第18話 ♀無知ムチのギャル
天海のバスケ部の部活動が終了して二週間が経った。
それからは、放課後はあたしと一緒に勉強を行うことになった。
図書室の一角は多少の私語をしても大丈夫なエリアとなっており、あたしと天海は毎日そのスペースで利用終了時間まで勉強をしている。
正面に座っている天海は勉強に集中している。
真剣な眼差しで教材を眺めながらノートをとっている姿は頼もしい。
「英語はどうだ?」
あたしの視線に気づいた天海は話しかけてくれた。
そんなちょっとしたことがあたしは嬉しくて、思わず顔がにやけてしまう。
「英語はそこそこできそう。基本は暗記だしね」
「wouldは?」
「~であろう」
「正解」
天海から急に出題された英単語クイズに答えた。
「foreignは?」
「えーっと……外国のだっけ?」
「正解。とても二ヶ月前にはbとdを逆に書いていたお馬鹿ギャルとは思えないな」
「ふふん、凄いでしょ」
最近のあたしはまじで勉強しかしていない。
テレビも見なくなったし、スマホを無駄に弄っている時間も無くなった。
むしろもっと勉強する時間が欲しいと願うほどだ。
「成長ぶりは顕著だし、勉強できるスキルが俺よりもありそうだ」
「もっと褒めてよ」
「まじで凄い。驚きを隠せない、うわー!」
「図書室なんだから静かにしてよ。驚きは隠して」
少し勉強で疲れてたけど、天海と話して一気に疲れが吹き飛んだ。
天海となら何時間でも勉強できそうな気がする。
だから、ずっと天海と一緒にいたい。
ずっとずっと。
「この文法がイマイチわからないんだけど」
あたしは立ち上がって教科書のわからない箇所を天海に見せた。
「それはだな……」
天海はわかりやすくあたしに勉強を教えてくれる。
同じ目線で教えてくれるので、先生よりもわかりやすい。
「あーにゃるほど。やっぱり天海と勉強できるのは助かるわ~疑問がすぐに解決できて心強い。部活が終わって良かった」
「そりゃどうも」
「でも、あたしばっかり頼ってごめんね」
教えられてばかりのあたしは少し心苦しい。
勉強だけではなく、天海は色んなことを与えてくれるから。
「俺が教えることでも復習になるから、地葉に勉強を教えることはそこまでの負担ではないよ。そこは気にせず勉強に集中してくれ」
そんなあたしの不安を和らげるように、天海は言葉を聞かせてくれる。
ほんと天海って良い奴だなぁ……
頼りになるし、一緒にいて心地良いし。
「なんかもっと天海に色々してあげたい。天海にいっぱい何かしたいよ~」
あたしの天海への気持ちが溢れてしまい、我儘なことを言ってしまう。
「余計なお世話だ。ギャルが俺にできることはない」
む~天海のやつ、無欲すぎてムカつく。
何かあたしにもできることはあるはずなのに……
まったく、もっと我儘になってくれてもいいのにさ!
「ほら、余計なこと考えてないで勉強の続きやるぞ」
肩が痛いのか、腕を大きく回してストレッチしている天海。
……そうだ!
あたしにできることあんじゃん!
「肩凝ってんの?」
「まぁな。最近は勉強ばっかだし」
「じゃあ、軽くマッサージしてあげるよ」
マッサージならあたしでもできるぞ!
子供の時はお父さんによくやってたし、上手いなと褒められた思い出がある。
「別にと言いたいところだが、やってくれるって言うならちょっとお願いしようかな」
珍しく天海が甘えてくれる。よっしゃ。
いっぱい天海を気持ちよくさせてあげて恩返しするぞ。
「それじゃあ失礼します」
「よろしく頼む」
座っている天海の後ろに立ち、両肩を掴む。
そのまま揉んでほぐしたり、肩を叩いたりとマッサージをする。よいしょよいしょ。
なんか天海に触れるとあたしも気持ちよくなれるな……
「スピード上げるよ~」
あたしは嬉しくなってマッサージのスピードを高める。
いっぱい気持ち良くなってくれてるといいんだけど……
「ねぇ、気持ち良い?」
何も感想を言わない天海が気になったので、顔を覗きながら聞いてみる。
すると、何故か天海の顔が真っ赤になっていた。
「これだからギャルはもう……」
何か思っていた反応と違うな。あれあれ?
嬉しそうにはしているんだけど、なんか悶えてる感じ?
「どったの?」
「帰れ変態。胸当て過ぎなんだよ」
「あっ」
うそぉおお! まじか!?
