第26話 ♀ブチギレるギャル


「な、な……なっ、ななっ、な……なな、なっ」


 むりぃ~!!

 七渡って口に出せないよぉ!!


 昨日は天海に名前で呼び合おうと提案されちゃった。

 それでね、それでね、天海が麗奈って呼んでくれたの。


 んわ~! 思い出すだけで嬉し過ぎて死んじゃう!

 幸せ中毒で死んじゃうよ! 


「なっ、なな、なっとう、な、となな……ななな、なっ、なぁあああ!」


 言えない!

 天海のこと名前で呼びたいのに言えない!


 ずっと名前で呼びたくて、ずっと名前で呼ばれたくて、でもそんなこと恥ずかしくて口に出せなくて……


 廣瀬がいつまで苗字で呼び合っているんだと拝みたくなるようなナイスな発言をして、ようやくチャンスを得ることができた。

 なのに、どうしてあたしは天海のこと名前で呼んであげられないの!?


 しかも、あたしはこれからも天海って呼ぶからって言ったら、天海はめっちゃ寂しそうな顔をしてた。


 大好きな天海にあんな顔をさせちゃうなんて大罪だぞあたし!

 罰として今日の晩御飯抜き!



「くそぅ……」


 天海のことが大好き過ぎて名前で呼べない。

 好き過ぎて恥ずかしい気持ちが溢れてしまう。


 どーしたもんかねこれは……


 あたしってばもう高校生になるってのに、こんな子供みたいなことで悩んでていいの?


 普通なら、キスができないとかエッチの時とかどうしようとか悩む年頃よね?

 たかが名前で呼ぶだけなのにこんなことになるなんて……


 ちょっと前まではクラスメイトのことなんかガキじゃんと馬鹿にしてたくせに、自分も全然大人になれてなかった。

 どーもすいませんでした。


 情けないけど、あたしって初々しいなとプラスに考えよう――



     ▲



 学校に着き、そーっと教室へ入る。


 まだ天海の姿は見当たらない。

 正直、ホッとした。


「麗奈、おはよう」

「ひゃん!」


 背後から声をかけられ、思わずアホらしい高い声が出ちゃった。


「ごめん、驚かせちゃったか」

「あたしが油断してた。天海は悪くない。おはよう」


 早速、あたしのことを名前で呼んでくれる天海。

 これから毎日、天海から名前で呼ばれると考えると嬉し過ぎて身体が震えちゃう。


 でも、天海があたしと違って恥ずかしそうにせず、緊張もしていないのが少し気になるな。

 異性を名前で呼ぶことに慣れているのだろうか……


 それとも、あたしのこと友達の一人と割り切っていて、異性として見られていないとか?


「天海って、あたしのことどう思ってるの?」

「えっ……俺の中ではもう親友だけどな」


 なんなのそれ……

 嬉し過ぎるでしょ。


 好きって言われるより嬉しかったかも。

 好きな人は簡単に作れるかもしれないけど、親友は簡単には作れないもん。


 それに、異性で親友の先には、もう恋人という道しか残されていないじゃんかよ!

 顔がとろっとにやけちゃうじゃん!


「友達と親友って何が違うの?」

「何よりも大切ってことじゃないか?」


 天海の言葉はあたしの想いをより強くさせる。

 既に超超超好きだったのに、超超超超超好きになった。


 もうこれ以上好きになることはないだろうなと思っても、まだまだ好きになってしまう。

 それが天海クオリティー。


 天海と時間を重ねれば重ねるほどあたしの想いは募っていく。

 来年には好きになり過ぎて無理やり襲っちゃうかもしんない。


 今は恥ずかしさがあたしを抑制してくれるけど、恥じらいが無くなっちゃったらあたしはもう止まらなくなっちゃうぞ。


「……あたしも天海のこと親友だと思ってるから」

「それが聞けて安心したよ。まさか苦手だったギャルの麗奈と親友になるなんて、出会った頃には思いもしなかったな。改めて世の中って何が起こるかわかんないなって身をもって感じたよ」

