第10話 ♀あげあげのギャル


「じゃあ早速、今日から勉強教えてよ」


 天海に勉強を教えてもらえることになった。

 作戦成功! おっしゃ!


 あたしは幸福な気持ちでいっぱいになった。

 見捨てられなかったという安堵と、あたしの人生が上向きになっていく喜び。


 向こうにとっては何のメリットも無いのに引き受けてくれた。

 もちろん、あたしも天海に何か困ったことがあれば全力で手伝うつもりではいるけどね。


「いや、俺は部活とか塾とかあるし」

「はぁあ? 部活とか辞めなよ」


 まさかの多忙発言。

 でもそうか、真面目に学校生活を送っていれば、あたしみたいに暇を持て余してはいないわけだ。


「やっぱりギャルは理不尽だ。全部自分の思い通りになってほしいと考えがち」


 こいつのひねくれ具合はヤバいわね……

 あたしが言えたことじゃないけどさ。


「部活も六月には終わるから少し待ってくれ。それに俺はアドバイスをするだけでマンツーマン指導なんてする気はない」

「む~まぁ合格できるならどんな勉強方法でもいいけどさ」


 あまり我儘を言い過ぎても嫌われちゃうので、少しは相手の言うことも受け入れなきゃね。


「それで具体的に何ができないんだ?」

「今の勉強範囲を授業で聞いていてもさっぱりなの。数学は意味わからんやり方で解いてるし、英語はもう知らない単語ばっかで理解できないし、日本史も何で昔の終わったこと学ばなきゃいけないのって感じ。過去のことなんてどーでもいいから未来のこと教えてよ!」

「逆ギレすんなよ」


 天海に呆れられてしまい恥ずかしい気持ちになる。

 でもでも、ムカつくんだもん!


「きっと中一の時期を丸っとサボっているから、基本ができてないんだろう。基本ができていなければ、そりゃ今の範囲を勉強しても何にもできないわけだ」


 ちゃんとあたしのことを真剣に考えてくれている天海。

 なんだかんだ優しいんだよな、こいつ。


「にゃるほど。でも、中一の頃には戻って授業なんて受けれないよね……」

「安心しろ。今は便利な時代になったからな」


 天海はスマホを取り出して、YouTubeの画面を見せてきた。


「動画?」

「そう、最近は勉強に役立つ動画が多いからな。無料なのにわかりやすいし、クオリティーも高い。巻き戻したりも、何度も見ることもできる」

「すごっ、そんなのあるんだ」

「俺が部活終わるまでは、動画とかで基本を学ぶことに集中してくれ。良さげな動画を見つけ次第リンク先教えるから」

「わかった。じゃあ連絡先交換しよっ」


 自然な流れで天海と連絡先を交換する。

 まさかクラスメイトと連絡先を交換する日が来るなんて……


 勉強を教えてもらえて友達もできて、あたしの人生乗ってきてんな。

 あげあげじゃんかよ、テンション上がってきた!


