第3話 ♂ビビる少年


「邪魔なんだけど」


 背後から背筋がぞっとするような女性の冷たい声が聞こえた。


「えっ」


 慌てて振り返ると、そこには派手な女子生徒がいた。

 明るい金髪に染めていて、化粧をしているのか目が大きい。

 スカートは嘘だろってくらい短くて、胸元のボタンも他の生徒より余計に一つ開けていて、谷間が少し見えてしまっている。

 これはあれだな……まさに典型的なギャルというやつだ。


「ごごご、ごめんなさい!」


 俺は慌てて避け、道を譲った。

 トラウマを呼び起こしてしまい身震いしてしまった。


「ビビり過ぎだろお前」


 隣に立っていた同じバスケ部であり俺の親友でもある廣瀬一樹ひろせいつきは、呆れた声で俺に話しかけてきた。


「何でギャルが教室いんだよ! ここ中学校だぞ!?」

「あいつ、問題児ギャルで有名な地葉麗奈ちばれいなだろ? あんな派手な生徒なんだから流石に学校生活で何度か見たことあんだろ」

「ギャルはずっとシャットダウンしてたから、見なかったことにしてた」

「どういう能力なんだよそれ」


 微かにだが、同じ学年にギャルみたいな生徒が一人いたなという記憶はある。

 まさかその生徒と三年生になって同じクラスになってしまうとは……


「いやでも、おかしいだろ! この芝坂中には校則があんだぞ! 他の女子生徒はみんな化粧なんてしてないし、髪だって染めてない。なんであいつだけド派手なギャルなんだよ! 異世界から来たダークエルフかなんかなの!? あの髪も地毛だって言うのか!?」

「落ち着けよ、ダークエルフってなんだよ」


 あんな格好で学校に来れば、先生から指導されるというか停学を言い渡されるレベルなはずだ。

 いったい何がどうなっている……

 何か特殊な能力でも使って先生たちへの認識を操作しているとでもいうのか?

 この前見たアニメでは、金髪の中学生の女能力者が人の記憶を改変したり、洗脳したりしてたからな。


「聞いた話だと、地葉麗奈は芸能活動をしているから特例で髪を染めたりするのが許可されているらしいぞ。化粧してるのは放課後そのまま仕事に向かうためだとか聞いたけど」

「なん……だと……」


 芸能活動だと……

 あの女も俺の天敵であるみ○ょぱとかゆ○ぽよとか、変な名前を使ってテレビで活躍しているギャル系女子だというのか……


「まぁ芸能活動とはいっても、テレビとかじゃなくて雑誌のモデルとかそんなレベルだと思うけど。それに、親が有名人なのか、先生もあまり地葉には厳しくできないらしいな」

「人は皆、平等であれよ」


 まさかのイレギュラーな生徒の存在に、今年度の学校生活は苦しめられそうだな……

 同じクラスなら嫌でも目に入ってしまうし、関わらなければいけない機会も訪れるかもしれない。

 恐ろしいことこの上ない。


「前から疑問に思っていたが、何でそんなにギャルが苦手なんだ? この前も駅前で証明写真を一緒に撮りに行った時、ギャルみたいな女子高生がうぇーいプリクラとか言って乱入してきたことがあったろ? その時も七渡が急に悲鳴を上げて俺に助けてと泣きついてきたから流石に焦ったぞ」

