第17話 ♂気づく少年


「ちくしょう……」


 試合終了の音が鳴り響き、俺達の戦いは終わる。


 駆け抜けた青春は戻らない。

 目の前にある光景が俺達の努力の結果だ。


「あと一つ勝てば都大会へ行けたのに」


 結果は区内ベスト4。

 これが俺達の実力だったということだ。


「終わったな……」


 タオルを首から下げて珍しく疲れた顔を見せている一樹。


「だな。悔しさはあるが、ここまで来ることができたという満足感もある」

「そうだな。俺達が入学した時は弱小校と言われていたが、俺達の代でベスト4まで来れたんだから」

「そうさ。俺にとってはかけがいのない青春となったぜ」


 俺は転がっていたボールを持って、ゲームが終了したコートのゴールへシュートをした。


「俺はこの部活で人としても大きく成長できた気がするよ。諦めない心、努力する力、挑戦する勇気。そのどれもが俺にとって宝物だ」

「七渡……」


 先ほどから俺の言葉を聞き続けていた一樹は、俺の肩にそっと手を置いた。


「七渡お前、最後の大会は全部ベンチだっただろ? 何で誰よりも青春を謳歌しているような顔になってんだ?」

「駆け抜けた青春は戻らない」

「いやだから、お前はずっと補欠だっただろ? あたかもエースみたいな顔してコートから遠くを見てんなよ」


「……最初は努力なんて馬鹿らしいと思ったけど、今なら胸を張って頑張ってよかったと言えるよ」

「話聞けって。七渡は三年生の同情枠でギリギリメンバー入りしただけであって、大会中は特に何もしていないだろ? 試合に出てる奴みたいな顔していないで、ベンチから影でチームを支えていた側の面してろよ」


「……ただ一つ後悔しているのは、最後の試合でシュートを外してしまったことだな」

「だから、お前はこの大会で試合に出ていないんだって!」

「わかってるよ! そんなはっきり試合に出てないって言わなくてもいいだろ! 気持ちだけでもそっち側に居させてくれよ!」


 俺と一樹は取っ組み合いを始める。

 俺はこいつを黙らせ試合に出ていたと自分自身を騙し、記憶を改変しなければならないのだ。


「何やってんのよ。ほんと男子って馬鹿ね」


 呆れた声をかけながら近寄ってきた地葉が、俺と一樹にペットボトルのジュースを投げてくれる。

 地葉は意外にも最後の試合を見に来てくれていたようだ。


「ジュースありがとな。試合終了まで走り切って全てを出し終えた後のジュースは最高に身体に染みそうだ」

「いや、あんた別に何もしてなかったでしょ」

「一人一人の声援が背中を押してくれて、最後まで走りきることができたと思うよ」

「あんたはベンチから声援を送る側だったでしょ。それにあたしが試合を見に行くって言った時、プレッシャーがかかるうんたら言ってたよね? 試合に出ないならプレッシャーとか関係なくない?」


