第27話 ♂道に迷う少年
今日は体育祭の日だ。
中学最後の体育祭……
受験勉強に追われていた俺にとっては、久しぶりに気を紛らわせられるお祭りのような感じだ。
そして、早速100m走で俺の出番がやってくる。
「天海、頑張ってね」
麗奈はスタート地点へ向かう俺に声をかけてくれた。
「ありがとう。その応援が俺の力になる」
「うん。めっちゃ応援してるから!」
体操着の姿の麗奈が飛び跳ねながら応援してくれる。
赤いハチマキをリボンみたいにして結んでおり、お洒落で可愛い。
「最低でも四位にはなってくれよ」
「もっと期待しろや」
一樹は俺が好成績を記録できるとは思っておらず、最低限のボーダーラインを提示してくる。
「相手にサッカー部とか野球部とかいるからな。一位は無理だろ」
「いや、今の俺ならいける。何だか身体が軽いというか、風に乗れそうだ」
二人に向かって親指を立てて、スタート地点へ駆け足で向かった。
応援してくれる麗奈の期待に応えたい。
俺を舐めている一樹に一泡吹かせてやりたい。
そんな意思を胸に抱きながら、俺はスタート地点に立った。
「よーい、ドン!」
スタートの合図と共に全力でかける。
最高のスタートを切ることができ、序盤は一位に躍り出ることができた。
後は全力で走り切るだけだ――
「ふぅ~」
ゴールを終えて競技が終了した俺は二人の元に戻っていった。
「あ、天海……」
がっかりした表情で俺を迎える麗奈。
「わ、わりぃ、足つった。足つってなかったら、余裕で一位だった」
居心地が悪くなったので、足を痛めたフリをして言い訳をする。
「足つったら走れねーだろ。全力で六位中五位だったぞ」
「うるせーな一樹、はっきり言うなよ。途中で道に迷ったんだよ」
一位だったのは序盤だけであり、その後は普通に抜かされた。
「100m走で道に迷うなよ。一歩道だぞ」
相手が強過ぎだっつーの。
俺の運動神経は平均よりちょっと上ぐらいだったはずなので、運が悪過ぎだな。
俺は悪くない。悪いのはこの世界だ。
「てーか身体が軽いとか言ってなかったか? 風に乗れそうとか言ってなかったか?」
笑いを堪えながら煽ってくる一樹。
「どうやら向かい風に乗っちまったみたいだ」
「上手いこと言ってねーで、クラスのみんなに謝ろうな」
俺は四組が固まっているゾーンに向けて頭を下げる。
本当に情けないな俺は……
しゃしゃり出ずに、隅っこで座っているべきだったぜ。
「天海の頑張ってるとこ、カッコよかったよ」
挑戦したことを後悔していたが、麗奈の言葉を聞いて何もせずにじっとしているよりかは良かったはずだと思わせてくれる。
女の子からの純粋な労いの言葉は、それだけパワーがある。
できれば、もっと良い所を見せたかったけどな。
麗奈は俺と同じ100m走で一位になった。
運動神経は良いと聞いていたが、実力は本物だった。
「やったー! 一位だったよ」
嬉しそうに俺の元に走ってくる麗奈。
大きな胸がめっちゃ揺れている。
あんな大きな胸があっても速いからな。
小さめのメロンを二つ持って走っているようなものだ。
あっ、なんか無性にメロン食べたくなってきたな……
「頑張ったな。凄いぞ」
勉強と同様に麗奈を褒めると、さらに笑顔で楽しそうな表情になった。
「地葉さん、凄いね」
「ありがとう地葉さん、これでクラス順位も上がったよ」
いつの間にか周囲の女子生徒からも褒められている麗奈。
最初の頃は周囲を寄せ付けない恐い存在だったが、真面目に学校生活を送り始めた麗奈は自然と声をかけられる存在になっていた。
「天海君はもっと頑張ってね」
「へい」
委員長に呆れた声で話しかけられる。
俺だって頑張っとるわ!
「相変わらず凄いな七渡は……」
クラスメイト達の様子を見て、感慨深い声を発している一樹。
「何がだ?」
「問題児だった地葉が、今では真面目になってクラスに溶け込んでいる。勉強もできるようになってるしな。相変わらず校則とかは無視しまくってるけど、あそこまで人を変えられるのは凄いことだよ」
「麗奈が頑張ってるだけだろ」
「周りの支えがないと人は簡単に頑張れないぞ……七渡は先生とかに向いているんじゃないか」
俺を褒めた一樹は、自分が出場する競技場所へと向かっていった。
そして、一樹はスウェーデンリレーの競技に挑み、アンカーで四位から一位になっていた。
クラスメイト達に歓喜の渦が巻き起こり、誰もが一樹を讃えていた。
どう考えても、一樹の方が凄いのだが――
最終種目の目玉競技であるクラス対抗リレーが始まった。
麗奈は今日の活躍で、怪我をしてしまい抜けてしまった駒崎さんの代わりにアンカーを任せられることになった。
委員長からバトンを受け取った俺は、五位から四位へ順位を一つ上げて麗奈にバトンを渡した。
麗奈は誰よりも早い走りで四位から二位まで順位を上げたのだが、最後に転んでしまい一樹にバトンを渡す頃には五位に転落してしまっていた。
一樹が麗奈のミスを取り返すかのように全力で走ったのだが、最終的には三位に終わってしまった。
最終的なクラス順位は二位となり、最後の麗奈のミスが無ければ優勝していた形になってしまった。
「うぅ……」
「麗奈はよく頑張ったよ。最後のは仕方ない」
俺は足を痛めた麗奈をおんぶしてみんなの元に戻る。
「止まって。きっとみんなあたしのことボロカス言うから」
「言うわけないだろ」
「お前のせいだとか、くたばれだとか言うよどうせ」
「もしそんなこと言ってくる奴がいたら、俺が退学覚悟でぶっ飛ばしてやるよ」
「天海……」
おんぶしていた麗奈が力強く抱きしめてくる。
今は傷心している麗奈が心配で、密着していても恥ずかしさとかは湧いてこない。
「お疲れ、みんなも待ってるぞ」
一樹は麗奈に声をかける。
「地葉さんお疲れ! 地葉さんのおかげでみんなも夢を見れたよ」
「ありがとう地葉さん、おかげで四組が二位になれた。地葉さんがいなかったら、たぶんもっと総合順位下だったし」
「地葉さん最後まで全力で、カッコよかったよ」
待っていたクラスメイト達から声をかけられる麗奈。
たとえクラスに馴染んでいない生徒でも、全力を出して貢献すれば誰だって褒めてくれるだろう。
もちろん、誰しもが麗奈を認めているわけではないが、このような状況で文句を言ってくるような悪い奴もいない。
麗奈は恥ずかしかったのか、俺の背中へ隠れるように顔を埋めてきた。
「悔しいな~」
「なら、来年は高校で一位を目指そうぜ」
「うん。その時はまたみんなも一緒だといいな」
俺も負けず嫌いなので、この結果には悔しさを感じる。
来年こそは道に迷わずに100m走を走りきって一位を取ってやる――
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