ダメ少女の懸念


 9月21日。午後7時。余命はあと、26日。真琴はいつも通り、駅前の路上に到着した。ここで歌うのは、これで10回目だ。すっかり慣れたもので、もう、人前で歌うことに緊張は少ない。そして、もっと緊張感のない顔をした松下が、重そうに荷物を置く。


「うわぁ。綺麗な三日月ですね」

「……その前に、ギターとリュックを担いできた俺にお礼のひとつも言えないのか」

「はいはい、ありがとうございますありがとうございます」

「ぜ、全然心がこもってない」

「こもってますよ。だから、2回言ってるし」

「だからこもってないと言っとるんだ!」


 と意味不明な主張を始めた死神を無視して、真琴はギターを弾きながら歌い始める。いつも通り、松下は油断も隙もなく500mlビールを2缶購入しており、床にとんかつ弁当を食べながら、スマホを覗き込む。


「……あれ」


 その時、演奏が止まった。ギターを弾いていた指が、うまく動かなかったのだ。真琴のギター歴は長いが、あまり得意じゃない。長い間練習していると心臓に負担がかかるからだ。


「どうした?」

「間違っちゃいました」


 気を取り直して、真琴は演奏を再開する。一個一個の間違いを気にしてたら仕方がないので、構わずに弾き続ける。さっきのは致命的なコードミスだ。それさえなければ……


「ちょっと、また……もう!」


 苛立ちが募る。いつもよりも、指が全然動かなかった。なんだか、神経が上手くいき届いていないような。ミスが多いのはいつものことだけど、弾けなくなるほど指が動かなくなるのは経験がなかった。


 そんな様子を見ていた松下が、500mlビール缶を置いて、真琴が持っていたギターを取り上げる。


「な、なにするんですか?」

「ギターが下手すぎて、聞いてられない」

「そんなこと言ったって」


 真琴が言い訳をしようとしていた瞬間、松下がギターの演奏を始める。それは、真琴が作詞作曲をした曲を見事に完璧に弾きこなしていた。


「……すごい」


 思わず真琴が口にしていた。


「昔、教わったことがある。そこから、暇があれば練習してた」

「……暇な時間、多いですもんね」

「くっ。どうでもいいだろう、そんなことは。それより、俺が弾けば君は歌に集中できるだろう?」

「でも、いいんですか? 現世に強く影響の及ぼす可能性のある行為を禁じられてるんじゃ」

「……別にいいなら、別にやらないけど」

「べ、別によくないです! 別に、全然よくないです!」

「なら、俺のことなんて気にしないで、いつも通り、さっさと、自分がやりたいことをやったらいい」

「は、はい」


 真琴は深呼吸して、松下が奏でるメロディに従って、歌い始める。今まで自分が、どれだけギターを弾くことに集中していたのかがわかった。自分の声とメロディーが合わさって、心地よい音になって。


 気がつくと、一人。通行人が立ち止まっていた。歳は真琴と同じくらいだろうか。気のせいでもなく、幻覚でもなく、自分の歌を聞いてくれている。


 しかし、緊張はしなかった。なんだろう、むしろ力が湧いてくるような感じ。自分の声をもっと曝け出したい。自分の歌をもっと聴いて欲しい。そんな欲求に駆られながら、真琴は一曲を歌いきった。


  パチパチパチ。


 音が終わった瞬間、通行人側から拍手が降りる。さっき、立ち止まってくれていた男の子だ。


「すごいいい声で歌うね」

「ありがとうございます」

「えっと……お金はないんだけど、このまま聴いててもいいかな?」

「も、もちろん。むしろ、お金払って聴いてもらいたいくらいです」

「あはは。なんだい、それは」


 男の子は身長が高くてスラッとしていた。金髪でクラスの一軍にもいないような雰囲気を漂わせている。鼻筋がキリッと整っていて、格好いい顔をしている。


「……君、名前は?」


 松下が前に出て、イケメンの青年に尋ねる。


「雨宮漣ていいます。あっ、ギターも上手かったです」

「ありがとう。あの、もしよかったら携帯番号教えてくれないかな?」

「ちょっと、松下さん。いきなり、なにを」


 真琴がその暴挙に慌てるが、雨宮はそこまで抵抗を見せる様子はない。


「ああ、別にいいですよ」

「ありがとう、俺は松下で、彼女は相沢真琴」


 手慣れた様子でスマホを出して、番号交換を始める。そして、松下は真琴の方をチラリと見て、『君も携帯を出せ』と視線をうながす。


「松下さんの下の名前は?」

「興味ある?」

「あはは。全然ないっす。真琴ちゃんの番号も聞いていい?」

「も、もちろん」


 なんとなく流れに乗って携帯番号の交換ができてしまった。それが、あまりにも自然で、呆気なくて。前、牧野に断られたことが夢だったかのように。


「あと、誰かベースとか弾ける人いないかな?」

「ああ……俺、一応、弾けますよ」

「本当に? じゃあ、今度一緒にやろうよ」

「もちろん。真琴ちゃんの声に、俺めちゃくちゃ感動したんですよ。あっ、もちろん顔も可愛いけど」

「そ、そんなことないです!」

「あるって。だから、誘ってくれてめちゃくちゃ嬉しい。もし、よかったら今度ライブハウスも紹介するし」

「ら、ライブハウス!?」


 なんだか、展開が追いつかない。夢のような話でフワフワする。その後も、なんだか夢見心地のままで、松下と雨宮の会話をただ黙って聞いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る