「……試合では負けたが、受験では負けないようにしよう。この悔しさを味わった俺達なら、次は負けることはないだろう」

「だから試合出てなかったじゃん!」

「はっきり言うなよ! 心は試合に出てたんだよ!」


 現実を受け入れることを拒み続けていると、地葉と一樹にペットボトルで叩かれまくった。

 とはいえ、これで中学の部活動は終了だ。

 明日からは切り替えて受験勉強に専念することにしよう――



     ▲



「天海、いつものところ行こ」

「おう」


 昼休みになり、地葉は俺達がいつも過ごしている場所へと一緒に向かおうとする。


 最近では教室でも俺と一緒にいることを躊躇わなくなった。

 クラスメイトも俺と地葉が一緒にいる光景を物珍しく見なくなり、注目されることも減ってきたからだ。


 屋上入り口前のスペースへ続く階段を昇っていると、上からバタバタとした音が聞こえてきた。

 どうやら珍しいことに先客がいたようだが、俺達の足音を聞いて慌てている。


 上から二年生の男女が駆け足で降りてきた。

 女子はハンカチで口元を押さえており、男子の方はズボンのベルトを慌てて締めながらダッシュしていた。


 いったい何をしていたのだろうか……

 隠れてうまい棒でも食べていたのかもしれない。


「何なのあの二人?」

「さぁな。きっと人気ひとけの少ない場所だと思って悪さでもしてたんだろ」

「正義マンの天海は先生に報告したりすんの?」

「しねーよそんなこと。俺達だって悪さはしていないが、利用しているわけだしな」


 俺達は勉強について話そうとするが、再び別の男女二人がやってきた。


「あっ、先客がいる」

「剣道部の近藤こんどうか、何しに来たんだ?」

「最近、ここが隠れてイチャつけるスポットだって聞いてな。俺たちもイチャつきに来たんだ」


 彼女の腰を抱いて得意気に語る近藤。


「そうなのか?」

「ああ。後輩から三年生が隠れてイチャイチャしていたと聞いたが、まさかお前らだったとはな」


 どうやら俺と地葉の密会が誰かに見られていたみたいだ。


「明日は俺達に譲ってくれよ」


 そう言って去っていく近藤と彼女。

 別に俺と地葉はイチャイチャしていないが、男女二人でこんな人気のない場所にいれば、そう見られてしまっても不思議ではないか。


「ごめん天海、何かあたしのせいで変な噂を流されちゃって」

「別に地葉が悪いわけじゃないだろ」

「いやいや、あたしよく変な噂を流されたりするからさ」


 地葉は教室では浮いた存在であるため、根も葉もない噂を立てられやすい。

 それだけ、地葉のことを深く知っている人が少ないってことだからな。


「そういうのけっこう気にしてんのか?」

「いや、まったく。でもあたし以外の人を巻き込むと流石に気にする」


 最初は嫌な奴という印象だったが、地葉のことを知れば知るほどその印象は薄くなっていく。

 きっと周りを無暗に突き放しているだけで、根は良い奴なのだろう。


「あっ、いいこと思いついちゃった」


 ニヤニヤし始めた地葉は俺の元へゆっくりと歩いてくる。

 良い事とは言っているが、嫌な予感しかしないのだが……


「な、何すんだよ」

「ムカついたから、噂を本当にしてやろうと思ってさ」


 少しずつ近づいてくる地葉から逃げるように後方へ下がるが、やがて背後は壁となり追い込まれていく。


「捕まえた」


 地葉は両手を壁につけ、俺を逃げられないようにする。

 言葉通り捕まった形だ。

 まるで壁ドンされているみたいだな。


 間近には地葉の顔があって、恥ずかしくて下を向くと谷間が形成されている胸元が見えてしまう。

 そして、そのままその胸を俺の胸に当ててきた。


「な、何してんだよ!?」

「イチャイチャ?」


 俺は慌てて地葉の両肩を押して、距離を離す。

 本当にギャルってのは何を考えているのかわからん生き物だ……


「ごめん、嫌だった?」

「別に嫌じゃないけど、は、恥ずかしいだろ」

「廣瀬とかともよく取っ組み合ってんじゃん? あれもあたしから見たらイチャついているように見えんだけど」

「一樹は男。地葉は女子。女子と取っ組み合いは変だろ」


 なんでこう、ギャルってのは男への距離感がバグってんだ?


「勝手な噂にムカついたから、どうせなら本当のことにしてやろうと思ってさ」

「そういうことか……俺も負けず嫌いなとこあるから、勝手な噂にムカつくのは理解できるけど」


 深呼吸して乱れた呼吸を整える。

 地葉の奇行にあたふたさせられた。


「まっ、噂も立てられちったことだし、この場所を利用するのも最後にするか。地葉は大丈夫か?」

「別にいいよ。もう教室で堂々としているし、ここを利用する必要性も無くなったからさ」


 この場所を利用する最後の日になってしまった。

 少し名残惜しいが、教室の方が机とかあって勉強しやすいからな。


「あっ、鍵がつけっぱだ」


 地葉の視線の先には屋上への扉があり、その鍵穴には鍵が刺さったままだった。

 先生や管理人が利用して、鍵を忘れていってしまったのだろうか……


「またまたいいこと思いついた」

「もう勘弁してくれ」


 再びニヤニヤしながら何かが閃いた地葉。

 本当に手に負えない存在だな……


「おいおい、今度は何をするつもりだ」

「悪さ」


 俺の腕を引っ張ってくる地葉。地味に力強いって。

 これは駄目だ、断らないと。


「やめろ、俺は真面目な優等生なんだ」

「ビビりなだけでしょ?」

「駄目だ」

「来なさいって」


 そのまま扉を開けて屋上へと足を踏み入れる地葉。


「こんなんバレたら説教だって」


 屋上は普段は解放されておらず、許可なく入ってはいけないスペースだ。

 その場所に俺は侵入してしまっている。


「あまり大きな声出すと気づかれちゃうよ」


 平気で悪さをする地葉。

 やっぱりギャルは不良で危険だ。


 悪いことをしているので心臓がバクバクして不安や焦りに襲われてしまう。

 今まで無難に生きてきたのに、何故こんな危険な橋を渡らなきゃならんのか……


「ほらっ、良い景色だよ」


 地葉は手すりに捕まって、都会の景色を見渡している。


 確かに都会の街が一望できて良い景色ではある。

 夜の夜景だったらロマンチックに映るかもしれない。


「わかったから早く中に戻ろうぜ、風も強いし」

「待ってよ、せっかくだしやりたいことがあんの」

「何だよ?」

「ここであたしと寝て」

「はぁあああ?」


 地葉の予想外の要求に俺は驚愕した。

 ま、まさか屋上でエッチなことをしようと誘われるとは……


 心の準備とか一切できていない。

 だって地葉とは友達? といえる関係だ。

 そういうことをする仲にはまだ進展していない。


 いや、ギャルだから別に付き合ってなくても、そういうことしたくなっちゃったりするのか?

