第2話 ♀徘徊するギャル


 あたしは地葉麗奈ちばれいな、十四歳、中学三年生。


 成績は底辺。何故なら勉強なんて一切していないから。

 でも、身体能力は高い方。綺麗なスタイルを維持したいから運動は好き。


 部活は帰宅部。入学早々テニス部に入ったけど先輩と喧嘩して二週間で辞めた。

 特技はメイクと言える自信がある。同級生を見ても校則に縛られてメイクをしない芋臭い集団だから、周りというか同年代と比べれば得意なはずだ。

 それに、自慢じゃないけど雑誌に何度かモデルとして載ったこともあるしね。


 苦手なのは勉強と男。ギャルみたいな派手な格好だから男好きだと思われることも多いけど、あたしは男が嫌いだし苦手だ。誰かを好きになったこともない。

 男なんて下心の塊で、醜いったらありゃしない。しっし。


 趣味はショッピング。そして今もまさにお買い物中だ。

 駅前のドンキで化粧品を漁る。

 こういう時間は悩みを忘れられる。


 化粧道具はほとんど消耗品だから、毎日行っても買うべきものはあるし、種類も多いから買いたいものも多い。

 帰宅部で勉強もしないから、放課後は毎日一人でお買い物。

 化粧コーナーで商品と睨めっこの毎日だ。


「つけまつげもそろそろ無くなっちゃうかな……」


 つけまコーナーでしゃがみ込み、商品を確認する。

 特に好きなメーカーとかは無いから、意外とパッケージ買いとかしちゃうけど。


「あー麗奈っちじゃん」


 背後から声をかけられたので振り返ると、そこには黒田くろだ先輩が立っていた。


「黒田先輩、お久しぶりっす」

「だね。ウケる」


 黒田先輩は三個上の先輩であり、二年前にこのドンキの化粧コーナーで出会った。

 化粧が上手で尊敬しているギャルな先輩。

 年下のあたしにも優しくて頼りになる人だ。


 先輩から話しかけられて仲良くなり、何度か化粧のやり方を教えてもらった。

 だが、最近この化粧コーナーに来なくなってしまったので、今日は三ヶ月ぶりの再会だった。


「買い物っすか?」

「まーね。彼氏の付き合いだけど」


 どうやら先輩の意思ではなく彼氏の付き添いでこの店に来たみたいだ。

 先輩から彼氏の話なんて聞いたことがなかった。

 きっと最近彼氏ができたこともあって、この場所にあまり訪れなくなり、あたしと会うことが少なくなったのだろう。


「あっ……」


 隣に来た先輩の顔を見ると違和感が生じた。

 マスカラを適当に塗ったのか、だまができてしまっているまつげ。

 さらによく見るとつけまつげも少しズレている。

 どうやら、あたしが憧れていた先輩はもう消えてしまったみたいだ。

 私が教えてとお願いしたあの時の先輩は、こんな適当に化粧をする人じゃなかったはずだ。


「最近どう?」

「ぼちぼちっす」


 髪もぱさついていて、数ヶ月染めていないのか根元は黒くなっており、毛先は茶色でプリンみたいなダサい髪色になってしまっている。

 手入れをしていない証拠だ。


「まいちーん、俺の買い物終わったべ」


 でかい声を出しながら化粧コーナーに入ってきた男。

 いかつい体形でそこかしこにジャラジャラとアクセサリー付けている。

 趣味の悪いテカテカのハンドバックを持っており、汚い金髪が印象的な男。

 シャツにかかっている無意味なサングラス。

 スウェットのズボンには染みが目立っていて汚い。

 いかにも頭悪そうな男だ……そしてなにより不潔である。おえ。


「だいくーん」


 そんな男の腕を嬉しそうに抱きしめる先輩。

 口にはしなかったが、しょうもないという言葉が頭を満たした。


 先輩の化粧が適当な理由も、きっと彼氏ができたからだろう。

 男は女の化粧の上手さなんて見ない。

 男なんて顔の雰囲気と身体しか見ない馬鹿だから。


 しょうもない彼氏ができると先輩みたいに化粧のクオリティーが落ちていく。

 適当に化粧しても男は気づかないし、何も考えずに可愛いと言ってくれるからね。

 だから先輩みたいに向上心を失っちゃって、自然とダサくなって周りから笑われる女になっていく。

