第37話 ♂真理を見た少年


 夜の八時に麗奈から電話がかかってきて、震えた声で不安を訴えてきた。

 いつもの強気な姿勢ではなく、弱っていた様子だった。


 受験日を前にして、味わったことのない恐怖やストレスに襲われているのだろう。


 俺にできることは、安心させることだけだ。

 麗奈が話したいと言うなら通話にも付き合うし、会いたいと言うなら会いに行く。


 それが麗奈の勉強の面倒を見ると言った俺の責任だし、一人の親友として力になりたいと願う俺の本望だ。



「お待たせ」


 公園に着くと、麗奈がベンチで待っていた。


「七渡っ!」


 下を向いていた麗奈だが、俺の顔を見ると少し元気を取り戻していた。

 キャメル色のニットワンピースの上にコートを着ており、暖かそうな格好をしている。


「大丈夫か?」

「ちょっと怖くなっちゃってさ。ごめんね迷惑かけて……」

「別に迷惑じゃないし、不安な気持ちもわかる。俺だって一緒だしな」


 事実、俺も麗奈の顔を見て少し元気になった気がする。

 誰だって一人なのは辛いし、仲間と顔を合わせると安心する。


「気晴らしに散歩でもするか」

「うんうん」


 俺の真横を歩く麗奈。

 隙間はほとんど空いてなくて、たまに手が麗奈の身体に当たってしまう。


「あたし、こんな人生が懸かった挑戦なんてしたことなかったからさ、不安で不安でおかしくなっちゃってる」

「俺だって同じだよ。中学受験もしなかったし」

「でもでも七渡は部活の試合とかあったでしょ?」

「残念ながら俺はあまり試合出てなかったからな。そういう経験をした一樹は余裕そうだがな」


 自分で試合に出ていなかったとは言いたくなかったが、麗奈の前では正直な自分でいたいと思った。


「七渡も辛い?」

「ああ。それに俺達だけじゃない、全国に何十万人っている受験生が同じ不安を抱いているはずだよ。世界で考えたら、それはもう果てしない数なわけだし」


 俺だって安全圏ではない高校に受験するのは不安やストレスでいっぱいだ。

 それを誰かに見せることはないんだけど、抱えている悩みは多い。


「あっ、神社だ」


 話しながら散歩をしていると目の前に大きめの神社と公園が見えた。

 ギャルにお年玉を取られたトラウマが少し蘇ってしまい、寒気を感じる。


「寄っていこうよ」

「え? ま、まぁ……ついてくよ」

「あれれ? もしかして七渡って幽霊とか怖がる系?」


 麗奈に幽霊を怖がっているのかと勘違いされてしまう。

 舐められるのは嫌なので、ここは強がって平気な姿を見せないと。


「そんなわけねーだろ」

「じゃあ入ろっか」


 夜の誰もいない神社に入る。

 静かで暗くて不気味であり、まるで世界に俺と麗奈しかいなくなってしまったような感覚に陥る。


「やっぱりあたし不安だよ。受験が駄目だったら七渡に会えなくなっちゃうし、そんなの耐えられそうにない」

「麗奈は合格する、大丈夫だよ。それに万が一、駄目でも俺は麗奈に会いに行くよ。学校で会えなくても放課後だって会えるんだし」


「ずっと一緒じゃないと嫌なの! 大切な七渡や廣瀬とかと一緒に学校の行事とか楽しみたいもん。今年できなかったこと、全部したいの……」

「なら、失敗しないように頑張るしかない。努力は裏切らないはずだよ」

「そんなのわかってる! わかってても不安になっちゃうの! だからどうしようもなくて七渡に電話したの!」


 麗奈の震えた叫びが周囲に響く。


 相当メンタルが弱っているみたいだ。

 きっと今までも不安だったが、それを抑えるように勉強に励んでいたのだろう。


「絶対に大丈夫。俺が保証する」

「保証なんて意味無いよ……もし、あたしが落ちて七渡が合格したら、その合格を蹴ってあたしと同じ滑り止めの私立高校にしてよ」

「そ、それは……」


 麗奈の要求には頷けなかった。

 家族のこととか背負ってるし、将来のこともある。


「何でできないの? あたしが合格して七渡が落ちたら、あたしは絶対にその合格を蹴って七渡と同じ高校にするよ?」