「そーだね……」


 天海と出会えなかった今の自分を想像したらちょっと怖くなってしまった。

 天海に出会えなかったら、きっとあたしは馬鹿で自暴自棄の腐った女になっていたかも……


「麗奈? どうした?」


 いつの間にかあたしは天海の腕を力強く抱きしめていた。


「ご、ごめん、何か嫌なこと想像しちゃって」


 我に返ったあたしは、慌てて天海の元から離れた。


 何やってんだろあたし……

 天海が傍にいない自分を想像しただけで、こんなに不安になっちゃうなんて。


「俺はどっかに行ったりしないから、大丈夫だぞ」


 挙動不審なあたしを見て、温かい笑顔で優しい言葉をかけてくれる天海。

 こんなやつ、好きにならない方がおかしいでしょ――



     ▲



 午後の授業は家庭科の調理実習が行われた。


 正直、こういうグループで行う授業は好きじゃないし、二年生までのあたしだったら絶対にサボっていた。


 でも今はサボって内申点を下げられたくないので真面目に取り組むしかない。


「私けっこう料理とか好きなんだよね。家でも料理当番任されたりするし」

「唯ちゃん女子力高くね~」


 同じグループの女子の会話が聞こえてくる。

 居心地の悪い時間にちょっとストレスが溜まっちゃうけど、考え方を変えて将来的に天海に美味しいご飯を食べさせてあげるための修行だとプラスに考えよう。


「この前もホットケーキを自分で作ったんだよ」

「唯ちゃん半端ないって、女子力の極みじゃんか。そんなんできひんやん普通」


 あたしもお菓子とか作れるようになれば天海に喜んでもらえるかな……


「はっくちん!」

「唯ちゃんのくしゃみ可愛過ぎ〜まじ乙女なんだけど」


 唯とかいう女子の咳を見た男子が可愛いと盛り上がっている。

 あんなの絶対に狙って可愛く見せてんじゃん、何か腹立つな……


「まずは食器洗おっか」

「唯ちゃんに任せなさい」

「あっ」


 唯とかいう女子が水を出すために蛇口をひねったが、水を勢いよく出し過ぎて周囲に水滴が吹き飛んだ。


「ふえぇ~濡れちゃったよぉ~」

「あはは、唯ちゃんまじドジっ子じゃん」


 周囲の男子はあの女のミスを攻めずにドジっ子だからと怒らず笑っている。


 あたしの家宝であるセーターに水がちょっとかかったんですけど!

 ふえぇ~じゃねーよ!

 ぶっ飛ばすぞコラ!


「あっ、あわわ砂糖と塩を間違えて入れちゃったよ~」

「まじかよ! それはヤバくね?」

「ほら、あたし天然だから~」


 謝ることなく天然だからと開き直っているクソ女。

 周りの男子も笑いながら、天然だからしょうがないかとか許している。


 まじでイライラする。

 天然とかアホなこととか鈍くさいことをかわいい言い訳にしているだけじゃんか。


「とりあえず、みんな分の味噌汁を入れていくよ~」


 今まで出会った人間の中で一番ムカつく女は、味噌汁を器へ注ぐ時に勢いが強過ぎてあたしの方へ跳ねさせやがった。


「あつっ」


 跳ねた味噌汁はあたしの手の甲にかかり、その熱さに思わず声が出た。


「ふぇっ! 地葉さんごめんね、あたしほんとドジでさ~」


 怒りでどうにかなりそうになったが、天海の顔を思い出して冷静さを取り戻す。


 去年までのあたしだったらこの最低な女を怒鳴りつけていたかもしれないけど、今はもうあたしには大切な人がいる。


「あたしは一生許さねーから。もしこのセーターについて染みになってたら、あんたの命は無かったよ」

「ひぃ」


 睨みつけると天然バカ女は青ざめた顔になっていた。

 最後にがつんと言ってやって多少スッキリはしたが、天然な女に嫌なトラウマを植え付けられちゃったな。


 もう天然女とは二度と出会いたくないものだ――

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