第32話 ♀真っ赤なギャル
今日は七渡とショッピングモールでお買い物。
ただ受験に向けての教材を買いに行くだけだが、あたしはデート気分だ。
待ち合わせ場所の公園で待っていると、七渡が現れた。
しかし、一人ではなかったようだ……
「ワンワン!」
何もしていないのに、あたしに向かって震えながら吠えている犬。
前回会った時もあたしを見て震えながら吠えていた。
「ごめん、ちょっとショッピングモール近くにあるペットショップでトリミングしてきてって母親に頼まれちゃって」
「そうなんだ。別に大丈夫だよ」
犬と三人で出歩くなんて、なんか本当にカップルみたいじゃん。
いやカップルというよりも夫婦?
幸せな気分……わんわん。
「七渡の犬、なんて名前なの?」
「ハムって名前。オスだよ」
「ハムちゃんね。おいでおいで~」
あたしはしゃがんでハムを手招くが、七渡の背後に隠れてしまう。
「なんでよ!」
「きっと麗奈がギャルだからビビってんだよ」
「何よそれ、出会った頃の七渡じゃないんだから……」
愛でたいのに懐いてくれないなんて、ちょっとショックだ。
「ほら、犬って飼い主に似るって言うじゃん。それに、俺がハムと一緒に散歩してる時とかに派手な女性を避けまくってたから、それも関係してるかも」
「なら、ハムちゃんも七渡みたいにあたしに懐いてくれるってこと?」
「そうだな。って、別に俺は麗奈に懐いたわけじゃないぞ」
珍しく顔を赤くしている七渡。
何その反応、超可愛いんだけど。
七渡はハムを抱っこして、あたしに近づいてくる。
七渡に抱かれているハムは安心しきっているのか、あたしに近づいても吠えたりはしない。いいこいいこ。
「七渡が犬を飼いたいって言ったの?」
「違うよ。父親と離婚して一緒に東京に来た母親が、私と似て寂しそうだったからとか言って、保護された犬を飼うことにしたんだよ」
「ふーん」
あたしも父親はいなくなっちゃったから、お母様の気持ちはちょっとわかるかも。
「抱っこしてみるか?」
「えっ、でも嫌がるんじゃない?」
「優しくしてあげれば、すぐに懐くよ」
あたしはお言葉に甘えて七渡が抱いているハムを受け取って抱きしめた。
震えながら少し吠えられたが、痛くないように優しく胸に乗せて抱きしめてあげるとすっかり大人しくなった。
「大丈夫だった」
「むしろ嬉しそうだな」
七渡の言う通り、ハムは嬉しそうにあたしの胸元に顔をすりすりしている。
あんまり犬とか動物とかとは触れ合うことってなかったけど、実際に抱くと超可愛すぎてヤバいんだけど。
「やっぱり犬は飼い主に似るな。ハムもきっと大きな胸が好きなんだよ」
「……えっ、七渡って大きな胸が好きなの?」
あたしは七渡に単刀直入に聞いたが、七渡は信じられないくらい顔を真っ赤にした。
「ち、ちがっ、そういう意味じゃなくて」
めっちゃ焦っている七渡。
ハムと同じくらい超可愛い。
でも良かった……
あたし、胸の大きさには自信あるし、七渡にも魅力的って思わてれんじゃんか。
「ふふっ、七渡も男の子だね」
「そりゃあな。みんなそうだから引いたりすんなよ」
観念したのか、諦めて開き直る七渡。
七渡にバレないようにシャツを引っ張ってちょっと胸元を開けておいた。
「七渡のこと引いたりしないよ。廣瀬だったら引いてたかもしんないけどね」
「何で俺だけ別枠なんだよ」
「何でって、そんなん特別だからに決まってんじゃん」
「特別?」
やばっ、うっかり七渡のこと特別って言っちゃった。
それって好きってことにもなっちゃうじゃんか!
きっとあたしもさっきの七渡みたいに顔を真っ赤にしていることだろう。
うぅ……恥ずかしいよ。
「あ、あれね、七渡は親友だからってこと」
「そういうことか。男として見られてないんじゃないかと思って焦ったよ」
めっちゃ見てるっつーの!
この地球で一番男として見てるっつーの!
