第8話 ♀帰ってきたギャル


 昨日の夜、久しぶりに誰かから助けてもらった。


 子供の時は何度か助けてもらったこともあったけど、中学生になってからは初めてかもしれない。

 それがたまらなく嬉しくて、心まで救われた気がする。


 もう学校に行くのはやめようとすら思っていたけど、あたしはもう一度頑張ろうと思った。

 別にあいつに来いよって言われたからじゃない。

 ただ昨日、あいつにありがとうの言葉が言えなかったからだ。


 嬉しくてありがとうという感謝の気持ちが溢れていたのに、素直になれなくていつもの冷たい態度をとってしまった。

 男は苦手だけど、助けてもらった相手にすら冷たい態度とって終わりなんて、このままだと人としても終わりそうな気がする。

 だからせめて、あいつに……


 待って、あいつ名前なんだっけ……

 顔ははっきりと覚えているのに、名前が思い出せない。

 あまとだっけ? いや、ななみだったか?

 なんか、どっちもちょっと違うような気がする。もやもや。


 記憶力には自信がある方なんだけど、昨日はあいつとの会話に緊張し過ぎていて何も頭に入ってなかったのかもしんない。



     ▲



 教室へ入ると、背の高いクラスメイトと話しているあいつと目が合った。


「あ、あぅ……」


 おはようと声をかけようとしたが、緊張して喉が開かなかった。

 諦めて向こうの方から声をかけてもらおうと思ったのだが、あいつはあたしを無視してそのまま友達と会話を続けた。


 は? なんなのあの態度?


 そっか、そうだよね……

 あたしとなんかと関わりたくないよね。


 あたしは嫌われ者だ。

 昨日は助けてくれたけど、もう関わりたくはないのかもしんない。

 あいつのことなんかあたしも無視してやり過ごそ。




 英語の授業が始まり、気合を入れて勉強を始める。

 先生の話を真面目に聞くけど、やっぱり何を言っているのかさっぱりわからない。

 単語すら知らないのに英文とかやられても困るっつーの。ばーかばーか。


 諦めモードのあたしは視線を感じたので振り返ると、後方のあいつと目が合った。

 何故かあたしの方を見ており、あたしと目が合うと慌てて逸らした。


 にゃるほど……

 どうやらあたしは少し勘違いをしていたようだ。


 向こうもあたしと話したかったんだ。

 けど、あいつも緊張しちゃってあたしに話しかけることができなかったんだ。


 なんだ、あたしと同じだったんだね……

 なら、あたしの方から声をかけてあげるか。

 助けてもらったのはあたしの方だし、あたしが勇気を出すのが義理ってやつだろう。偉いなあたし。誰か褒めて。よしよし。




 休み時間になり、あたしはあいつの元に向かう。

 だが、あたしが会いに来ていることを悟ったあいつは男友達の背後に隠れた。


 は? だから何なのあの態度?

 あたしを見て、まるで猛獣に狙われた子犬のように怯えているのだが……


「地葉がこっちに来てるぞ」

「ヤバい怒られる」


 あいつはこそこそと友達と話している。

 どうやらあたしに怒られると思って怯えているようだ。


「な、何の御用で?」


 友達の背後のから顔を出したあいつが震えた声で話しかけてきた。


「あんたが学校来いって言ったのに、何で無視してんのよ」

「ひぃい」


 確かにあたしは女子から煙たがられているが、男子からは好意的な目で見られることが多い。

 自分で言うのもなんだけど、可愛いしスタイルも良いからね。

 でも、あいつは男子なのに何故か不自然に怯えている。


「許してやってくれ。七渡は地葉みたいなギャルが苦手なんだ」

「は? 何それ? てーかあんた誰よ」

「廣瀬です。こいつの友達」


 どうやら長身の男が廣瀬で、あいつは七渡という名前みたいだ。

 というかギャルが苦手ってどういうこと?

 そんな男、今までの人生で聞いたことないんだけど……


「何見てんの? ウザいんだけど」


 あたしはいつの間にか周囲にできていた人だかりを睨む。

 あたしが珍しく男に話しかけているので変に目立ってしまっていたようだ。


「まっ、いいや。昼休みに、また」


 少し居辛さがあるし、ここでは感謝の言葉を述べられそうにないので切り上げた。



 自分の席に戻り、考えごとを始める。

 男は苦手であり関わると不快になるはずなんだけど、あの七渡という男は何故かあんまり嫌じゃないし、むしろもっとどんなやつか知りたいという気持ちが芽生える。


 それが自分の中で不思議でしかたない……

 いったい他の男子と何が違うのだろうか。


 座っているあたしの横を通っていった男子が、あたしの太ももや胸の辺りをチラ見してきたのでムカついた。

 やっぱり男は無理。無理なはずだ……

 不潔だし、あたしをイライラさせる。おえおえ。


 あぁ、そっか、あいつが苦手じゃないのは他の男と違って下心をまったく感じないからだ。

 あたしをそういう目で見るどころか、何だか怯えちゃってるし。

 そっかそっか、そういうことだ。


 だからあいつは関わっていても安心できるのだろう。

 その答えがあたしの中ですっと腑に落ちた。すとーん。


 そういえばあいつ、昨日の夜は塾帰りだったみたいだね。

 勉強がどうたらと言っていた記憶があるので、もしかしたら勉強が得意なのかもしれないな……にやり。


 そうだ、あいつに勉強を教えてもらえばいいんだ。

 女子には無理だったけど、男子だったらオッケーしてくれるかもしれない。

 それに幸いなことに、あいつはあたしが唯一不快にならない男でもある。


 もしかしたらワンチャンあるかもしれない。わんわん。

 いや、このチャンスは決して逃してはならないぞ。


 何としてもあいつに勉強を教えてもらおう!

 そうだ、それしかない! やるぞぉお!

 もう逃さないんだからね――

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