びスリーポイントシュートを決める。

 周りにいたクラスメイト達からも凄いなと言われてしまった。

 さて、次は何の技を披露しようか……


「うぉおダンク凄ぇえ!」

「カッコイイ!」

「廣瀬君、凄い!」


 一樹がダンクをして全ての注目をかっさらっていく。

 隣のコートを使っている女子達からも黄色い歓声が上がっていた。


 いやいや中学生でダンクできるとかチート過ぎんだろ。

 ああいう奴がいるから俺も妄想の世界で異世界チートしたくなるんだよ。


 運動も勉強もできてイケメンの一樹。

 熟女好きじゃなかったらさぞモテモテだったことだろう。


「天海~」


 ぽつんと一人取り残されていると、地葉が女子ゾーンから出て男子のゾーンに入ってきた。

 相変わらずマイペースであり、ルールを無視するやつだ。


「あんたバスケ部って言ってたよね? バスケ教えてよ」

「あそこにいる廣瀬一樹って奴が一番上手いから、そっちに聞けば」


 体操着一枚の地葉を見ると、その胸の大きさが普段より伝わってくる。

 袖から出る腕や太ももはムチムチとしていて、見てると頭が痛くなるな。


「何で拗ねてるのよ。あたしは天海に教わりたいの」

「……地葉だけだよ俺の味方は」

「うん。あたしは天海だけの味方だよ」


 不覚にも地葉の言葉に救われる。

 誰かに必要とされるのは嬉しいことだからな。


「ねーねー」


 地葉は不自然そうに俺の腰辺りをつんつんしてくる。

 それがくすぐったくてじれったい。


「なんだよ」


 ギャルに触れられるのは恐いので慌てて避けた。

 後で料金が発生するかもしれないからな。


「何で避けるの?」

「触られるのは好きじゃない」

「む~、じゃあ別の手だ」


 何かを企んでいたようだが、避け続けると触れようとするのは止めてくれた。

 まったく、これだからギャルは……

 距離感ってのがイかれていやがる。


「シュートが上手く入んないんだよね」


 地葉はシュートを打つが、リングに当たらず大きく外れていった。


「フォームが駄目だな。右腕は顔の中心まで持ってった方が良い。あと左手は添えるだけ」

「こう?」

「それは左手だよ」

「わかんないわかんない。やってやって」


 駄々をこねる地葉。

 いつも思うが何故、地葉は言葉を繰り返して言う癖があるのだろうか……

 ちょっと馬鹿っぽく見えるのでやめた方がいいとは思うが、怒られるのが恐いのでその気持ちは胸の奥にしまっておこう。


「この腕をだな……」

「触っていいよ。それで、無理やり動かして」


 間接的に伝えようとするが、触りつつ動かしながら教えてと言われてしまう。


「むりむりむりむり」


 ギャルに触れるなんてできっこない……

 畑を荒らしている野生の熊に触れに行くようなものだ。


「いいから早く。やってくれないと怒る」

「ぴぃい!」


 恐る恐る地葉の腕に触れてフォームを整えていく。

 もちもちとした二の腕に気持ち良さを感じるが、反して気分は悪くなっていく。


「これで打ってみろ」

「おっけー」


 俺は慌てて離れ、地葉のシュートを見守る。


「入った!」


 地葉のシュートは綺麗な弧を描いてゴールに吸い込まれていった。

 どうやらスポーツの才能も有りそうだな。

 勉強の飲み込み具合も早いし、ギャルじゃなくて真面目な人だったら文武両道の優等生になっていただろうな……


「ありがとね」


 地葉は笑顔で感謝を告げて女子のゾーンへと帰っていった。

 結局、俺は地葉との大胆な接触での体調不良が災いし、試合ではあまり活躍はできなかった。



     ▲



 三時間目の授業が終わり休み時間になると、俺の元にとある生徒がやってきた。


「あ、あの七渡君」


 珍しく同じクラスの夜明さんに話しかけられた。

 一樹が連絡先を教えてくれたため、やり取り重ねていた女の子だ。


「どうしたの夜明さん?」

「最近、あんまり連絡くれないから直接話そうと思って」


 連絡を交換したての頃はメッセージのやり取りをしていたが、地葉の勉強を面倒見るようになってからは忙しくなって連絡を取ることが少なくなってきていた。

 あまり自分からは話しかけてこない奥手の人だったはずだが、向こうから声をかけて来てくれた。

 それは素直に嬉しいな。


「ごめん、最近けっこう忙しくて」

「べ、別に責めてるわけじゃないからね。ただ、ちょっと寂しくなっちゃって」


 清潔感のある容姿で、奥ゆかしさを兼ね備えている女性。

 男子から人気がある生徒ではないが、俺には魅力的に見える。


 それにギャルとは正反対な風貌なので一緒にいて安心感がある。


「来月には部活も終わるし、今よりは余裕できると思う」

「本当に!?」

「うん、だからちょっと今はごめん」

「わかった。待ってる」


 まぁ部活動が終わっても、代わりに受験勉強が忙しくなってしまうのだけど……

 だが、悲し気な目を見せる夜明さんを少しでも元気にしてあげたかった。


「……そういえば、最近あの地葉さんと話してるよね?」

「えっ、まぁ……色々あって」


 地葉とは主に昼休みに密会しているが、最近では授業の終わりに地葉が疑問に思ったことを聞いてくるので、それに答えている時もある。

 小テストの結果を自慢してくる時もあったな。


 そういったやり取りはクラスメイトが物珍しく見てくる。

 夜明さんもそれが気になっていたようだな……


「地葉さん、良くない噂けっこう聞くからあまり関わらない方がいいと思うよ」

「そうなの?」

「うん。彼氏が七人いて一週間で一人一回会えるようにシフト制にしてるとか、不良だからみんなから金を巻き上げてるとか、親のクレカでゲームに課金してるとか、気に入らない奴の机を窓から落としてくるとか」


 おっかない噂が広まっている地葉だが、本人の素顔を知っている俺にはどれも信じがたいものだった。

 本人に確かめていないので、真実が紛れている可能性も否定はできないが。


「七渡君のことが心配なの……」

「そうなの? 心配してくれるのは嬉しいよ、気をつける」


 やっぱり夜明さんは良い人だな。

 優しいしお淑やかだし良いところしかない。


 だが、ふと地葉の方を見たら、何故か殺意のこもった目で睨まれていた――

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