「それだけは止めてくれ。申し訳なさで、どうにかなってしまう」

「嫌だ! あたしは絶対に七渡と同じ高校に行くの!」


 俺は麗奈の両肩を掴んだ。


 どうにか落ち着かせたいと考えて出た答えが、両肩を掴むことだった。


「えっ!? 七渡、どうしたの? もしかして……キスとかしたりしなかったり?」

「落ち着いてくれ」

「……はい。落ち着きました」


 取り乱していた麗奈だったが、顔を赤くしてしゅんと大人しくなった。


「……ごめん、七渡に当たってもどうしようもないのにね」

「いや、気持ちはわかるから」

「てーか、そもそも七渡に勉強を教えてもらわなければ、挑戦権すら無かった。それなのにあたし、失敗がどうとか何言ってんだろうね」


 開き直る麗奈。

 今はちょっと弱っているだけだが、根は強い性格のはずだ。


 今まで諦めずに誰よりも勉強を続けきた姿を一番近くで見ていたからな。


「本当にごめん七渡。せっかく勉強を教えてもらったのに、合格を蹴ってでも同じ高校通うとか無責任なこと言っちゃって」

「謝ることじゃないよ。それに麗奈が受かって俺が落ちるなんて未来はないしな。俺は負けず嫌いだから、麗奈には絶対に負けない。師匠が弟子に越えられるなんて屈辱は絶対に御免だっつーの」

「ふふっ、頼もしいじゃん」


 麗奈が勉強できる人間だったとしても、まだ弟子に越されるわけにはいかない。

 俺だってプライドはあるし、今まで努力してきた自信がある。


「ありがと。何かスッキリした」


 誰にも言えなかった思いを吐き出してスッキリしたのか、麗奈はいつもの明るい表情に戻っている。


「なら良かったよ。やっぱり今日会って良かったな」

「でもでも、急に呼び出しちゃって本当にごめん。超めんどくさい女じゃんかあたし」

「男女関わらず、人は誰だってそういう時があったりするもんだろ。気にすんなって」

「七渡……」


 熱のこもった目で俺を見つめてくる麗奈。

 大きな瞳には自分の姿が映っている。


 頬を赤く染めており、俺のことを大切に思ってくれているのが伝わってきて思わず見惚れてしまう。


「……あのさ、お礼として七渡のお願い何でも一つ聞いてあげるよ。できれば今ここでできることね」

「べ、別にお願いっつてもな」


 何でも言われると、ついエッチな考えがちらついてしまう。

 俺も男だしな……


 でも、あまり失礼なことをお願いしても嫌われてしまうので、もし思っても口にはできない。


「それにしても、やっぱり七渡震えてるよね。そんなに怖いの?」

「トラウマがあんだよ。子供の時に神社の裏でギャルにパンツ見せられてお年玉全部持ってかれたからさ」


 冬の寒さで震えていることもあるが、トラウマがちらつくのも事実だ。

 まるであの時を再現するかのように、財布には母親から貰ったお年玉の一万円が入ってしまっている。


「そのトラウマ本当だったんだ」

「ああ。一樹もそうだけど、誰も信じてくれないんだよ」


 今ではギャルへのトラウマが薄れつつあるが……

 いやむしろギャルを好きになっているが、あの記憶はまだ鮮明に覚えている。


「あのさ? もしよかったらここでそのトラウマを完璧に克服しない?」

「え? えええ?」


 まさかの麗奈の提案。

 それってつまり……


「だってギャルにトラウマがあるのって、やっぱりギャルのあたしとしては嫌だもん」

「で、でもどうやって?」

「見せるしかないじゃん。それで七渡にトラウマから良い思い出に変換してもらうの。その出来事があったから、あたしに無償で見せてもらえたってさ。トラウマを青春に? みたいな」

「……なるほど」


 納得した言葉を吐いたが、麗奈の言っていることはいまいち理解できていない。

 でも、麗奈が俺を思っての好意なら、受け取るのも悪くないかもしれない。


「じゃあ、上書きしてくれるか?」

「うん。神社の裏に行こ」


 ヤバい……ドキドキが止まらない。

 胸の鼓動がとんでもないことになっている。


 まさか友達のギャルが俺のために無償でパンツを見せてくれるなんて……


 いや、どんな展開!?


