第28話 ♀心配性のギャル
学校へ着いた。
天海が教室に来るのを心待ちにしていたんだけど、先生が来ても天海が姿を見せることはなかった。
こんなことは初めてだ。
今まで天海が学校を休んだことなんて一度もなかったのに……
「天海君は休みとの連絡がありました」
出欠確認をしている先生が天海の休みを知らせてくれる。
何かあったのかな……
あたしは不安で胸がいっぱいになった。
「ちょっと廣瀬」
休み時間になり、急いで廣瀬の元に向かった。
「どうした?」
「天海のやつ、どーしたの?」
「ただの休みだろ。そこまで心配することじゃないかと」
廣瀬はあたしの表情を見て心配していることを察したようだ。
「何か言ってた?」
「あのな……俺は七渡の恋人じゃないんだ。何でも知ってるわけでもない。現状はむしろ地葉の方が詳しいだろ」
昨日の天海を思い出すが、少し元気無さそうにしていた印象だ。
やっぱり、体調を崩しちゃったのかな……
「そんなに心配なら連絡したらどうだ? スマホ持ってきてんだろ?」
「う、うん……」
廣瀬の言う通り、あたしは天海に大丈夫? とメッセージを送った――
▲
「ちょっと天海から何の連絡もないんだけど!」
昼休みになっても天海から連絡が返ってこない。
もしかしたら家で身動きができないほど苦しんでいるのかもしれない。
「知らねーよ。七渡も人間なんだから一日くらい休むだろ」
「どーしよ!? ヤバい!」
天海がいないと心が落ち着かない。
今日はまるでスマホを家に忘れた時みたいにずっとそわそわしてた。
「何もヤバくねーよ。登校中に事故って休みとかなら俺も焦るが」
「あたしにとって天海は何よりも大切なの。何よりも大切な人がいなかったら焦る気持ちもわかるでしょ?」
「好きな気持ちが溢れ出てるぞ」
「はっ!?」
廣瀬から指摘を受けて、あたしは慌てて手で口を塞ぐ。
「べ、別に天海のことちょっとしか好きじゃないから……」
「いや、もう明らか好きだろ。好きな気持ちがドバドバ溢れちゃってるから」
も~天海が心配かけさせるから廣瀬にあたしの気持ちが明確にバレちゃったじゃんか!
「前も言ったけど、絶対に天海に変なこと言わないでよ!」
「俺から言うつもりはないけど、やっぱり頑なに隠してるのか?」
「当たり前じゃん。だって今はお互い勉強に集中しなきゃいけないし……」
「地葉にしては賢い判断だな。まぁ何かあれば俺にできることは協力するぞ」
「協力なんていらないから。あたしは自分のペースでゆっくりと天海と距離を詰めていくの」
廣瀬の協力なんていらない。
そんな焦って付き合いたいわけじゃないし。
あたしは付き合いたいというよりかは、とにかく天海とずっと一緒にいたいのだ。
無理に距離は詰める必要は無い。
少しずつ深い関係になっていけばいい。
「そーかい。まっ、七渡も口ではもう誰とも付き合う気はないとか言ってるし、変に玉砕して気まずい関係にはなるなよ」
「えっ、そんなこと言ってたの!?」
前に天海は似たようなことを口走ってたけど、まさか本気だったとは……
でも大丈夫。
受験が終わってあたしが積極的にアプローチすれば、すぐにあたしのこと好きになって付き合いたくなるはずだ。あたし可愛いし。
「どうせ口だけだろうけどさ。人の考えなんてコロっと変わるし。あいつ、意外とモテたりするから、時すでに遅しみたいなことにならないように気をつけろよ」
「余計なお世話だし」
別に他の女が寄ってこようが、あたしが負けるわけない。
正直、自分にはけっこう自信あるし、こっちは本気の本気だから――
「決めた! あたし放課後に天海の家行く」
「お見舞いってやつか」
「あんた天海の家知ってるでしょ? 教えてよ」
