第4話 ♀決意するギャル


 新年度が始まって三日目。

 通常授業が始まり、時間割通りの学校生活がスタートした。


 あたしは変わりたい。

 そして青春というやつを味わってみたい。

 変わるのなら、クラスが入れ替わったこの時期がベスト。


 この時期を逃したら終わり。

 あたしはずっと一人で中学校生活を過ごすことになる。


 やるぞー! やるんだあたし! やればできる子!

 教室に入ったら笑顔でおはようと言おう。

 周りを突き放すのは今日でおしまいだ。


 あたしはガラガラと教室の扉を開けて中へと入る。

 扉近くに立っていた女子生徒が目に入ったので、挨拶をするため一歩近づく。


「邪魔だったね、ごめんなさい」


 目が合った女子生徒は謝りながらあたしの元から離れていった。しょぼん。

 まっ、そうだよね……

 今ままで周りを突き放していた奴が急に近づいてきたらそりゃビビるか。

 それにあたしも喉が震えて声が出なかった。

 どっちにしろダメダメだ。


 人は急に変われないし、地に落ちた評判も急には変わらない。

 みんな今まで嫌いな奴でも苦手な奴でも、愛想を振りまいて生きてきたんだ。

 こんなあたしみたいにならないためにさ……


「あっ」


 振り向くと男子生徒が教室へ入ってきた。

 名前も知らない冴えない顔をした男子だ。


「うわぁああああ!」


 青ざめた顔で悲鳴のような声を出して露骨に距離を取った男子。

 えええ!? そこまであたしのこと嫌なの? どんだけ嫌われてるのあたし!?

 やっぱり中学校生活で青春を味わうのは無理かな……

 もう諦めて高校生活に託すか。


「一樹ヤバい、さっきギャルに睨まれた! 石になっちゃう!」

「七渡よ、ギャルはメデューサじゃないぞ」


 さっきの男から会話が少し聞こえてきた。

 睨まれたとかどうとか言っている。


 今までは苦手な男子が近づかないように、常に周囲を睨んでいた。

 その癖がついてしまったのか、咄嗟に後ろの男子を見た時にあたしは睨んでしまったのだろう。

 染みついた習性というか癖は直さないとヤバそうだ。

 このままじゃ高校生活でも同じ末路を歩む羽目になっちゃうかも……



     ▲



 授業が始まった。

 正直、先生の話を聞いても何もわからないので聞く意味がない。


 あたしは先生に隠れてスマホを弄ったり、爪を爪磨きでスリスリと磨いたり、あくびをしながらダラっと過ごす。

 今までクラスメイトを相当ビビらせてきたから周りの生徒はあたしに何も言ってこない。

 先生にも面倒な生徒と思われているから見て見ぬふりをされる。


 スマホでリンスタという写真投稿がメインに行われるSNSを開く。

 昨日投稿した決め顔の自撮りにはイイネが3件しかきていなかった。

 しかも、どれも得体の知れない男のフォロワーからだ。


 芸能事務所からスカウトでもされないかなと思って始めたけど、ぜんぜん注目されないや。

 他の女と交流してシェアをし合えば、少しずつフォロワーが増えていって注目も浴びるようになるみたいだけど、あたしにはコミュ力がないからそういうのは苦手だ。

 他の女よりも可愛いと思うのに注目されないのは辛い。

 タイムラインを見るとメイク下手な女の写真に100件近くのイイネが来ているのを見て、腹が立った。くそくそっ!


 一方で、もう一つのSNSであるツキッターを開くと通知がたくさん来ていた。

 タピオカドリンクを太ももに載せて写真を撮っただけで、イイネが100件近くある。

 コメントも何件かされている。にしし。

 

