第31話 ♂狼少年
十一月になり、冬の寒さが訪れる。
先日、模試が行われ、結果が手元に送られてきた。
「七渡、あたし駒馬高校B判定だったよ。大丈夫かな?」
自慢げに結果を見せてきた麗奈。
偏差値61と書かれており、四月には自称偏差値40だったやつと同じ人間とは思えない結果だ。
まさかここまで成績が伸びるとは……
麗奈は元々勉強ができないお馬鹿ギャルではなくて、単純にサボりギャルだったということが証明されてしまったな。
「あっぱれだよ。誰よりも麗奈が頑張っていたことは、俺が一番知ってる。結果が出て良かったな」
「勉強できたのも頑張れたのも結果が出たのも全部七渡のおかげだよ」
調子に乗らず謙虚な姿勢を見せる麗奈。
「七渡は?」
「俺もB判定だったよ。あんま手応え無かったけど、とりあえず安心した」
偏差値は64であり、まだ麗奈よりも上の偏差値を記録しているが受験時までに抜かれそうな勢いだ。
「まだ安心するなよ。気を抜いたらライバルに越される」
「わかってるよ。可能性が見えた程度だし」
麗奈と話していると、一樹が俺達の元に歩いてきた。
「お前ら、頑張りが足りねーよ」
俺達にA判定の結果を見せてきた一樹。
合格は安泰といったところだろう。
「相変わらず頭良いな。俺の方が勉強しているはずなのに……」
「勉強は量じゃねーからな。質なんだよ」
一樹の言葉には何も言い返せない。
実際、結果がそれを示しているのだから……
だが、質が悪い俺でも、開き直ってその分勉強すればいい。
そしたら、いつか一樹にもテストの点数で勝てるかもしれない――
「天海、結果どうだった?」
クラスメイトの中原に声をかけられた。
卓球部の知り合いであり、クラス内ではけっこう話したりする相手だ。
俺は自分の結果を見せ、中原の結果も見せてもらった。
「うわっ、C判定じゃん。ヤバくね?」
「もう諦めて池袋の私立高校に通うことにしたよ」
この時期になると受験を諦める生徒も出てくる。
俺はそこまで裕福な家庭ではないので、母親に負担をかけないためにも絶対に都立高校に通いたいからな……
「そういえば模試の時、前の席が天海の元カノだったよ」
「あっ、須々木か。その話はもうNGな」
俺と須々木の話は、仲が良かっただけに知っている生徒も多い。
みんなどんなことがあったかまでは知らないので、平気で須々木の話をする人もいる。
「……七渡、どういうこと?」
麗奈が真っ青な顔で俺に説明を求めてくる。
一樹は慌てて中原を自然と俺から距離を離してくれた。
「前に言わなかったっけ? 昔は俺と一樹は仲良し四人組だったって」
「それは知ってる。でも元カノってどういうこと?」
「元カノって言っても、三日だけ付き合ってすぐ別れたんだよ」
「そんなの聞いてない!」
何故か不自然に怒っている麗奈。
聞いてないと言われても聞かれてないとしか答えられない。
「ご、ごめん。あんまり話したくない話題だったから」
「今でも好きなの?」
「……いや、そんなことないけど。もう一年間くらい話してないし」
麗奈に須々木の話題を出されるのは少し胸が痛い。
今の麗奈の立場は少し須々木に似ているからな……
「何か相手に酷いことしたの?」
「いや、三日目にごめんやっぱり付き合うってどういうことかわかんない。とか言われて振られたんだぞ」
思い出すだけで虚しくなる思い出。
向こうも告白した時は俺のこと大好きと言ってくれたのにな。
「……そうなんだ」
「俺が酷いことして振られたと思ってるのか?」
「い、いや、そういうわけじゃないんだけど……」
何かはっきりとしない様子の麗奈。
変な憶測をしていなければいいのだが……
「他に元カノとかいない?」
「いないよ。別に俺はそんなにモテる男でもないし」
「……あっそ」
許嫁だった幼馴染みの翼がいたが、小学生の頃の話はノーカウントで大丈夫だろう。
恋人というよりかは、ただの遊び仲間だったしな……
それにしても、まるで出会った頃のような冷たい態度を見せる麗奈。
その姿を見て、少し恐いなと感じてしまった。
元々、ギャルは苦手だったからな……
「怒ってるのか?」
「怒ってないし」
怒った口調で怒ってないと口にする麗奈。
そのまま俺達の元から離れていってしまった。
「怒ってるよな?」
俺は何も言わずに状況を黙って見ていた一樹に問いかける。
「そりゃ怒るだろ」
「何でさ」
「例えばだな……地葉がお前の嫌いだったバスケ部の黄瀬先輩と付き合ってたとか急に言い出したら嫌だろ?」
