ダメ少女の旅行(2)


 清水寺に到着した。やっぱり結構歩いたので疲れた。松下はゆっくりと歩いてくれたが、それでも普段から運動してないので、適度に息が切れた。


「やっと着いたぁ」

「身体は問題ないか?」

「平気ですよ。ぜーんぜん、平気」


 真琴はブンブンと腕を回す。と言いつつも、これが自分の限界かとも思った。本当は太秦映画村も行ってみたかったけど、奈良の大仏も見てみたかったけど。残念ながら断念せざるを得ないようだ。


「本当に大丈夫か?」

「平気だって言ってるのに」

「なら、いいけど」

「もしかして、心配してくれてます?」

「……こんなところでへばられたら、おぶって坂を降りなきゃいけない。そんなのは、ごめんだ」

「その前に清水寺は巡ってくださいよ」

「おぶりながら観光までさせるのか!?」

「あはは。それでも、そんなこと言っても、松下さんはおぶってくれる気がしますけどね?」

「……絶対に清水寺は巡らないからな。ほら、早く行くぞ」


 松下はぶっきらぼうに言う。入場はもちろんおごり。


「雨宮君には奢られたくないが、松下さんには絶対に奢って欲しい」

「どうでもいいけど、口に出して言うなよ」


 と死神の苦言を見事スルーして、清水寺に入った。中はすごく広くて、なんだか空中に浮いた庭園みたいだった。景色はかなり高くて、京都の町が一望できるくらいに。


「うわぁ、綺麗ですね」


 清水の舞台。京都タワーが見える。小学校の頃からずっと夢見ていた景色がここにある。それは、なんだかすごく特別な気がした。それから、進むと一際豪華なお寺に上がる細い階段を発見した。


「あっ。ここってなんで他と違って豪華なんですか?」

「ああ。なんか、恋愛の神様が祀られてるらしいけど」

「な、なんで死神なのに詳しくないんですか? ぼっちなんですか?」

「ち、違うに決まってるだろう……」


 甚だ心外な表情で、松下が睨む。それにもかかわらず、真琴は楽しそうに歩く。ひと通りお参りして、なんとなくクジを引いて。ただ歩いているだけなのに、なんだかすごく爽快な気がした。


