第24話 ♀ギャルの夏休み


 八月になり、夏休みはもう半分を経過した。


 どこにも遊びに行ってないからお母さんにも心配されちゃったけど、今は遊ぶ時間よりも勉強する時間が大切。

 きっと今の状況で遊びに行っても勉強のことばかり考えて楽しむこともできないと思うしね。


 中三までサボっていたあたしに余裕なんてない。

 他の生徒が息抜きに遊んでいる時間もあたしは勉強して、少しでも差を埋めるしかない。


 それに今、天海と遊んでも好きすぎて辛くなりそう。

 勉強に集中しなきゃいけないのに、これ以上天海を好きになったらもう馬鹿になっちゃいそうだ。

 今はそうなる時期じゃない。


 でも天海の顔を見たい。

 一日会えないだけでも焦がれてしまう。


 去年の夏休みは学校を休めて喜んでいたけど、今年の夏休みは天海と毎日会えなくなる寂しさしかなかった。

 って、どんだけあたし天海のこと好きなの?

 男嫌いなはずなのに、何で天海のことはあんなに好きになっちゃうのよ~


「そうだ、あの写真があった」


 あたしはスマホを弄り、天海が送ってくれた水着姿の写真を見る。


 いやん、めっちゃカッコイイよぉ~

 天海の裸……最高過ぎる。


 何度見ても身体が熱くなっちゃう。

 いつかこの胸に抱かれる時が来ちゃうのかな? なんつって。


 これはもう危険な写真だ。

 見過ぎると頭が変になっちゃうからほどほどにしないと。


 あっ、ヤバいかも……

 どうしよどうしよ、お手洗い行った方がいいかな。


 もう天海との妄想をするとすぐにこうなっちゃうから大変だ。

 ぐぬぬ……


「麗奈、お弁当よ」


 部屋に弁当を持ったお母さんが急に入ってきた。

 うそーん!?


「パンツに手突っ込んで何してんのよ、まったく」

「ははっ、着替え中でーす……」


 ノックしろや!

 変なとこ見られちゃったじゃんか!


 朝から最悪だ。ついてない。

 今朝見たテレビの占いでは、今日の運勢が一位だったはずなんだけどな……


「あっ、そろそろ図書館に行く時間だ」


 今日は夏休みでも天海に会える日だ。

 早く会いたい。わくわく。



     ▲



 図書館の入り口前に着くと、既に天海が待っていた。


「おはようす」


 危ない危ない、油断しておはよう好きと言いかけた。


「おはよ。何だよおはようすって、ギャル界で流行っている挨拶か?」

「そうそうす」

「まじなのかよ」

「まじまじす」


 天海の声が聞けて幸せ。

 勉強の疲れも一気に吹き飛んじゃった。


 図書館がオープンし、そのまま天海と良い席を確保した。


「調子はどうだ?」

「ぼちぼち。天海に教えてもらって買った問題集もほとんど答えわかるようになったしね」

「ばけもんかよ……普通は勉強してもそんなスピードで賢くならないぞ」


 あたしの成長スピードに驚いている天海。

 夏までは馬鹿に見られていたけど、最近の天海のあたしを見る目はちょっと違ってきている。


「きっと地葉は天才タイプだな。一樹とかと一緒で、才能があるんだよ」

「そ、そうかな……」

「そうだ、俺とは違う。俺はそういう人達よりも何倍も勉強して、ようやく肩を並べられる側の人間だからな。センスないんだよ、勉強もスポーツも」


 珍しくネガティブというか、ナイーブになっている天海。


「そんなことないよ、天海は凄いし」

「ぜんぜん凄くないから。みんなと同様に努力したって、センスが無いから置いてかれる。スタート地点が一緒でも、みんなは先に行ってしまうんだ」


 不平不満を口にする天海。

 もしかしたら勉強が上手くいっていないのかもしれない。


「天海、大丈夫?」

「……悪い。弱音出た」

「悪くないよ。それに、天海いなかったら、あたしそもそも何もできてないし。あたしは天海のこと一生尊敬するし、天海に感謝を忘れないよ」


 あたしは天海に支えてもらってるから、天海が折れそうになったらあたしが全力で支える。

 受験の時だけじゃなくて、一生そうしていくつもり。


「天海は自分のこと過小評価し過ぎ。あたし、天海の他の人にはない良い所いっぱい知ってるもん。天海は他の人とはぜんぜん違う。あたしには特別に見える」

「そ、そうかな?」

「うん。天海は天才、それはあたしが保証する」


 落ち着いたのか、安心した笑顔を見せてくれた天海。


 でも、なんか少し嬉しいな……

 天海があたしに弱音を吐いたってことは、何でも言い合える仲に近づいたってことだもん。


 確実に仲は深まっている。

 天海とそういう関係になるのがあたしの理想だったから、幸福感で満たされていく。




「昼休憩にするか」


 時刻は十三時になり、天海が休憩を口にする。


「うん、お弁当食べよ」


 天海と一緒に食堂スペースでお弁当を食べる。


 図書館で勉強する時はお母さんがお弁当を作ってくれる。

 今までは遠足でもコンビニ弁当を用意してくれるだけだったけど、あたしが勉強を頑張っている姿を見てからはお母さんもあたしに優しくなった。


 勉強すると決めてから、お母さんが優しくなって天海とも友達になれて良い事ばかりだ。

 サボって不良気取ってた時は誰にも優しくされなかったけど、真面目に頑張れば優しくしてくれる人が現れる。

 先生たちも手のひら返して今では頑張ってねと声をかけてくれるし。


 やっぱり、人生ってサボらず頑張るべきなんだな……

 変われて良かった。


「あっ」


 あたしは財布を忘れたことに気づいた。


「どうした?」

「財布忘れちゃった」


 いつも飲み物は自販機で購入していたため、財布が無いと飲み物が買えない。

 困ったちゃんだ。


「じゃあ俺が奢るよ」

「いいの?」

「ジュース一本も奢れない男なんて嫌だろ」


 奢ってくれるとはいえ、天海に負担をかけさせてしまった。

 も~あたしのばか!


