ダメ少女の旅行


 9月30日。余命8日。時刻は午前6時30分。真琴は、駅前の金時計前で立っていた。いつもの違うそんな中、松下が重いリュックを抱えながら来た。


「遅いですよ、まったく。遅刻、遅刻」

「……なんだ、この茶番は?」


 半径5メートル以上は離れられないので、真琴の後を5メートルギリギリでついてきた。それから、5メートルギリギリで20分待機させられ、メールで『もういいですよ。早く来てくださいよ』とメッセージを送りつけられて、死神はやって来た。


 世界一無駄な時間と行動だったと、後に松下はつぶやいた。


「デートに待ち合わせは基本ですよ。雨宮君と付き合えなくなっちゃったんですから、せめて気分だけでも味合わせてくださいよ」

「こ、これ以上自業自得という言葉が当てはまる事例を俺は知らない」


 唖然とする松下を通り越して、真琴はJR線の改札へと向かう。それから駅員に青春18切符を見せて通過した。

 青春18切符とは、簡単に言えばJR線乗り放題の切符だ。格安で日本中の旅ができるので、国内旅行者がよく使用する。


「……新幹線にすればよかったのに」

「シングルマザーから金を引き出せなかったんですよ」


 真琴は深々とため息をつく。まさか、デートで京都に行くなんて言えない。なので、なけなしのお小遣いと雀の涙ほどの前借りで、なんとか交通費を調達した次第だ。


「でも、松下さんが支払ってくれても、全然かまわなかったんですよ?」

「……死神は基本的にお金を使う機会がないからな。非常用に持たされてはいるが、もうあまり余裕はない」

「わかりました。じゃあ、残りは旅行代金ということで」

「奢らせようとしている!?」

「経費で落ちません? 死神の業務範囲内でしょ?」

「ぐっ……業務範囲内かどうかで言えば、逸脱しまくってんだよ」

「はいはい。じゃあ、よろしくお願いしますね」

「なにが!?」


 と、ひととおり松下を丸め込んで、電車へと乗り込む。片道でだいたい2時間前後。事前に下調べをしていたので(松下が)、2回の乗り換えで京都駅まで到着した。


「ゔっー……やっと着いたぁ」

「君は主に寝てただけだからな」

「寝る以外にやることあります?」

「ふっ……まだまだ甘いな。景色を見たり、普段と違う雰囲気を、楽しんだり。旅って言うのは、そういう情緒を楽しむものなんだよ」

「はいはい」

「めちゃくちゃ流された!?」


 と語られるうんちくを華麗にスルーしたところで、真琴の前に京都駅が飛び込んできた。古都というイメージがあったが、硝子張りの建物が立ち並んでいてめちゃくちゃお洒落だ。


「うっわー! すごい都会。きれー」

「そんなんだよ、駅前はめちゃくちゃ綺麗なんだよ。少し離れると古都の街並みを堪能できる」

「……めっちゃドヤ顔。ま、まあいいでしょう。まずは、清水寺に行きましょうか?」


 そう言い放ち、松下の返答も聞かずに歩いて行く。


「どうやって行きます?」

「ええっと……バスで。確か、清水寺近くのやつがあったと思うから」

「来たことあるんですか?」

「……ない」

「ぷぷっ。趣味の旅雑誌ですか」

「う、うるさいな。いちいちなんか言わなきゃいられない性格なのか君は?」

「黙らせる方法聞きたいですか?」

「なにかあるのか?」

「後で、冷やしキュウリ買ってください」

「……」


 バスで四条烏丸まで行き、真琴と松下はバスを降りる。京都は大分バスの停止駅が多くて、1日パスさえあれば、あまり歩かずに目的地周辺まで行ける。だいたい千円前後で買えるので、非常にお得な値段である。


「えっと……確か、もっと近くまで行けましたよね?」

「歩いて行こう。ここら辺は雰囲気がいいから」


 松下はそう言ってあらかじめ買っておいた一日パスを使用して降りる。もちろん、真琴と2人分だ。


「なかなか、スマートな対応ですね。合格です」

「……あとで、その減らず口に冷やしキューリを突っ込んでやるからな。それに、スマートな対応はこちらの台詞だ。行く時は先に入って、出る時は後から降りる。あまりにも自然で目を疑ったよ俺は」

「あら。わかりました? 男の人が基本的にお金を出してくれる派なんで、逆に出さない人は心の中でアウトって思います」

「こ、ここまでハッキリ女を武器にするやつを、を俺は知らない」


 もはや、呆れるというよりもすがすがしいと松下が褒めてくれた。


 雨宮の時とは違って遠慮は無用だ。これが、真琴にとっては楽で、すごく安心する。まあ、そんなことを松下に言うと、ブチ切れられるんだろうけど。


 四条通りの道を曲がると、昔ながらの和風な街並みが見えてくる。真琴は、この雰囲気は好きだ。木で造られた建物。なに造りとか、恐らく名称があるのだろうが、よくわからない。完全なるにわかだが、歩いてるだけで、なんとなく楽しい雰囲気になる。


「京都ってなんの食べ物が有名なんですか?」

「うーん……まあ、ニシン蕎麦だけど」

「なんか、地味ですね」

「まあ、京都の名物って感じでもないしな。どっちかと言うと観光が主だし」

「そうですね。そういうの気にせずに今日は美味しいもの食べましょうよ。ねっ、松下さん」

「そ、それは財布を握っている者が言っていい台詞」

「いいじゃないですか。独身ですよね? 独身貴族ですよね?」

「独身だが、貴族ではない。死神なんで」

 

 八坂神社に入って、五重の塔を経由し、ねねの道と呼ばれる通りを歩く。京都好きなら誰しもが歩く道だ。そこを通って三年坂という有名な階段。歩く。


「うっわー。すごい階段」

「ここは、転ぶと三年以内に死ぬと言われている」

「ふ、不吉な坂。なんでそんな場所を歩くんですか!」

「はっはっはっ、今更ここに転んだって、転ばなかったって君には関係ないだろう?」

「……えい」

「どわっ」


 転んだ。


 真琴が足を出したら、松下が転んだ。


「な、なにするんだよ君は!」

「別にいいじゃないですか。死神なんだから、死なないでしょう?」

「死ななかったって転んだら痛いだろ!」

「あっ、あの天津甘栗が食べたいです」

「くっ……ちょっと待ってろ。口の中に丸ごとたくさんぶち込んでやるから」

「なんか狂気じみた凶器みたいな使用を考えてます!?」


 真琴は物騒な考えの死神に恐怖を抱くが、松下は天津甘栗を買い、冷やしキューリが売ってる店を見つけると、ため息をついて二つ買ってくれた。


「はぁ……」

「ため息が深いですね。大丈夫ですか? 相談乗りましょか?」


 キュウリを頬張りながら、真琴が尋ねる。


「なけなしのお金がどんどん吸い取られていく」

「考え方次第だと思いますよ? 基本的に女の子にお金を出させるなんて、論外。むしろ、すべて出す。出させていただくと考えると言うのは?」

「そ、それは奴隷の考え方だ」


 そんな風にツッコミながら、松下は天津甘栗を一袋買った。


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