ダメ少女の初心者


 授業中。割と先生の話は聞いて、ノートもマメに、綺麗にコーティングする真琴だったが、今はそれどころではない。入念に、一人一人のルックスをチェックして、データを書き込む。そんな風にあたりを見渡していたら、キスするくらい間近な距離で男子の顔を覗き込む松下がいた。


 ……そんなに近づいて、気持ち悪くないのか。


『この加藤未来君は? イケメンじゃん』

『あー……もう付き合ってるんですよ』

『そうか。なら、笹井優馬君は? この子』

『えっと、野球部ですからね。ちょっと、運動大好きマンは身体がもたない』


 別にアクティブな遊びをしなくてもいいと思うが、それは、あちらが退屈なのではないだろうか。それに、真琴の身体が弱いことは、クラスには周知の事実だ。そもそも、スポーツマンが敢えて自分を選んでくれるとは思えない。


『別に君は恋したいのであって、付き合わなくったっていいんだろ?』

『つ、付き合いたいですよ。恋したら付き合いたいじゃないですか。当然ですよ』


 真琴は断固として主張した。むしろ、片想いしたまま死んでいくのなんて、嫌だ。恋をして、フラれて、死んでいく。絶対に成仏なんて、できない。むしろ、その子の周辺をウロウロする浮遊霊にでもなってしまいそうだ。

 そんな当たり前の感情も理解してくれていないのか、松下は再び考え込んで、


『うーん。まあ、でも笹井君を候補に外すのは早くないか? 君はかなり自分の身体を気遣ってるけど、もうすこしならアクティブに動いたってかまわないよ』

『えっ? それって、私の身体を丈夫にしてくれるってことですか?』

『いや。どうせ、死ぬのは48日後なんだから、もうちょっと積極的に動いたって即死したりはしないってこと』

『……』


 今、ここで飛び降りてやろうか。


『ってことは、全力で走ったり、スポーツしたりできるってことですか?』

『してもいいけど、身体は壊すぞ。心臓に負担がかかるから、活動期間も減るだろうし。まあ、いろいろな未来を見越した上での余命宣告だから、君がそんなことをしないのはわかってるんだけどね』

『……なるほど』


 わかったような、わからないような。


『要するに、無茶しなければ普通の女の子と同じ行動ができるってこと。そこらへんは、俺がわかってるから。心配になったら、聞いてくれて構わない』

『それは……助かりますね』


 真琴は素直に思った。思えば、自分自身で多くの行動に制限をかけてきた気がする。小学校から体育はもちろん、遠足、社会科見学、キャンプ、修学旅行など。調子が悪くなって迷惑をかけるのが怖くて、ずっと休んできた。

 こうして、松下が体調をチェックしてくれるだけで、躊躇なくいろいろ行動できるわけだ。


『さすがは、腐っても神なだけありますね!』

『……腐って、神から死神にランクダウンする訳じゃないから、そこら辺は君の脳みそに刻みつけておきなさい』

『遊園地なんかも、私は行けるんですか?』

『ジェットコースターとかじゃなければ。まあ、動物園とかにしとくのが無難だろうな』

『海外旅行とか! ハワイなんて、一度は行ってみたかったんですよ』

『国内の箱根温泉ぐらいにしときなさい』

『……いちいち、ちょっとだけランクダウンするのが気に入りませんけど』


 それでも、アドバイスをもらえるのはありがたい。


『とにかく、自分の身体のことはひとまず置いておいて、フラットな視線で男子を見たらいいんじゃないかってことだ。結果を求めるよりも、仮定を楽しむもんだろ? 恋ってやつは』

『松下さん……言ってることが全然わからないし、顔真っ赤ですよ』

『う、うるさいなぁ。こっちだって、恥ずかしいんだよ。これでも、昨日の夜に君の本棚で少女漫画を読み耽って出した結論だ』

『……ふふっ。でも、なんとなくわかりました。ありがとうございます、やってみます』


 なんだか、自分のために徹夜で少女漫画を読んでくれていた死神を想像して、胸の奥があったかくなった。

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