第5話 ♂気になる少年


 新学期が始まって二十日が経った。

 新しいクラスでの生活にも慣れたのか、浮足立っていたクラスメイト達は落ち着きを見せ始めている。


 俺はバスケ部で最後の大会に向けて猛練習をしており、その後には塾に通うというハードスケジュールをこなしている。

 授業中では眠くなることも多いし、スマホゲームさえ疲れて触れない。

 そんな中、うとうとしながら国語の授業を聞いていると、目が覚めるような光景が視界に入った。


 それは、あの地葉麗奈が何故か猛勉強している姿だ。

 普段は授業など興味無さそうに受けていたのに、今は先生の言葉に耳を傾けていて、教材を広げてノートにメモをとっている。

 容姿以外はまさに真面目な女子生徒といった様子だ。

 いったいどんな心境の変化があったのだろうか……




「一樹、ちょっといいか?」


 休み時間になり、俺は親友の一樹へ話しかけた。


「どうした?」

「地葉のやつ、今までは不真面目だったのに最近やたらと勉強してるんだが」

「お、おう……そうなのか」


 俺の質問に少し驚きを見せている一樹。


「何か理由を知らないか?」

「俺が知ってるわけないだろ。あんまりふざけたこと抜かしてっと、お前の一族丸ごと根絶やしにするぞ?」

「脅しが恐過ぎんだろ!? それはお前の大切な何かが奪われた時に吐く台詞だって!」


 今まで一樹から地葉の情報を聞いていたので何か知っているかと思ったのだが、流石に近況までは知らないようだ。


「というか七渡、やたら地葉に執着しているみたいだな。ギャルは苦手で関わりたくないんじゃないのか?」

「斜め前に座っているから目に入るんだよ。興味でも執着でもない」

「どうだかな……最近は授業中以外でも地葉のことを目で追っている気もするが」


 一樹は誤解している。

 警戒しているからこそ目を向けてしまうのだ。

 防衛本能ってやつだな。


「気になるなら直接聞いてみればいいだろ」

「聞けるわけないだろ。ギャルが苦手なのに……」


 俺にとってギャルに話しかけるなんて、猛獣の檻に入るような恐怖と等しい。

 できっこないよ。やらないよ。

 地葉の異変は気にはなったが、俺にはどうすることもできないので忘れることにした。




「最新版、可愛い女子ランキングでも作ろうか」


 昼休みになると、クラスメイトのサッカー部員である森田もりたが俺と一樹の元にやってきた。


「好きだなそれ。去年もやってたろ?」

「年に一度やらないと駄目だろ。人は成長するんだからランキングも変わる。まずはお前たちから投票してくれ」


 くだらないと心の中で呟いた。

 何故人は順位をつけたがるのか……

 人にはそれぞれの可愛さがあるし、その個性を尊重できればそれでいいはずだ。

 でも、こういうのは参加しておかないとノリが悪いと思われてしまうからな。

 嫌でも適当に何かを言っておくべきか。


「廣瀬は誰が一番可愛いと思う?」

「俺は……本間ほんま先生だな」

「先生かよ!? しかもただの素朴な三十代の先生だろあの人」


 一樹はイケメンなのに年上が好きなので彼女がいない。

 しかも先輩とかじゃなくて学校の先生を好きになるなんて、年上好きというか熟女好きに値するぞ。


「それで、天海は誰が可愛いと思う?」

「うーん……」

「ランキング上位常連だと清水しみずとか須々木すすきとか大塚おおつかとかか?」


 あまり聞きたくない名前が聞こえてきた。

 昔、仲が良かった人の名前が混じっていたからな。


「じゃあ俺は夜明よあけさんで。清楚っぽいし」

「えっ、あいつ地味だろ? ランキングだと二十位くらいだぞ」

「まだみんなは地味の素晴らしさに気づいていないだけだ。清楚こそ至高なんだよ」


 大事なのは中身だ。

 俺は夜明さんが嘔吐した女子生徒にただ一人歩み寄り、介抱してあげていた姿を見たことがあるからな。


「そういう森田は誰が好きなんだよ?」

「性格は抜きにして地葉が一番だろ。去年も二位だったし、男子はみんな好きだ」


 あのギャルの名前を口にしている森田。

 やはり俺を除く男子からは人気があるみたいだな。


「天海もそう思うだろ?」

「いや、生理的に無理」

「何でだよ!?」


 どうやら地葉は普通の男子が見れば可愛いと思える女子のようだな……

 生理的に無理な俺がやっぱりおかしいみたいだ。

 正直、俺には鬼にしか見えないし、関わりたくもないのだが。


「何かあったんだろ地葉とよぉ! 羨ましいぞコラ!」


 勘違いした森田に身体を押されると、背後を通っていた女子生徒とぶつかってしまった。


「ご、ごめん」


 振り返りながら謝ると、そこには恐れていた地葉がいた。

 オワタ。お金払わないと人生終わらせられるかもしれない。


「うざ。まじでないわ」


 俺とぶつかった肩を手で払いながら自分の席へと戻っていく地葉。

 あまりにも冷たい言葉に、その場にいた全員が凍り付いた。


「……やっぱり性格が無理だな。須々木にチェンジで」


 地葉の性格を見て自らのマイベスト生徒を変更した森田。

 逆に地葉の性格が良かったらクラスの人気者になっており、ほとんどの男子生徒から好かれるモテ女子になっていたのかもしれないな……



     ▲



 放課後になり、体育館へ向かう際に通る職員室の前で異変が起きた。


「おい、あれ」


 一樹は職員室から教材を持って出てきた地葉を見つけた。


「出た、あのギャル」

「教材持っているってことは先生に何か勉強について聞いていたのだろうか……」

「さぁな。でも、説教とかではなさそうだ」


 俺達は地葉のことを目で追っていると、地葉は角から急に駆け足で廊下に現れた女子生徒とぶつかってしまった。

 思いがけない衝突に尻餅をついた地葉。

 短いスカートからはどきついピンク色のパンツがはっきりと見えてしまった。


「ご、ごめんなさい」

「ざけんなよ」

「ひぃ」


 まじギレした地葉に睨まれて泣きそうになる女子生徒。

 名前の知らない生徒のなのできっと下級生だろう。

 地葉は何事もなかったかのように早歩きでその場を去っていったが、女子生徒は震えた足で立ち尽くしていた。


「俺の角度からはあまり見えなかったが、とんだラッキースケベだったな」

「い、いや……」

「おい、どうした七渡、口なんか押さえて」


 ギャルの派手なパンツを見てしまいトラウマを思い出した俺は、慌ててトイレへ駆け込んだ。

 俺にとってギャルのパンツが見えたことはラッキースケベなんかじゃない。

 気分を害する罰ゲームでしかないのだ――

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