天海の言葉を聞いて自分の状況を見てみると、あたしの大きな胸がマッサージしながら天海の背中に当たりまくっていた。
「ち、違うの、これはわざとじゃなくてっ」
父親にやっていた頃と同じ感覚でマッサージをしていたんだけど、あの頃のあたしと違って身体は成長しており胸は大きくなってしまっていた。
しかも途中からマッサージの勢い強めたから、めっちゃ当たっちゃってたわけで……
だからあたしも少し気持ち良かったわけだ。なっとく。
ばかばか。もっと早く気づけば良かった。
「もう勘弁してくれ……」
天海はぐったりと倒れるように机に伏せてしまう。
結局、天海のためになることはできなかった。
なんであたしって、いつも空回りしちゃうんだろう――
マッサージ事件から切り替えたあたし達は終了時間になるまで勉強を続けていた。
「あ~あ、もっと早く天海と出会いたかったな。今思うと、出会う前に必死にわけもわからず勉強してた時間がまじでもったいない。無意味な時間だった」
わけもわからず勉強していて、何も頭に入ってなかった最初の一ヶ月……
思い返すと、後悔に襲われてしまう。
「別に無意味じゃないぞ」
「何で何で?」
「その意味の無い勉強で、自分が何も知らないことを知ったんだ。それでどうしようもないと思ったから地葉は俺に頼った。それで今は俺が基礎から学ばせて、少しは勉強ができるようになっている」
真剣な表情で無意味なんかじゃないとフォローしてくれる天海。
「その無意味とも思える必死にした勉強で、今の自分ではどうしようもならないことを知ることができた。できるつもりで知ったかぶていると人間は向上しない。無知の知ってやつだな」
無知の知かぁ……確かに、あたしはあの勉強期間で自分がいかにヤバい状況なのか思い知られたんだ。
意味は無いように思えて、意味はあったんだな。
そう思うと、後悔の気持ちは少し薄れていく。
「にゃるほど。自分の現状を把握するのには必要だったわけか」
「そうだ。まぁカッコつけて無知の知とか言っちゃったけど、使い方は間違ってるかもしれん」
……天海と話すのがあたしは大好きだ。
何気ない話題でも、あたしのぽっかりと空いた心の穴を埋めてくれるような感じがする。
「もっと余裕できたら天海の話たくさん聞かせてよ」
「別に構わないけど」
今は遊んでいる余裕は無い。
でも、この受験が終わったら仲良く遊べる時間も作ることができるはず。
そんな未来を想像すると、あたしは幸せな気持ちに浸ることができるのだ――
▲
給食時間終わりの昼休み。
あたしと七渡は屋上入り口前のスペースを利用することはなくなった。
今では天海と廣瀬の三人で世間話や勉強についての話題を話し合っている。
天海を通して廣瀬という友達もできた。
向こうはあたしのことどう思っているかは知らないけど、あたしが介入しても嫌な顔一つ見せずに話してくれる。
「雨上がり、虹が映った、水溜まり。どうだ一樹、俺の俳句は?」
「十五点、才能無し。そこまでセンスを感じさせない俳句を作れるのはむしろ凄いぞ」
天海と廣瀬、二人と同時に関わることになってわかったことは、二人が異様に仲が良いということだ。
それはもう、裏で付き合っているんじゃないかと少し疑ってしまうほどに。
そんなことないよね?
これが男の友情なんだよね?
「はぁ? そこまで言うなら一樹も何か俳句作れよ」
「やんねーよ。俺はテレビ番組に影響されて、俳句作ったりしないから」
「じゃあゼロ点。俺の勝ち~」
「そんなクソ俳句で勝ち誇んなよ」
くだらない言い争いから取っ組み合いを始める二人。
まだ短い付き合いだけど、こんな光景を見るのは三度目だ。ふふっ。
「はい終了。ほんと男子って馬鹿だね」
二人の間に入って取っ組み合いを終わらせる。
あたしが止めなくても、いつも天海が廣瀬に押さえつけられちゃって勝手に終了するんだけどね。
「前から気になってたんだけど、二人ってどういった経緯で仲良くなったの?」
あたしは二人に前から疑問に思っていたことを聞いた。
同じバスケ部だったことは知っているけど、他にもバスケ部のやつはいるわけだし……
「一樹とは同じクラスでバスケ部だったこともあって、それがきっかけで話すようにはなったんだ。仲良くなったきっかけは、一樹が動物好きなんだけど家ではペットが飼えなくて、俺の家で飼っている犬を可愛がり始めたことだったな」
「そーだったな。七渡の家の犬が可愛過ぎて、部活終わりに毎日のように犬に会いに行ってた」
天海って犬飼ってたんだ……
今まで知らなかった。わんわん。
「あと俺の母親が綺麗だからっていう気持ち悪い理由も相まって、中一の時は家にめっちゃ来てたよな?」
「それは言うなよっ、地葉に誤解されんだろ」
どうやら廣瀬の方が天海に懐いていったみたいだ。
てっきり逆だと思ってた。意外や意外。
「母親が綺麗だからってどういうこと?」
「一樹は熟女好きだから」
「おいコラ、確かに清美さんは綺麗だと思うけど、別に好きってわけじゃない」
「だから人の母親を下の名前で呼ぶなよ! 好きが溢れちゃってるんだって!」
天海も変わっているけど、廣瀬も変わっているようだ。
でも、二人は変人だけど何でも言い合える仲だから、それは本当に羨ましい。
あたしも天海とそういう関係になりたい~
「七渡のせいでめっちゃ地葉に引かれてんじゃねーか」
「いや当たり前だろ。学校の女子で誰が一番好きって聞かれて、先生の名前を答えるの一樹だけだからな。ちっとは自覚しろよ」
「せめて年上好きと言えや! 熟女好きは勘違いされんだろ」
またも取っ組み合いを始めている二人。
やっぱり中学生の男子って子供っぽいというか、馬鹿だよね。
でも今は、そんな二人を見ているのが楽しかったりする。
自分を俯瞰で見て、大人になった気になって周りを無意味に馬鹿にしてたあの頃は、ずっと独りだった。
周りを馬鹿にするより、一緒になって馬鹿をしていた方があたしは楽しい。
孤高を気取ってずっと強がっていただけのあたしにはもうさよならだな。
ばいばい――
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