「まじ無理、激おこだろそんなの」
「そう、つまりそういうことだ」
世の中にはどうしても許容できないことがある。
今の一樹の例えでも、麗奈は何も悪くないが俺は麗奈に怒ってしまうことだろう。
きっと麗奈にとっても俺が須々木と付き合っていたことが許容できなかったんだ。
「どーすればいい?」
「知るかボケ。紐無しバンジージャンプでもしてろ」
「死んで詫びろってか!?」
「冗談だ。変に頭下げても土下座とかしても逆効果だろ。時間が経つのを待つしかないんじゃないか?」
時間が全てを解決するか……
俺はそんなことがあるとは思わない。
一度壊れたものは、時間が経っても直りはしない。
修復できるのはひび割れ程度の傷だ。
壊れたものは元に戻らない。
「いや、俺は早くなんとかしたい。もう親友と疎遠になるのは嫌だからな」
「じゃあ、余計なことを言わずに傍にいてあげればいいんじゃないのか?」
「……たったそれだけ?」
「俺は清美さんが傍にいてくれるだけで嬉しいけどな」
「人の母親を例えに出すなや」
一樹の言葉を聞いて、俺は麗奈の元に向かった。
「麗奈、悪かったな。色々と説明不足で」
六月まで昼休みで利用していた屋上入り口前のスペース。
そこに麗奈は寂しそうに立っていた。
ここにいるかなと予想はしていたが、本当にいたとはな……
「あたし、七渡のこと知ってるようでぜんぜん知らない」
「麗奈、あんまりプライベートのこと聞いてこないしな」
「聞かないんじゃなくて聞けないの! 七渡あんまし自分から話してくれないから、聞いちゃ駄目なのかなと思って」
怒っているというよりかは悲しそうな表情を見せる麗奈。
確かに、プライベートのことはあまり話さないようにしていたのは自覚している。
聞かれたら嫌われるかもしれないとか、余計な心配ばかりしちゃって……
「何でも打ち明けて欲しいの。それが親友でしょ?」
「そうだな」
「あたしは……あたしの知らない七渡が嫌なの」
キーンコーンカーンコーン。
昼休みの終了を知らせるチャイムが鳴り始めた。
「やばっ、授業が始まる」
麗奈と一緒に教室へ戻ろうとするが、麗奈に腕を掴まれる。
「早くしないと遅刻するぞ」
「行かないで……傍にいて」
俺を見つめながら行かないでと訴える麗奈。
そんなこと言われたら動けなくなってしまう。
「でも、サボりになっちゃうぞ?」
「責任はあたしが取るから」
俺は諦めてその場に腰を下ろす。
もう授業は始まっているのでどうしようもできない。
「あーあ人生で初めてのサボりだ」
「また一緒に悪さしちゃったね」
「本当にもう……」
授業をサボってしまったことで不安や後ろめたさが湧き出るが、そんな不安を消し去るかのように麗奈は俺の腕を抱きしめてくれる。
こんな人気のない場所で隠れて授業をサボるなんて、少しスリルがある。
そんな状況で麗奈のような可愛い女の子が傍で寄り添ってくれるなんてドキドキしてしまう。
これが俺の経験したかった青春ってやつなのかもしれないな……
麗奈は悪いことを良い経験に変換できる危険な相棒だな。
でも、俺の日常に刺激を与えてくれる。
「せっかくだし、少し俺のこと話そうか」
「うんうん。七渡のこともっと知りたい」
麗奈は肩に寄り添いながら、俺の話をずっと聞いてくれた。
須々木や大塚と出会って仲良くなった経緯の話。バスケ部での出来事。家庭環境の話。
重い話もたくさんしたし、好きな色とか嫌いな食べ物とかの軽い話もした。
そんな俺の話をずっと聞いてくれた麗奈。
本当にただ、俺の話が聞きたかっただけのようだ。
でも話を一つ一つしていくと、麗奈がだんだんと俺をわかってくれるようになっている気がして良い気持ちになれた。
自分のことを理解してもらえるのはこんなにも嬉しいことなのかと、初めて麗奈に気づかされた。
前に幼馴染の許嫁もいたと打ち明けようとしたが、翼とはもう会うことはないので胸の中にしまっておいた。
流石にこれ以上、怒らせてしまうのは嫌だしな……
別の機会にお預けした方がいい。
須々木の件も踏まえてだが、女性の気持ちってのは理解するのが難しい。
でも理解できるようにならないと、また大切な人との別れに繋がってしまうかもしれない。
それは、
どんな勉強よりも難しいなと思った――
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