「これ、ウェットティッシュ」
あたしはハムを降ろすと、七渡がウェットティッシュを渡してきた。
なんて気が利く男なの……
結婚したら絶対に幸せにしてくれそう。
その後はペットショップに行って七渡はハムを預けて、ショッピングモールへと向かった。
▲
七渡と一緒に本屋へ入った。
七渡が塾の先生に聞いた受験に役立つ本を教えてもらい、何冊か手に取る。
それにしても、何で本屋って入るとお腹痛くなるんだろう……
紙の匂いが原因って聞いたことあるけど、まじで謎の現象なんだよな。
でも、今七渡にお手洗い行ってくるって言っちゃうと、色々と察せられちゃいそうで恥ずかしいな。
せめて本屋出るまで耐えて、自然にお手洗いへ行ってくると言いたい。
「麗奈って漫画読んだりするの?」
「サボってた時代はスマホの無料漫画とか読んでたけど、そんなにかな……」
「そうなんだ」
勉強関連の本を探し終えても本屋から出る様子のない七渡。
なんとかして早く本屋から出るように促さないと……
あたしは自然とレジの方向へ歩く。
このまま会計を済ましたい。早く早く。
「麗奈ってどんな雑誌読んだりするの?」
「えーっとね」
雑誌コーナーで七渡に呼び止められてしまった。
ぐぬぬ……
まじで早くお手洗いに向かいたいが、七渡を無視したり焦っている表情を見せて察せられることは避けなければならない。
「この辺のかな。ポッポティーンとかたまに読むけど、最近はリンスタとかでモデルのファッション見たりできるから、買う機会は減ったけどね」
あたしが教えた雑誌を興味津々に読む七渡。
ギャル特集のページに何故か夢中になっている。
「ふー」
あたしは深呼吸して、心を整える。
お腹は限界に近い。
七渡には申し訳ないけど、ここはもう強制終了だ。
「はいお終い。もうレジ行こ」
あたしは七渡が読んでいる雑誌を閉じて、会計へと向かう。
ごめんね七渡……
まるで子供が楽しんでいるおもちゃをとりあげるような感覚に陥ってしまった。
会計を済まして、店の外に出た。
どうにかあたしは耐えることができた。
「ごめん、ちょっとお手洗い行ってくるね」
「わかった。そこのベンチで座って待ってるよ」
七渡が後ろ向いた瞬間に駆け足でお手洗いへと向かう。
我慢したからちょっと汗かいちゃったし。
「お待た〜」
あたかも何もなかった感じで七渡の元に戻った。
「本屋って何かお腹痛くなるよな」
「えっ」
まさか七渡に察せられてる!?
何で……あんなに頑張って耐えたのに。
「あれ違った? やけにスッキリとした表情で戻ってきたから、お腹痛かったのかなと思って」
「ち、違うし、化粧を直してきただけだし!」
しまったぁああ!
開放感を抑えきれていなかった……
もぅ~ばかばか!
七渡にそういうとこ見られたくないのに!
「もう知らない」
でも七渡ってば、ほんとデリカシーがない。
そんなことは察しても女性には黙っているべきだと思う。
あたしじゃなかったら嫌われてるっつーの。
でもあたしはずっと大好き。
七渡になら何されても大好き。
「ごめんごめん」
七渡にそっぽ向けてしまったため、七渡は後ろめたそうに謝ってくる。
「ちょっとデリカシーなかったな。つい男友達感覚で話しちゃって」
「ちょっとどころじゃないんだけど」
許してあげたいのに、何故か素直になれない。
「なんかカフェで飲み物奢ってあげるからさ」
「もう……仕方ないな」
早く話題を変えたかったからオッケーしちゃったけど、これじゃあ七渡に嫌われちゃう。ダメダメ。
飲み物奢らせるなんて、勉強教えてもらってる七渡にしていいことではない。
七渡と一緒にカフェへ入った。
七渡にカフェオレを奢ってもらうことになったけど、あたしは七渡のフラペチーノの奢ることにした。
「せっかく俺が奢ったのに、麗奈が俺の分買ったら意味無いだろ」
「いいの。七渡に奢ってもらったのは嬉しいし、七渡には感謝の気持ちとして奢るのも気持ちいいから。あたしにとってはこれがベスト」
「じゃあお言葉に甘えて」
「うん。七渡はもっとあたしに甘えていいんだよ」
その後は七渡と少し世間話をして帰宅した。
勉強の息抜きになったし、七渡との思い出がまた増えていった。
高校生になったらこんな幸せな時間をいっぱい味わえるのかな……
放課後は毎日遊んで、ショッピングも頻繁に行って、互いの家に行ったり来たりしてさ。
そんな未来、想像するだけでめっちゃ幸せじゃんか。
あぁ、早く高校生になりたいな――
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