 今度、奢り返そう。

 でも、天海はいつも遠慮するからなぁ……


「これ欲しい」


 あたしは自販機を見て、最近CMでよく見かけるプレミアムファソタグレープを指さした。


「あっ、それ俺も美味しそうだなって気になってたんだよ」

「じゃあ天海も飲めば?」

「ありがとう。一口飲んでみるよ」


 天海が買ってくれるので、お礼を言われる筋合いはない。

 それでも感謝してくる天海の優しさがほんと好き。


 絶対優しい旦那さんになるよね。

 いつもあたしのこと大事にしてくれて、いっぱい愛してくれそう……


 って、また妄想しちゃってる!?


「美味しいしスカッとするな。最高だったぞ」


 天海はペットボトルをあたしに渡してきたので、それを受け取った。


 ……うぉっ、うぉ? うぉおおお!


 これはまさかの間接キスじゃん!?

 何気ない展開から究極のイベントが到来しちゃった!


「どうした? もしかして俺が口つけたの嫌だったか? 運動部だったからあんまり気にしてなかった、ごめん」


 天海の問いに、人生で一番大きな首振りをした。


 天海とキスとかヤバいでしょ、身体あっつ。

 えっ待って、ヤバい、ヤバいって。


 深呼吸をして、大胆に口をつけて飲んだ。


 ジュースの美味しさと、天海と間接キスした喜びが合わさって、人生で飲んできた飲み物の中で一番美味しいと思える味になっちゃってる。


「美味しい! 本当にありがとう」

「どーいたしまして」


 そのペットボトルの中身を飲み干してもゴミ箱へ捨てずに、家まで持ち帰ってしまったのは内緒だ――



     ▲



 天海との帰り道。

 夕暮れに染まる道を二人で並んで帰る。


「地葉はさ、俺のこと嫌いになったりしないか?」


 天海から意外な質問が飛んできた。


「嫌いになるわけないじゃん。そんなこと絶対にないよ」


 むしろ好きになってしまっている。


 というか嫌いになることは一生無い。

 万が一、天海にどんな酷いことをされても、感謝が上回っているから嫌いになんかならない。


「そっか、ならいいんだけど」

「何でそんなこと聞くの?」

「前に仲の良い女友達がいたんだけど、今は俺のこと嫌いみたいだからさ。もしかしたら地葉もそうなっちゃうのかなと思って、少し不安になった」


 は? 誰よそいつ!

 しかも天海のこと嫌いになるとか何様なの!


 その女ムカつく、まじでムカつく。

 いったいどんな女友達なのよ……


「あたしはそいつとは違う」

「そっか……中二の頃までは女子二人と俺と一樹で、いつも四人でいたんだよ。仲良しグループってやつ。でも、俺が嫌われて男女で別れて、一樹にも迷惑かけちゃったから」


 二人もいたの!?


 中三になるまであたしは天海のこと知らなかったし、周りに興味すらなかったから知らないのは仕方ないか……


 でも、どんなやつらとつるんでいたのか、無性に気になってきたな。

 同じ学校だからどんなツラをしているのかは拝めるはず。


 まっ、どうせ可愛くもない、しょうもない女だと思うけどさ。


「天海が何かしたの?」

「いいや、何も。でも、俺が原因らしい」

「何よそれ」


 初めて見る天海の寂しそうな表情。

 天海にあんな顔をさせる女が許せないし、天海に大切にされておきながら嫌いになるとか普通に憎いんだけど。


「地葉とは、ずっと友達でいたい」

「……当たり前じゃん」


 天海の言葉は一見嬉しいんだけど、どこか寂しさを感じた。


「何か俺に嫌なことがあったら何でも言ってくれ」

「うん……天海もあたしに何でも言ってね」


 ずっと友達ってことは彼女にはなれないということなのかもしれない……


 あたしは天海の彼女になりたい。

 でも、ずっと一緒にもいたいとも思う。


 天海と離れることになるなら、彼女にはなれなくていい。

 最も優先することは、天海の傍に居続けること。


 それが友達としての形でしか無理というのなら、友達でいる方が良い。

 天海の傍にいれなくなるくらいなら、あたしの気持ちは報われなくていい。


 それだけあたしにとって天海が大きくて、天海があたしの人生のような感じになってしまっている。

 重い女とは思われたくないから、そんなことは口が裂けても言わないけど。


 あたしのその願いを邪魔するような女が現れたら許せないし、あたしはあたしの居場所を守るためになんだってする。

 あたしは天海の傍にいることを絶対に諦めない――


「……あたしは天海の傍にずっといるから。どんなことがあってもね」

「そっか。ありがとう、安心したよ」

「あたしの方こそありがとう」


 あたしは天海に一生感謝して生きていく。

 自分の人生を懸けて恩を返していく――

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