「協力は必要無いんじゃないのか?」
「あ?」
廣瀬の小言を聞いてあたしは睨む。
「勝手に人の家を教えるのはな……」
「一生のお願い! 天海に会えないと勉強もやる気でないの!」
「へいへい」
呆れた廣瀬から天海の住所を教えてもらった。
天海の家か……
高校生になったらたくさん行くことになっちゃうかも。
それでさー天海のベットでさーなんかさー良い雰囲気になっちゃってさー
最初は緊張しちゃってちょっと手を振り払っちゃうんだけどさー
結局のところ全部受け入れちゃうよね。
天海にいっぱい我儘言わせてあげたい。
何でもしてほしいことを言ってってさ。
「おいおい大丈夫か? 急に真っ赤な顔して自分の身体を抱きしめ始めてさ」
「だ、大丈夫……」
妄想に溺れて身体が熱くなっていた。
今はまだ学校だし、続きは寝る前に妄想しよう。
▲
放課後になり、図書室での勉強は中止して天海の家へ向かった。
天海の家は一軒家ではなく、小さなアパートだった。
意外と質素な暮らしをしていることすら今まで知らなかったな。
まだまだ天海の知らないことはたくさんある。
もっと深くまで知りたい。
プライベートのこととか、天海の考え方とか、身体のこととか。
犬を飼っていると前に言っていたので、ペット可のアパートなのだろう。
ちょっと犬も見てみたいかも……
あたしはインターホンを押すと、はーいという若い女性の返事がインターホン越しから聞こえた。
は? 誰よ!
何で天海の家に女がいるの?
ふざけんなし! 何なのよそれ!
「誰よあんた!」
『えっと、天海ですけど……』
あれ?
天海には姉妹なんていないはず……
あああああ!
まさかお母さん!? 天海の母上!?
天海のお母様に誰よあんたとか言っちゃった!
ちょっと冷静になればわかることじゃんかあたしのバカバカバカ!
「あ、あの……天海さんはいますか?」
『だから私ですけど』
そっか、天海の下の名前で呼ばないといけないんだ。
って! あたしは七渡って言えないじゃん! なんてこった!?
「えーっと、その~天海君はいますか?」
『……ちょっと何か怪しいですね。見た目からして女子高生みたいですし』
インターホンのカメラであたしの姿はチェックされているみたいだ。
「天海君のクラスメイトです。芝坂中の中学生です」
『そんな校則を全無視したギャルのような中学生はいません。やっぱり怪しいです、息子に何の用があるんですか?』
セーターを着ていることもあって制服も無い。
これじゃ信じてもらえないわけだ。
「お、お見舞いに来ました……」
『何故、女子高生ギャルが中学生の息子へお見舞いに来るのですか? 息子には彼女もいないと聞いています。怪し過ぎて玄関を開けることはできません』
「あたしは地葉麗奈です。天海君の友達です」
『友達なら、息子の下の名前や知っていることを話してください』
ヤバい、完全に怪しまれちゃってる。
でも、ここまで来て帰るわけにはいかない。
「天海の下の名前は……な、なな、なぁ~」
『やっぱり知らないじゃないですか。もう帰ってください』
「待ってください! ちゃんと言います! 名前呼ぶの死ぬほど恥ずかしいんでちょっと時間ください」
まさか、こんなことになるなんて……
『意味がわかりません。もう切りますよ?』
「待って! 七渡っ、七渡です! 天海七渡です!」
言えた……
ギリギリまで追い込まれたからか、口が無理やり動いてくれた。
「七渡七渡七渡七渡七渡……」
言えたのが嬉しくて何度も呼んじゃう。
七渡七渡七渡七渡七渡……
嬉し過ぎて頭の中でも何度も繰り返しちゃってる。
「良い名前だな~七渡って。何度も呼びたくなっちゃう……はっ!」