 しかもこんな開放的な屋上で……


 そういえば学園もののエッチな漫画や美少女ゲームとかだと、屋上でエッチなことしがちというイメージはある。今思うと風とか強いし集中できないだろあれ。

 だが、まさかそれが本当に起きようというのか?


「ほら、早く隣で横になって」

「はいっ」


 地葉に言われた通り、地葉の横で俺も仰向けになって寝る。

 すると、目の前には一面に広がる青空が視界を覆いつくした。


「おぉ」


 思わず声が出てしまった。

 子供の時は何度も見た景色だったが、ここ数年はこんな風に青空を見たことはなかった。


「ねっ、綺麗でしょ?」

「ああ。何か嫌なこととか、辛いこととか忘れられる」


 ぜんぜんエッチなお願いじゃなかったじゃんか俺の馬鹿……

 しょうもない勘違いして焦ってた自分が恥ずかしい。

 でも青空めっちゃ綺麗だから心が広くなってどーでもよくなる――


「悪さしないと、こういう見れない景色もあるんだよ」

「……そーだな。たまには悪さしてもいいかもしれない」


 失いかけていた少年心を少し取り戻せた気がする。


 福岡の田舎町に住んでいた頃は色んな場所へ探検へ行ったり、空き地に秘密基地を作って楽しんでいた。

 あの頃のようなハラハラとワクワクが共存するような感覚を最近は感じていなかったな。


 きっと、好奇心ってのが薄れかけていたのだろう……


「てーか別に屋上へ入っても良くない? 危険だからか知らないけど、立ち入り禁止にする意味がわからない。こんな広々とした空間を使わないなんて勿体ないでしょ」

「確かに、地葉の言う通りだよ。世の中はなんでもかんでも禁止にしたがるからな」


 地葉の言葉を聞いていると、不思議と不安や後ろめたさが消えていく。


 悪いことが悪く思えなくなってくる。

 地葉といると、自由になれる気がするな。


「まっ、そろそろ戻ろっか。紫外線強すぎて女子には条件悪いわ」


 地葉が立ち上がったので、俺も立ち上がる。

 そのまま屋上から出ようとするが、強風が吹いて歩けなくなる。


「あっ」


 地葉のスカートは大きく捲れてしまい、目の前でパンツが豪快に見えてしまう。


 どきついピンク色のパンツ。

 中学生でそのパンツはエロ過ぎんだろーがおい……


「ちょ、ちょっと見た? 見ちゃってたらぶっころだよ!」

「目の前なんだから見えちゃうに決まってんだろ」


 普通の男ならラッキースケベな展開で喜ぶのかもしれないが、神社の裏でギャルのパンツを見たトラウマのことを思い出してしまい気持ち悪くなってしまう。


「ふざけんなっ! ばかばかっ!」

「それはこっちのセリフだ! ギャルの派手なパンツ見たせいでトラウマが蘇って、気分悪くなってんだぞ」

「どんなトラウマの発生条件だよ!」


 追っかけてくる地葉から逃げながら屋上から脱出した。


 迫ってきた地葉に怒られるかと思ったが、俺の背中を優しくさすってくれた。


「大丈夫? 苦しくない?」

「……何だその優しさは。怒るんじゃなかったのか?」

「トラウマを思い出したって言うから」


 心配そうに俺を見つめる地葉。

 その温かい対応に俺の気分はリラックスしていく。


「おかげさまで、回復に向かっている」

「よかった」


 本気で心配していたのか、俺の言葉を聞いて安堵した表情を見せる地葉。


「パンツ見ちゃって怒ってないのか?」

「……あの時は恥ずかしくて怒っただけで、別に天海に怒ってない。天海になら別に見られても不快じゃないし」


 俺を友達だと思っているからか、パンツを見られても別にいいと口にする地葉。

 無償のパンツ公開か……

 地葉はあの時のギャルとは違うみたいだ。


「それに、あんたはビビり過ぎ」


 俺の震えている身体を見て、ビビり過ぎと言われてしまう。


「しょうがないだろ、ギャルは苦手なんだ」

「あたしは他のギャルとは違う。ほらほら、大丈夫だよ~」


 背中をさすりながら温かい声で大丈夫と囁いてくれる地葉。


「あたしはずっと天海の味方でいるからさ。だから怯えなくていいんだよ。あんたが本気で嫌って言ったらあたしは止めるし、あんたがあたしにしてほしいことがあればあたしは何でもするし、誰かがあんたを攻めれば守りにいくし……」


 地葉の言葉に、恐怖や怯えは消えていく。

 トラウマになったギャルのように恐いギャルもいれば、地葉みたいな優しいギャルもいるみたいだ。


 悪い人間もいれば、良い人間もいる。

 そんな当たり前ことに気づかされた――


「あ、ありがとう地葉」

「どういたしまして」


 この日から地葉を見ても、怯えたり震えたりすることは少なくなった。

 さらには街で見かけるギャルにも過度に恐怖を抱かなくもなった。

 トラウマが完全に消えたわけじゃないが、そこまで意識しなくても済むようになった。


 全部、地葉のおかげだ。

 このお礼は勉強を教えることで返していくとしよう――

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