「それはだな……」


 そりゃなんてたって俺にはあのトラウマがあるからな。

 はぁ……今思うと、なんであんなことになってしまったんだろう。


 スカートの中を見るためにお年玉を渡してしまうなんてな。

 あれは、若さゆえの過ちというやつだな。


 今思えば、俺はむしろ被害者であり、女子高生からカツアゲされたようなものだ。

 俺は悪くない、悪いのはギャルだ。


 もう福岡の田舎町から離れて今は東京の中学校に通っているので、あの女子高生ギャルと会う可能性はない。

 だが、それでもギャルはどこにでも現れる。

 むしろ都会にはギャルが多い。

 ちょっと先の駅まで行ったらギャルで溢れかえるからな。


「小学生の時にギャルみたいな女子高生にお年玉を全部持ってかれたんだよ。それでギャルが大の苦手になったんだ。トラウマってやつだな」

「澄ました顔で何言ってんだお前? あんまりふざけてっと乳首もぎ取るぞ」

「本当だって! あと脅しが恐過ぎんだろ!?」

「そこまで言うってことは本当なのか……どんな体験談だよそれ」


 親友にさえ深くは話せる内容ではない。

 子供の頃とはいえ、スカートの中が見たくてお年玉を渡したなんてな。


「でも、せっかく同じクラスにギャルがいるんだし、仲良くなってそのトラウマってやつを克服した方がいいんじゃないのか? 高校、大学と進めば女子はみんな派手になっていくし、いつまでもそのトラウマを抱えるわけにはいかないだろ」

「無理に決まってんだろ……」


 一樹の提案は拒否するが、俺もあのトラウマを克服しなきゃなと思っているのも事実だ。

 何故ならこんな心理的な状況では、まともに女子と付き合ったりすることはできないからな……

 もちろん付き合うことは可能なんだけど、肝心なこととか何もできないの嫌だし。

 興奮したら気持ち悪くなっちゃうとか、男として終わってんだろ俺。


「人は成長しなきゃいけない生き物だぞ」

「うっせ。それに見ろよ、あのギャルはずっと一人だぞ。一匹狼って感じだ。絶対に恐いって、男の手を自分の胸に当ててきて指紋とったからとか言って脅してきそうなタイプだ。人の人生を終わらせにくるタイプのギャルだ」


 地葉という名のギャルは新たなクラスで浮足立っている他の生徒とは異なり、一人で暇そうにスマートフォンを弄っている。

 孤立しているのも明白で、誰も容易に近づける雰囲気ではない。


 そして、いかにも周りの生徒をガキくさいと心の中で馬鹿にしていそうな感じだ。

 きっとチャラ男みたいな年上の彼氏がいたりするのだろう。

 スマホで今日は彼氏とドライブデートとかSNSに投稿しているに違いない。


「スマホも学校で使うの禁止されてるだろ」

「芸能活動で使うから許可されているらしい」

「何でもありだなおい……そりゃ他の女子達からも妬まれて嫌われるわけだ」


 学校での集団生活では、特別という状況にヘイトを溜めがちだ。

 みんな平等なのにどうしてあの人だけと、虐めとかの原因にも繋がっていく。

 だが、あのギャルは容姿も長けていて気の強そうな見た目だ。

 あのギャルにムカついても周りは直接何も言えないだろうし、触らぬ神に祟りなしと放置されるのがオチだな。


「廣瀬君、初めて一緒のクラスになれたね」

「後で連絡先教えてよ廣瀬君」


 気づけば女子に囲まれ始めた一樹。

 一樹はイケメンの高身長であり、勉強もできてスポーツもできる優等生だ。

 バスケ部のエースなこともあって女子からモテる。

 羨ましいと思うが、特に妬んだり僻んだりはしない。

 何故なら……


「天海君もついでに連絡先教えて」

「また一緒のクラスじゃん天海君」


 そう、俺は一樹の親友ということで、そのおこぼれを貰うことができる。

 一樹と親友であり、いつも一緒にいることで俺も何だかちょっとイケメンっぽいなと女性陣を錯覚させることができるのだ。

 その恩恵は大きくて、クラスでの立場も自然と上になるし、努力せずとも友達は増えていく。

 一樹には感謝しかないぜ。


「何で俺に向けて手を合わせている?」

「日頃の感謝です」


 俺はこの状況に甘んじて何事もなく学校生活を送りたかったのだが……

 ふと気づくと、席に座っているギャルの地葉麗奈が目に入ってくる。

 こんな状況、俺にとってはライオンと一緒に授業を受けるようなものだ。

 どうやら神様は俺に試練を与えてくるみたいだな――

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