 麗奈は普通の人とは違う。

 悪さもするし、考え方も他の人とは大きく異なる節もある。


 だからこそ、こんな思いもよらない出来事が起きたりするのだろう。


「ニットワンピだから見せやすいけど、寒いからタイツ穿いちゃってた」

「タイツ越しでも良いよ」

「いや、完璧にやりたい。タイツ脱ぐから、後ろ向いてて」


 まじかよと思いながら、後ろを向いた。

 背後からは麗奈が衣服を脱いでいる音が確かに聞こえてくる。


 え、待って、本当に見せてくれるの?



「いいよ」


 振り返ると、タイツを脱ぎ終えた麗奈が立っていた。


「おいで、七渡……」

「うん」


 俺は麗奈に手招かれて、麗奈の前に立つ。


「しゃがんで」


 麗奈に言われた通りしゃがみ込んで、パンツが隠れているであろう下半身の前にスタンバイした。


 これって夢じゃないよな……

 まさか、人生で二度もこんな体験を味わえるなんて。


「じゃあいくよ?」

「うん。無理はしなくていいからな」

「七渡のためなら、無理なことなんてないんだよ」


 麗奈は恐る恐るゆっくりとスカートを上げていく。


 膝が見え、次に大きくて柔らかそうな太ももが見えてくる。

 そして股下。むっちりとした太もも。


「はい」


 スカートをめくり終えた麗奈。

 スカートは小刻みに震えているので、麗奈のスカートを持つ手が震えていることを意味している。


 俺のために、恥を受け入れてまで見せてくれている。

 なら、俺はしっかりと目に焼き付けないといけない。

 この目の前の光景を……


「おわっ」


 どきついピンク色の派手なパンツ。

 やっぱりギャルだからか、中学生とは思えない柄のパンツだ。

 なんちゅうエロさだっての……


 少しムワっとした空気が流れて、甘酸っぱい柚のようは香りが漂う。


 暗くて鮮明には見えないが、麗奈の大事なところがしっかりと包まれているのがわかる。


 この先に、俺の知らない麗奈がいる。

 見知らぬ彼女は、いつか俺を優しく包み込んでくれるのだろうか……


 まるで魔法にかかったみたいに、目の前の光景に釘付けになってしまう。

 そして、もっと顔を近づけたくなる。


「ふっーぅ」


 あまりの光景に思わずため息が出てしまった。


「ちょ、ちょっとそんなとこに息を吹きかけないでよ!」


 焦った麗奈はスカートを降ろしてしまう。

 絶景に幕が下りてしまった。


「ごめん……」

「もう、七渡の馬鹿っ」


 信じられなくらい顔を真っ赤にしている麗奈。

 そこまで恥ずかしいのを我慢して、俺にパンツを見せてくれていたのか……


「ありがとな。俺のためにそこまでしてくれて」

「ど、どう? 良い思い出になった?」

「当たり前だろ。一生の思い出になったよ」


 忘れられそうにない強烈な体験をした。

 おかげで俺を苦しめていたトラウマは、影を薄めて遠い記憶になった。


 トラウマを思い出そうとしても、麗奈のパンツが頭を埋め尽くす。

 ここまで綺麗に上書きできると思っていなかったが、麗奈の作戦は大成功といった形になった。


「もう帰ろ」

「うん、そうだね……」



 夜なので家まで麗奈を送っていったが、その間ずっと顔を真っ赤にしていてほとんど喋らなかった。


 俺も麗奈のパンツに支配されていたため、何も言葉が出てこなかった。

 きっと俺も同じく顔が赤くなっていたことだろう。


 まさかクラスメイトのギャルに勉強を教えることになり、その先にこんな予想外の事態が待っていたなんて。

 人生ってやっぱり何が起きるかわからない。


 麗奈と一緒なら、これからもきっと色んなヤバいことを体験できるのかもしれない――

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