第21話 ♂自衛する少年
もうそろそろ夏休みが始まる。
今日も変わらず地葉と放課後に図書室で勉強をしているが、俺はとある作戦を用意してきている。
地葉の露出の多い格好を地葉が良い気持ちのまま封じる作戦だ。
「どうだ地葉、調子の方は?」
「は、はいっ、順調です」
何故か地葉は夜明さんとの一件から敬語で話してくるようになった。
原因は謎であるが、あの頃と距離感は変わっていないので悪い意味ではなさそうだ。
「地葉はいつも頑張ってるな」
「天海のおかげ頑張れてます」
これはお世辞でもなく、本当に地葉は常に勉強していて頑張っている。
集中力に至っては俺よりも断然高い。
中三までサボっていなければ、駒馬高校は余裕だったかもしれないと思わせるほどのポテンシャルだ。
「そんな地葉にプレゼントがある」
「えっ、そんな……」
俺は紙袋からプレゼントを取り出す。
前に問題集を渡しただけで喜んでくれた地葉なら、きっとこのプレゼントにも喜んでくれるはずだ。
「まず一つ目は、膝掛けブランケットだ」
「えええ」
驚いた表情で受け取る地葉。
俺からのプレゼントはきっと地葉にとって予期せぬ出来事だったのだろう。
「嬉しいです。でも、何で?」
「夏とはいえ、図書室では冷房強いし夕方になると冷えると思ってな」
膝掛けブランケットを使ってくれれば、大胆に露出した太もも見ないで済む。
さらには消しゴムを落としてうっかりパンツを見てしまうなんて事態にも陥らない。
だが、普段から使ってくれるとは限らない。
わざわざ自腹で勝ったから愛用してほしいものだが、地葉はどう使うか……
「助かります。さっそく使います」
まるで高級バッグでもプレゼントされたかのような喜びの表情を見せる地葉。
しかも今から使ってくれるなんて作戦大成功だな。
そうこれは、相手に喜んでもらいつつ、自分を自衛する作戦だ。
「さらに、もう一つプレゼントがある」
「ふえええ」
まるで終末を迎える世界が救われたかのように喜ぶ地葉。
流石にそこまで喜ばれるとは思っていなかったので、俺としてもびっくりだ。
「開けていいですか?」
「もちろん」
地葉は紙の箱を開けて、ビニールを乱雑に破いた。
早く中身に触れたがっているみたいだな。
「服だ!」
「新品のベストだ。身体を冷やして風邪を引かれても困るからな」
ベストを着てくれれば、たまに透けて見えるブラや、前屈みになると襲いかかってくる胸元を見ないで済む。
「ひっ、うぅ……」
感極まってえずいている地葉。
ちょっと値段はしたが、そこまで喜ばれるとプレゼントした甲斐があるな。
「無理に着なくてもいいけど」
「一生着ます!」
早速ベージュ色のベストを着てくれる麗奈だが、その姿は俺の予期していたものとは異なっていた。
「あれ?」
袖無しのベストのような服を買ったつもりだったのだが、袖有りのセーターになっている。
商品を取り違えたのだろうか、それともレジで購入中に別の客の商品と入れ替わったりしたのかな?
「ごめん、袖無しのベストを買ったつもりだったんだけど……それじゃあ暑いよな」
地葉も薄い生地とはいえ夏に長袖のセーターには戸惑っているみたいだ。
「脱いでくれ、今度ちゃんとした新しいの買ってくるから」
「うーうん、これでいいです。冷房の効いた空間なら普通に着れるし」
地葉はこれで大丈夫と言って、セーターを俺に返さなかった。
「申し訳ないな。俺ってそういうミス多いんだよ、ちゃんと商品を確認すれば良かった」
「長袖なら秋も冬も春も着れるし、むしろ嬉しいです」
商品のミスがあっても本当に嬉しそうにしている地葉。
これじゃあ、もう返してとは言えないな……
「でも何であたしに急にプレゼントなんか……」
「だから言っただろ、いつも頑張ってるからって。頑張ってる人はご褒美を貰えるなんてよくある話だろ」
本当は地葉の薄着に耐えられないだけだが、ご褒美をあげたかったのも本音だ。
「ありがとう。一生大切にします」
「一生なんて大袈裟な」
「大袈裟なんかじゃない! だって、大切な人から貰った大切なプレゼントだもん」
熱くなった地葉は、敬語を使わずに反論していた。
「口調、治ったな」
「あっ……」
口をパクパクとさせて、恥ずかしそうにする地葉。
「嬉し過ぎて、一周回ってちゃんと話せるようになった」
「そっか」
一周回ってとはどういう意味なのかは理解できなかったが、ちゃんと話せるようになったのなら好都合だ。
それにしても、地葉は物を大切にする良い子みたいだな。
最近はあまり物を大切にしない人が多い中、その姿勢は好感が持てる。
きっといつか恋人でもできたら、相手を大切にしてあげるのだろう。
どうか変なチャラ男みたいな奴とは付き合わないで欲しい。
「チャラ男は好きか?」
「いきなり何で!? ぜんぜん好きじゃないし論外。天海がチャラ男になったらちょっと考えるけど」
俺が髪の毛を盛り盛りにしてチャラチャラしている姿は自分でも想像できないので、そんな未来は想像しなくていいのに。
「変な男に騙されちゃ駄目だぞ。付き合うならちゃんとした誠実な男にしないと」
「急にどうしたのよ……それに、ちゃんとした誠実な男って誰よ」
「そうだな~俺みたいな男とか? なんちゃって」
「ふぅあ」
冗談で俺と答えたのだが、地葉は変な声を出して顔を机に伏せてしまった。
「ごめん、冗談が過ぎたな。俺みたいな男は地葉に相応しくないよな」
「そんなことないって! 天海はちゃんとした誠実な男だと思うよ!」
「お、おう……ありがとう。そのフォローに相応しくなるよう頑張ります」
「天海のばかばか」
顔を真っ赤にして俺を馬鹿呼ばわりしてくる地葉。
「馬鹿で悪かったな」
「も~」
ふくれっ面を見せる地葉。
その可愛い姿を見て癒される。
もっとプレゼントをあげたくなっちゃうな……
いや、それじゃまるで餌付けになってしまうか。
「さっ、切り替えて勉強始めるぞ」
「うん。頑張ります」
俺のあげたセーターやブランケットを嬉しそうに見つめながらやる気を口にしている地葉。
気に入ってもらえたみたいでなによりだな。
「お返し、期待しててね」
「いらん」
「あげる。天海の欲しいもの、何でもあげるから」
笑顔でそう宣言する地葉。
何でもってことは百万円とかくれるのかな?
「じゃあ百万円は?」
「今すぐは無理だけど、高校生になったらバイトして稼いであげるよ」
まるで本当にくれるような
冗談なら、もっと冗談のトーンで話してほしいものだ。
「そんなことするやついないだろ」
「あたしは本気だよ。天海のためならできるよ」
本気と口にする地葉。
今は勉強を教えてもらっている立場なので、何かお返ししたい気持ちで溢れているのだろうか……
ちょっと身震いがしたので、勉強に集中することにしよう――
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