こっちではある程度注目されて自己顕示欲は満たされるんだけど……大きなデメリットもある。

 DM欄にはたくさんの得体の知れない男からメッセージが来ている。

 しかも今日暇ですか? とか、もっとエッチな写真見せてとか、男の醜い欲求が集っていて心底気持ち悪い物ばかり。おえおえ。


 ツキッターでは注目はされるけど、デメリットが強過ぎる。

 注目されるのは嬉しいけど、ふと冷静になるとあたし何してんだろうと虚しくなってしまう。


 それでもあたしがSNSを続けている理由は友達がいないからだ。

 一人は寂しいから知らない誰かとでも繋がっていたい。

 誰でもいいから自分を褒めてもらいたい。

 友達ができれば、こんなくだらないことしないで済むのかな――



     ▲



 放課後になり、駅前にあるコーヒーチェーン店に入った。

 新作のカフェラテを注文し、席に座ってスマホを弄る。


 右隣の席には青間あおかん高校のギャルのような派手な女子生徒が三人座っている。

 青間高校は前に先生からあたしが進学できそうな高校だと教えてもらった底辺校である。

 制服は可愛いので記憶に残っていた。


 左隣には進学校である駒馬こまば高校の男女四人の生徒が座っている。

 あたしの両親は駒馬高校の生徒だったらしい。そこで両親は出会ったと聞いていたので、あたしが知っている数少ない高校の一つだ。

 もちろん、あたしには手の届かない高校である。


「あー進路希望調査票とか書くのだる。やりたいこととかないし」

「だよね。ウチはとりあえず介護か保育かな」

「あーしはキャバ嬢。クラブで出会った人に良い店紹介してもらっててさ」


 青間高校の生徒達がため息混じりに進路の話をしている。

 きっと三年生なのだろう。


「みんな進学先どうするの?」

「とりあえず俺は国立大学目指してる。学費も安いし」

「私は学校の先生目指してるから、教育学部のある大学かな~」


 駒馬高校の生徒はイキイキとした雰囲気で進学先の話をしている。

 あたしも来年の今頃には高校生だし、ちょっと会話内容が気になっちゃうな。


「二組のホノカ、最近見ないと思ったら子供できたんだって」

「なにそれわろっち。そういや、三年になってクラス一つ減ったよね? きっと一クラス分の生徒が学校辞めたってことだわ。まじウケんだけど」

「あたしらの高校ヤバすぎじゃん、キャハハ。てーかあたしの彼氏、先週なんか知らんけど捕まったんだけど。あっ、おしっこ漏れそう」


 青間高校の生徒の会話を聞いていて何故か胸がざわついてくる。

 あたしも来年からあんな感じのお馬鹿で下品な女子高生になっちゃうのかな……


「ゴールデンウイークにみんなで富士九アイランド行かない?」

「いいね。でも俺、絶叫系苦手なんだよな。それに遊んでばっかいないで受験勉強に力入れてかないと」

「たっくん相変わらず情けないね~それに、受験勉強も大事だけど、切羽詰まる前に息抜きで遊びに行くのもいいんじゃない?」


 駒馬高校の生徒は充実した雰囲気であり、楽しそうに会話をしている。

 そんな両端の生徒に挟まれ、こうも比べてしまう立場になると、流石に駒馬高校のグループにあたしはいたいなと思っちゃう。

 いや、誰しもが駒馬高校の生徒のような生き方をしたいと思うはずだ。


 だけど、悲しいことにあたしには青間高校という選択肢しか存在しない。

 これが勉強をサボってきた代償なのだろう……


「てーかアリスさ、前に成績ヤバくて進級できなそうとか言ってなかったっけ?」

「ウチも終わったかと思ったんだけどさ、切羽詰まって石原先生にエッチなことしてあげたら成績爆上げしたんだけど。火事場の馬鹿エッチってやつ?」

「なにそれ、たまにネットの広告で見かけるエロ漫画みたいな急展開じゃんウケる。ビュルルルルみたいな効果音聞こえてきそうなんだけど。キャハハハ」


 あたしはやっぱりあっち側なの!? 

 勉強しなかったあたしがいけないの!?

 火事場の馬鹿エッチって何!?


「夏は勉強合宿とかどうだ? 勉強して海で遊んで、勉強してバーベキューして、勉強して温泉入って的な」

「いいね、それなら楽しく勉強できそうじゃん。今年は最後の青春なんだから楽しまないとね」

「今までもみんなと遊んでてめっちゃ楽しかったけど、今年も含めて最高の高校生活にしようぜ」

「そうだね、たっくん」


 やっぱりあたしもこっち側が良い!

 てーか圧倒的にこっち側の方が良いでしょ!

 リアルタイムで随時比較されるから天と地の差を感じてるんだけど!


 ヤバい……

 このままじゃあたしもあっち側の人間になり、青春とは程遠い学校生活を送ることになっちゃう。

 だけど、今のあたしには青間高校という選択肢しかない。

 駒馬高校に行けるという選択肢はないんだ。


 どうしよう……

 今さらになって勉強しなかったことを後悔している。

 あと二年早くこの後悔したかったな。


 でも、切り替えるなら今しかないと思う。

 選択肢が無いなら作ればいいんだ。

 これから猛勉強して、選択肢をゼロから生み出していけばいい。

 そうだ、まだ幸いにも時間は半年以上残されている。


 でもでも、決意を胸に抱いたけど、自信は湧かない。

 他の生徒達だって受験に向けて勉強をする。

 いったいどれだけの努力を重ねれば周りに追いつけるのか、考えれば考えるほど途方に暮れてしまう。


 ふとスマホを見ると母から通話が来ていた。

 放任主義の母から電話がかかってくるなんて珍しいことだ。

 店の中だけど急用かもしれないので小声で通話を始めた。


「もしもし」

「麗奈? 実はね……」


 平穏な日々がずっと続くとは限らない。

 あたしは母親からとある報告を受けて、生まれ変わることを決意した。

 性格も直して、勉強も頑張る。

 あたしがあたしでいるために――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る