「まさか俺がギャルと連絡先を交換する日が来るなんてな……」


 天海の方も連絡先を交換することに感動を覚えているみたいだ。

 世の中ってのは本当に何が起こるか予想もつかないな。

 まさか、こんな一発逆転の展開が待っていたなんて。


「……ありがとね、あたしのこと真剣に考えてくれて」

「地葉が真剣なら、俺も真剣に考えないとな。ただしサボるなよ」


 やっぱり天海は他の男子と違って良い奴だと思う。

 ちょっとていうか、かなり変なところはあるけどね。

 でも、別にそれは不快でもなければ、そこまでウザいわけでもないし。


「もちろんっしょ。あんたに協力してもらってあたしがサボるなんて、そんな奴いたらゴミだって。協力してくれたからこそ、あたしも逃げずに頑張れる」


 あたしは本気だ。

 何故なら、このチャンスを逃したらあたしの人生がヤバくなってしまうからだ。


 そのまま今日は天海と解散した。

 何だか道がパッと開けた気がして、不安や憂鬱な気持ちが少し晴れた。


 希望の光とはこのことか。今はピカーンと目の前が明るい。

 それもこれも天海のおかげだ――



     ▲



「ただいまー」


 放課後は寄り道しないで家に帰った。


「あら、元気になったわね。何か良い事あった?」


 リビングのソファーに座っていた母親と目が合った。

 そして、その一瞬であたしに良い事があったと言い当てる。


「別に何も無いけど」


 天海と友達となって勉強を教えてもらうことになったとは恥ずかしくて言えない。


「顔がにやけているわよ」

「なっ!?」


 母親に笑われ、慌てて顔を下に落とす。

 自然と顔がにやけていたなんて恥ずかしい……


 別にそんなことないと思うだけどな。

 ただ天海と友達になっただけだし。


「えへへ……」


 あっ、やっぱにやけてたあたし。



 部屋に入り、早速勉強を始める。

 天海にとりあえずアルファベットを全部覚えろと言われたので、早急に実践する。


 あたしの英語のノートを見た天海は、あたしにdという概念が存在していないことに気づき、アルファベットが書けるようになることを最優先にした。

 dはbに似ているから全部同じことだと思っていたんだけど、どうやら違うものらしい。


 一日で書けるようになったら天海も褒めてくれるかな……

 そんなこと考えながら勉強していたら、覚えたいことがスルスルと頭の中に入っていく感覚が生じた。

 もしかしたらこれが覚醒というやつかな? 

 今なら頭の中でめっちゃ演算できそう。演算ってどういう意味か知らんけど。


「麗奈変わったわね」


 母親が勉強しているあたしを気遣ってか、コーヒーを持ってきてくれた。


「ありがと」

「きっとお父さんも麗奈のこんな姿見たら喜ぶと思うよ」


 母親の言葉に少し照れてしまう。

 あたしは褒められ慣れてないからかな。


「それで、どんな男の子と仲良くなったの?」

「えっ、何でわかるの!」

「麗奈は昔からわかりやすいからさ。怒っている時も嬉しい時もね」

「む~」


 自分のことなんて誰もわかってくれないと思うけど、流石に家族にはバレるか。

 天海とも仲良くなったらわかりやすいとか言われるのかな……

 なんか別にそれも悪くないかも。



 勉強を続けていると、スマホが天海からのメッセージ通知を知らせてくれた。

 あたしは慌ててスマホを開き、メッセージを確認した。


【突然ですが失礼します、今日連絡先を交換したクラスメイトの天海です。突然のメッセージごめんなさい怒らないでください。ちゃんと勉強してますか?】


 何であいつスマホ越しでもこんなにビビってんの!?


【あんたに言われた通りアルファベットをちゃんと書けるようにしてたよ。シャキーン。あと敬語使わなくてよくない?】


 あたしはメッセージを送るとすぐに返信が返ってきた。


【わかった敬語はもう使わね。このチャットだけでもギャルの上に立って日頃の鬱憤を晴らすことにするわ。文句は言うなよ、オラオラオラ!】


 うざっ!? あいつ極端過ぎるでしょ!


【それで日本史はどんくらいできんの? ざっとでいいから言えやコラ】


 あいつの口調ムカつくけど、敬語の方が嫌だから我慢するか。


【江戸って時代があったのは知ってるくらいだけど。あと織田信長が凄いやつだってことは把握してる】

【……今まで何をして生きてきたの?】


 あたしの返信を見て呆れていることが文章からも伝わってくる。

 む~馬鹿にしてさ。あたしだって得意分野はあるもん。


【じゃああんたに化粧とか髪巻いたりとかできんの? ファッションとか勉強したの? ネイルとかできないでしょ?】

【そんなんでマウント取ってくんなよ。ある程度の日本史は常識だろ。やっぱりギャルは常識が無い。それなのに街では偉そうに道のど真ん中を歩いてやがる】


 あいつ……スマホ越しだからって調子乗りやがって!


【あんた明日学校で覚えてなさいよ】

【ひぃ~すみません。スマホ越しで土下座してます!】


 土下座のスタンプを押してきた天海。

 ふふっ、馬鹿じゃないの。


【まーとりあえずこの動画見て、歴史の流れをしっかりと頭に入れてくれ。わかりやすく説明してくれてるから】


 天海は動画のURLの付いたメッセージをくれる。

 ちゃんとあたしのことを考えて選んでくれたみたいで嬉しいな。


【ありがとう。ちゃんと頑張るから】

【来週には日本の時代を全部言えるようにな】


 来週までなんて期間は必要無い。

 今日中に全部覚えてやる。


【頑張れ! 応援してるぞ!】


 天海が最後にくれたメッセージに凄く励まされた。

 きっと天海にとっては特に何も考えてもいない、さりげない一言なんだろうけど、あたしにとっては馴染みのない言葉で嬉しかった。


 やっぱり友達というか、誰かと繋がっていられるって良いなぁ……


「よしっ、頑張るぞ」


 あたしは切り替えて、勉強を全力で取り組むことにした――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る