第30話 ♀立ち向かうギャル


 昼休みになり、あたしは化粧道具を持って女子トイレへと向かった。


 四時間目に行われた体育の授業のマラソンで汗をかいちゃって、化粧が少し崩れてしまった。


 一つの上の階の利用者が少ないお手洗いの鏡で化粧を直す。


 七渡の前で変な姿は見せたくない。

 完璧なあたしを見ていてほしい。


 鏡と睨めっこしながら、化粧を直していく。

 汗かいて匂いも気になるから、軽くデオドラントケアもしておこう。


 やるべきことが終わったあたしは、そのままトイレも済ますことに。

 お手洗いって普通はトイレを済ますとこなのに、女子は化粧直しがメインになりがちなんだよね。


「マジでムカつく……七渡のやつ」


 お手洗いに荒々しい声で話す女子が入ってくる。

 しかも、まさかの七渡というワードが出てきた。


 あたしは音を出さないように息を止めた。


「どーしたの育美いくみ?」

「三時間目の終わりに七渡と一樹とすれ違ったでしょ? あの時の顔がムカついたの」

「……まぁまぁ落ち着きなよ」


 廣瀬の名前が出てきたので、七渡のことで間違いないだろう。

 利用者が少ないトイレだから誰もいないと思って愚痴を言っているのだろうか……


「なんか最近、あのお馬鹿ギャルとつるんでるらしいよ。まじありえないね」

「らしいわね。私もどうかと思う」


 お馬鹿ギャルとはあたしのことだろうか……

 散々の言われようだな。ぐぬぬ。


「早く卒業してあんな奴らとはおさらばしたいわね。顔も見たくない」

「もう半年もないよ」

「あとちょっとの我慢ね……」


 トイレを済ましたというのに、あたしの話題を出されちゃったから外へ出れない状況になっちゃった。


「ほんとはあいつの人生をめちゃくちゃにしてやりたいところだけど」


 七渡に対する憎しみのこもった声。

 それを聞いて少し恐怖を感じた。


 あの七渡をそこまで恨むなんて、よほどのことをされたのだろうか……


 いや、あの七渡が何か悪いことをするわけがない。

 それはあたしが一番理解している。


「育美、それはちょっと……」

「だって、あいつは私を裏切ったの。誰よりも信じていたのに……そんなの、許せるわけないでしょ?」


 そういえば七渡が昔は廣瀬と仲良し四人組だったとか言ってたな。

 きっと外にいる二人組は、そいつらのことなんだろう。


「卒業するまでに七渡へ復讐するのも悪くないかもしれない……」


 女の言葉を聞いてあたしは個室から出た。


 七渡を悪く言うのは許容できない。

 あたし以外の女が七渡と呼ぶのも許容できない。


 何より許容できないのが、七渡を傷つけようという発言だ。


「七渡に何するつもりなの?」

「なっ、あなたは……」


 個室から出てきたあたしの姿を見て驚いている女。


 どんなブスかと思っていたが、かなり可愛い女子で驚いた。

 黒い綺麗なセミロングヘア、あたしよりも高い身長、キツい目つきだけど雰囲気に合っていて、魅力的に見える。


 正直、あたしにも引けを取らないほどだ。


 隣にいる小柄な女子もけっこう可愛い。

 七渡と廣瀬って、こんな可愛い二人組と仲良しグループだったのか……


「もし七渡に何かしたら、あたしがあんたを許さないから」


 これはあたしの正直な言葉。

 誰よりも大切な七渡が傷つけられるなんて許せない。


「関係無いでしょ、あなたには」

「関係ある。あたしは七渡の親友だもん」

「……親友? 何それ気持ち悪い」


 相手を睨みつけた。

 ビビるかと思ったけど、相手は一歩も引かずにあたしを睨み返している。


 こんな度胸のある同級生は初めてだ……


「キモくないから。あんたみたいな性格悪そうな女には一生できない存在だろうけどさ」

「ウザっ……あなたみたいなイキりギャル、恐くもなんともないのだけど」

「痛っ」


 あたしの腕を掴んで捻ってくる女。

 かなり力が強くて抗えない。


「悪いわね。私のこと舐めてたんだろうけど、空手を習ってたのよ」

「くっ」


 空手習ってたとか反則でしょ……

 細い身体なのに力が凄い。


「育美やめなって!」


 連れの女の言葉を聞いてあたしを開放した女。

 ヤバいと思ったあたしは慌てて離れた。


「二度と絡んでこないでもらえるかしら? 次絡んできたら本気でやるから」


 女は睨んで警告を与えてくる。

 その目は冗談ではなさそうだ。


「あんたの方こそ二度と七渡に絡んでこないでよ」


 喧嘩したら勝てないかもしれないけど、あたしは自分のことよりも七渡の方を優先してしまう。

 だから、また痛めつけられる恐怖はあるけど、口が動いてしまった。


「……何であんな奴のためにそこまでするのよ?」

「七渡はあたしにとって恩人だから。優しくて、めっちゃ良い奴なんだもん」

「そんなの、私が一番知ってたから……」


 泣きそうな声でそう話し、お手洗いから出て行った二人。


「なんなのよもう……」


 あの女の言葉には重みがあった。

 あたしが思っているよりも七渡と廣瀬と仲が良かったのかもしれない。


 でも、どうしてそこまでの関係だったのに、今では何の縁も無いのだろう……


 二人のことは気になったけど、あたしは話題に出せなかった。

 七渡にあの二人の話題を出すのが怖かったというか、何か良くない予感がした。


 七渡の傍にいれなくなるような、七渡が遠くにいっちゃうような恐怖。


 だから、この日の出来事はずっと黙っていることにした――

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