ダメ少女の歌


 9月18日。午後6時半。余命18日。いつものように、真琴は駅前に到着した。後ろには、秋葉系ファッションの死神がギターケースとリュックを担いで参上する。


 これで、実に14回目。歌も大分慣れてきたが、今日はいつもと勝手が違う。真琴は事あるごとに周囲をキョロキョロと見渡す。


「そわそわしてるんじゃない」

「し、してませんよ」


 と否定しつつも、実はバリバリその通りである。あれから、番号交換をした雨宮漣と毎日、電話で話している。もちろん最初は、手が震えるほど緊張したが回数を重ねるにつれ、徐々にそれも解けていった。


 一緒に演奏したいという申し出を受けたのが昨日で、どうしようかと松下に尋ねたが、『はぁ!?』みたいな顔されたので、謹んで受けることになった次第だ。


「お待たせ」

「う、ううん。別に待ってないよ」


 雨宮が小走りできた。なんだか、金髪が風になびいているようで、爽やかだ。重いベースを担いできたので、少し汗ばんでいる。


 それに、やっぱり、イケメンだ。


「……今日はありがとうね。松下さんも、急にすいません」

「いいんですよ、全然気にしないでください」

「それは、俺が言う台詞だから、勝手に言われて不快だが、まあ、全然気にしないで」


 と代弁してあげたにもかかわらず、なぜか文句を言われてしまったので、かまわずに真琴は演奏の準備を始める。そして、完了した姿を携帯で眺めてひとしきり感動を覚える。


「わぁ……こうして見ると、なんかバンドっぽいですね」

「まあ、ベースはバンドの核だからな。雨宮君は華があるし」

「そうですよね、華がないどっかの誰かさん」

「その通りだ、華がないどっかの誰かさん」


 と華の有無を互いに押し付け合ったところで、雨宮がベースを少し鳴らす。聞いた瞬間に、重厚感のある低音が鳴り響く。音楽を少しやってる人ならわかる。この人の出す音は少し違う。


「わぁ……すごい」

「この前送ってもらったデータで、ひととおり弾けるようにはしてきたから」

「て、天才がいる」

「天才……ふっ」


 雨宮は含んだような笑みを浮かべた。それが何を意味するのか真琴にはよくわからなかったが、とにかく自分も深呼吸をして声を整える。不思議なもので、声はどれだけ出そうとも枯れなかった。むしろ、歌えば歌うほどに、どんどん声が通っていくような感じ。


 演奏が始まって、真琴は歌い始めた。心地よい重低音に導かれて、ますます力が入っていくような気がした。


 気がつくと、そばには観客たちがいた。いつもならば、ずっと素通りしているにもかかわらず、今日に限っては10人ほどいる。みんな、驚いた表情をもって真琴を讃えており、次から次へと拍手が舞い降りる。


 今まで、こんな経験がなかったので、真琴は目の前にいる金髪の少年がやはり特別な才能を持っているのだと見なした。演奏が終わってひと段落ついた後、真琴はベースを片付けている雨宮のもとに駆け寄る。


「雨宮君……すごいね。今日は、本当にありがとう」

「いや。すごいのは、真琴ちゃんだよ」

「なに言ってるのよ。私がずっと歌ってても、誰一人として止まらなかったのに」

「本当に気づいてないの、真琴ちゃん? 君は途中から曲にアレンジを加えて歌いだしたんだよ。すごく人の感情を惹きつけるような絶妙な音程で」

「アレンジ……曲どおりに歌ってたつもりだったけど」


 確かに、途中から楽しくなってきてしまって、そのままの感情で歌ってしまったところはあった。でも、そんな風に自分は意識もしていなかった。


 でも、しかし、そんな訳がない。そんな訳が、ある訳がないのだ。


「松下さんもそう思いますよね。真琴ちゃんの歌声が本当に素晴らしいって」

「……」


 真琴はジッと目の前の死神を見つめる。表情からは、どんな回答を出すかはまったく読めない。でも、もし、仮に松下から褒められることがあったら。滅多に褒めてもくれないこの人から、褒められることがもしあったなら。


「ところで、俺のギターはどうだった?」


 !?


「……っ、なに自分の感想聞こうとしてるんですか!?」

「い、いいだろ別に。君ばっかり褒められて、俺だって褒められたい」

「子供ですか!? 私のことを聞かれたんだから、素直に私のことを答えて下さいよ!」

「……怪物だよ」

「違いますけど!?」


 そんな風にわちゃわちゃしていたら、雨宮がそのやり取りに笑い出した。なんとなく、そこで会話が途切れて、松下に誤魔化されたような気がして、なんだか気に入らなかった。


 ひとしきり片付けも終わって、帰ろうとすると松下が別の方向に歩き出した。そして、真琴と雨宮の方を振り返った。


「俺はこっちだから。じゃあ」


 と言って去って行く。どうやら、気を利かせてくれているらしく、それもなんだか気に入らなかった。なんで、そんな気持ちになるのかは整理がつかなかったが、上から目線が気に入らないということで、真琴は気持ちを落ち着かせた。


「……真琴ちゃん、聞いてる?」

「えっ! あっ、ごめん。聞いてなかった」


 どうやら、雨宮が話しかけてくれていたらしい。真琴は慌てて謝罪して目の前の会話に集中する。


「だから、その……真琴ちゃんて彼氏とかいるの?」

「彼氏!? いないよ。全然。好きな人もいないのに」

「そうなんだ……」


 雨宮はすこし考えるような表情を浮かべながら言った。


「じゃ、今度、俺とデートしようか?」

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