「あー、綺麗だった。京都、いいですね。なんか、歩くだけで元気になってきますよ」

「そうか……よかったな」

「ところでお腹空きましたね。なんか、食べますか?」

「それは、奢られる側が提案することじゃないと思うが」


 そう言いながら、松下はスマホで検索する。


「ハイテクな機器使ってないで、いろいろ見てまわりましょうよ」

「ふっ……そんなこと言ってると、時代に置いてかれるぞ」

「実際に見て回るのがいいんじゃないですか。それが、醍醐味でしょうが」

「……まあ、そうか」


 そうつぶやいて、スマホを閉じて、キョロキョロとあたりを見渡す。真琴は松下のそんな様子をずっと眺める。


 そして。


「……嬉しい」


 とつぶやいた。


「ん?」

「こう言うこと……ずっとやってみたかったんです。夢が叶いました」

「……相手が俺でもか?」

「またそうやって憎まれ口を叩く。よくないですよ」

「君にだけは言われたくないけど、君が嬉しいなら、まあいい」


 松下はそう言いながら、ぶっきらぼうに店の捜索を再開する。


「あっ、おみやげ屋さん寄りましょうよ」

「ええっ!? さっきはお腹が減ったって言ったのに」

「両方やるんだよ!」

「な、なめるんじゃねーぞ」


 と言い合いながら、再び四条通りにでた。ここは、都会の街並みで活気がある。京都っぽくないが、いい匂いが至るところに立ち登る。


「うっわー、美味しいもんがいっぱい」

「まあ、居酒屋とか焼肉屋とか。京都通の俺からしてみれば邪道なんだけどね」

「死神なんだから、同じじゃないですか」

「……死神は邪悪な神ではないから同類ではない。その認識を君の脳みそにぶち込んでおきなさい」


 そんな中で、真琴はふと立ち止まった。視線には一組のカップルがいた。


「あの……一個お願いがあるんですけど」

「なんだ?」

「いいですか?」

「お願いごとの種類による」

「……じゃいいです」

「い、言ってくれよ。気になるから」

「だって、断るかもしれないんですよね?」

「当たり前だろう。むしろ、その感じだと断る可能性の方が高い」

「じゃ言わないです」

「くっ……なんなんだ、いったい」

「……」

「……」

「あー、もう! わかった。断らない。断らないから、言ってくれ」

「嘘つかない?」

「つかん!」

「嘘ついたら、死んだ時に針千本飲ますように閻魔様にお願いしますよ」

「お願いをするな! 冥土まで行って、そんな心配はいらん!」

「……わかりました」


 真琴は大きく息を吸って、吐く。


「……て」

「ん?」

「だから、手。繋いでもいいですか?」

「……まあ、断らないって約束したし」

「ホントですか!?」

「嘘ついたら、針千本飲ませられるしな」


 松下はそう言って、真琴の手のひらをキュッと持つ。


「……あの、誤解しないでくださいね?」

「何がだ?」

「その……手を繋ぎたいって言ったのは、せっかくのデートなんですから、なんだかもったいないなって思っただけで」

「わかってるよ」

「別に松下さんと手を繋ぎたいなって思った訳では、断じてないんですから、そこらへんを脳髄に刻み込んでおいてくださいね」

「……わかってるって言ってるのだろ」

「でも、こんな感じなんですね」

「……嫌か?」

「ううん……なんだか、あったかいなって」

「……」


 二人は、京都の祇園の街並みを歩く。


「もし……」

「なんですか?」

「いや……いい」

「言いかけておいて、やめないでくださいよ」

「さっき、君がまったく同じことをやった」

「ああ言えばこう言う。口が減りませんね」

「それはこっちの台詞だ」

「……もし」

「ん? なんだ」

「いや……いいです」

「君の思考回路はどうなってるんだ? 数秒前に避難したことを、今まさにやってるぞ」

「いいじゃないですか。そっちだってやってるんだから」

「くっ……」

「もし……もし私が、心臓が弱くなくて、元気に学校に通ってたらどうなってたんでしょうね」

「……その仮定は意味がない」

「いいでしょ。意味なんてなくったって。私は毎日そう思ってたんです。だって、絶対に楽しいはずの毎日を過ごしてたんですから」

「……」

「小学校の頃は毎日走り回りながら学校に行くんです。運動会の徒競走だって一生懸命走って、マラソン大会にも参加しちゃって」

「走ってばっかりじゃないか」

「いいじゃないですか。人は飛べないから、鳥になりたいって思うんです。私だって一度くらいは走ってみたいんです。こうやって」

「おい」


 松下は、真琴の手をギュッと握った。


「冗談ですよ。走るって思いました?」

「……」

「何度も何度も走りたいって思って我慢してきたんです。でも、不思議ですね。最近では、そんなこと思いもしなかった。なんでだか、わかりますか?」

「……さぁ」

「楽しかったんです。ただ、単純に。そんなことを考えて妄想に浸る暇もないくらいに」

「……」

「そう考えると不思議なんです。こうして心臓が弱く生まれてこなかったら、きっとこんな想いになることもなかったんだなぁって。きっと、お母さんとも違った関係だっただろうし、千早とも友達じゃなかったのかもしれない。松下さんとも……あなたと会うこともなかったんだなぁって」

「……そうかもしれないな」

「で、こんな綺麗な京都の街並みも、こんなに綺麗に思わなかったのかもしれない。修学旅行で行ってたら、また京都のこんな景色なんだって。私にとっては、一生で一度の、こんなに素敵な場所なのに」

「……」


 真琴の瞳からは涙が出ていた。


「ねえ、松下さん?」

「ん?」

「一つ、お願いがあるんです」

「ああ、いいよ」

「聞く前に、言ってもいいんですか?」

「……ああ」

「そんなこと言って、いいんですか? もし、私が死にたくないって言ったら?」

「……」

「このまま、どこかに連れ去って、一緒に逃げてって言ったら?」

「……」

「ずっと……このまま、あなたと一緒にいたいって……もし、私がそう言ったら?」

「……」

「冗談ですよ。わかってます。現世に大きく影響のある可能性のある行為を、死神は禁じられてる、ですもんね」


 真琴は笑いながら松下の方を見る。


「……いいよ」

「えっ?」

「叶えてやる。どんなお願いでも、一つ」

「……いいんですか? どんな、無茶なお願いでも?」

「ああ。一つだけな」

「ふふっ……本当にお節介な死神ですね」


 真琴はそう笑って。


 松下の唇に。


 唇を合わせた。


「……これが、私のお願いです」

「……」

「ようやく、『思い残し』がなくなりました」

「……」

「でも、悔しいな……」

「……」

「思い残しがなくなるってことが、こんなに悲しいことだなんて思わなかった」

「……」

「松下さん……」

「ん?」

「私……死にたく……ない……」

「……」









 次の日、真琴は昏睡状態に陥った。


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