 そして、絶対に褒めてくれる男を常に傍に置き続け、適当な褒め言葉に満足していく悪循環が生まれるのだ。


「麗奈っちもそろそろ彼氏作れば? 毎日幸せだよ?」


 先輩の質問にあたしは首を横に振る。プルプル。

 そんな幸せ、あたしは望んでいないっつーの。


 笑われていることに気づけない人生なんて嫌だ。

 しょうもない男に尽くすなんて馬鹿みたい……あたしは違うの。


「えーもったいない。麗奈っちなら、すぐに彼氏できて幸せになれるのに。モテたいから化粧頑張ってるんじゃないの?」


 あたしは誰かのために化粧をしているわけじゃない。

 毎日メイクしているのも、髪を染めているのも、スカートを短くしているのも、香水をつけているのも、全部自分のためにしているのだ。

 男の気を引きたいわけじゃない。

 ただ、自分が一番可愛いと思える自分でいたいだけ。


「じゃあそろそろ行くね、バイバイ」


 馬鹿そうな男と幸せそうに去っていく先輩の背中を見送った。


「……しょうもな」


 溜息と同時に独り言が飛び出した。

 ほんと、みんなしょうもない。

 学校の連中も、周りの大人もこの社会も、みんなみんなしょうもない。

 でも、あたしもこのまま勉強しないで底辺高にでも進学すれば、周りに流されて先輩みたいな感じになっていくのかな……


 いや、それは絶対に嫌だ。だめだめ。

 あたしは人生で初めて勉強しようという気持ちになった――



     ▲



 買い物を終えて店を出ると、中学生の集団が目に入った。

 見たことのある顔の奴がいたので、慌てて柱の影に隠れた。


「いやー楽しかったね打ち上げ」

「新しいクラス最高だなー」


 どうやら新年度になったこともあり、新しいクラスでの親交を深めるための打ち上げが行われていたみたいだ。

 そして、この集団はきっとあたしのクラスでもある三年三組だ。

 いやいや誘われてないんだけど……


 まぁ今までも誘われてきたの全部断っていたけどさ。

 でも、誘ってないとか酷くない?

 ムカつくムカつく~


「みんなで体育祭も合唱コンも球技大会も頑張ろうぜ」

「うぇーい」


 はしゃいでいる男子陣。しょうもな。


「いいよね、こういうの。みんな楽しそうで」

「うん。なんか青春してるって感じ」


 はしゃぐ男子を楽しそうに見守る女子陣。

 その姿を見て少し胸が痛くなる。


 あたしは逃げるようにしてこの場を去った。


「はぁ~……ほんとクラスの連中ってしょうもない。ガキの集まりでしかないし」


 愚痴を言いながら小石を蹴って、早歩きで帰る。


「てーか、みんな私服とかダサかったし。慣れていない化粧で着飾ってる女共まじウケたんだけど~」


 乾いた笑いが出る。しょうもない。

 どいつもこいつも本当にしょうもない。

 みんな馬鹿。みんなアホ。ばーかばーか。


「何が……」


 駄目だ、我慢できない。


「何が青春だよバカヤロー!」


 あたしの思いが夜道に爆発してしまった。

 ばごーん。


 そう、あたしは心のどこかで気づいていた。

 寂しさ、もどかしさ、後悔、孤独、コンプレックス……

 それらを全部隠していて、強がっていることも――


「うぅ~」


 情けなく唸った声が出てしまった。

 本当はあたしだって友達とワイワイして楽しい学校生活を過ごしたい。

 でも、変に気取って、教室では一匹狼みたいになって、誰も寄り付かなくなって、開き直って、斜に構えて、周りを見下して……

 そしていつの間にか一人になっていて、それでもまだまだ強がって――


「だめだめ、もう戻れないんだから」


 後悔してももう遅い。

 あたしに染みついた評判やレッテルは覆らない。


「そう、あたしにはもう、この生き方しかできない―― 」


 言葉とは裏腹に、青春したいという心の声が寝るまで消えなかった。


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