七渡の名前が呼べて浮かれていたあたしだったが、今は七渡のお母様とインターホン越しの会話中だった。
ガチャっと音がして玄関が開いた。
そして、お母様だと思われる女性が顔を出してきた。
「信じてくれたんですか?」
「あんな顔を真っ赤にして息子の名前を呼ばれたら、流石に色々と察するわよ」
「ふぇ」
お母様の指摘を受けて慌てて顔を隠す。
恥ずかしい……
それにしても、めっちゃ若くて綺麗な人だな天海のお母さん。
ちょっとだけ七渡の面影はあるけど、そこまで似てはいない。
そういえば廣瀬が七渡のお母様のことが好きだって言ってたな。
廣瀬がただのヤバい奴なのかと思ったけど、確かに魅力的に見える綺麗な人だ。
「でも何で女子高生と?」
「あたし本当に七渡……の同級生なんです。廣瀬とも友達です」
「あら? 廣瀬君のことも知ってるってことは、本当みたいね」
完全に信用してくれたお母様は、あたしを家に迎え入れてくれた。
「ワンワン!」
玄関で靴を脱いでいると、ポメラニアンの犬があたしを見て震えながら吠えているのが見えた。
なんかちょっと七渡に似ている。
まるでギャルに怯えていた頃の七渡みたいだ。
「七渡は大丈夫ですか? 連絡しても返事が無くて」
「熱を出して寝ているわ。病院に行くほど酷くはなさそうだけど」
「そうですか……なら、安心しました」
七渡の無事を確認して一安心だ。
しかも七渡の家に入れて、めっちゃ胸が熱くなる。
七渡の匂いがするし、七渡の生活品をたくさん見ることができる。
全部視界に入れて頭の中に記憶しておこう。
「何かプリントとか持ってきてくれたの?」
「い、いえ……ただ心配だっただけです」
「ふ~ん」
お母様にじっとした目で見られてしまう。
ちょっと気まずいな……
「改めまして、地葉麗奈って言います。七渡にはいつもお世話になってて」
「母の清美です」
お見舞いに来たとはいえ、七渡のお母様にも挨拶できてしまった。
将来的には挨拶することになるだろうとは思っていたけど……
あ~何か菓子折りとか持ってくるべきだった!
「最近、七渡がテレビで苦手なギャルが出てきてもチャンネル変えなくなったから不思議に思っていたけど、麗奈ちゃんを見て納得したわ」
「えっ……」
「麗奈ちゃんと仲良くなったから、きっとギャルも平気になったのね。ちょっと将来的に心配してたから、治してくれてありがとね」
お母様から感謝してもらっちゃった!
これは最初から好印象で、気に入られちゃうパターンだ!
「こっちが七渡の部屋よ。起きてるかしら……」
お母様が七渡の部屋を開ける。
そこにはベッドでスヤスヤと寝ている七渡の姿があった。
「寝てる……可愛い」
「せっかくお見舞いに来てくれたのだし、起こしてもいいんじゃない?」
「いや、きっと七渡はここ最近の勉強でめっちゃ疲れてたと思うんで、起こさずに休ませてあげたいです」
「わかったわ」
七渡の部屋を見に焼き付けてからあたしは廊下に出た。
「そろそろ帰りますね。七渡にお大事にと伝えといてください」
「ええ。今日はお見舞いに来てくれてありがとね」
「いえ、こちらこそ家に入れてもらってありがとうございます」
お母様と挨拶を交わして、逃げるように七渡の家から出た。
ちょっと緊張し過ぎて、心が持たなかった。
七渡の家ってこともあるし、大事なお母様とも一緒だったので、刺激が強過ぎて頭が痛くなってしまった。
でも、お見舞いに行って良かったな。
やっと七渡って呼べるようになったし。
しかもそのきっかけが七渡のお母様なんて……
こんなん絶対に運命じゃんかよ~
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます