ダメ少女のデート


 9月22日。土曜日の午前5時。余命13日。真琴は目を開けて、カーテンを開いた。空はこれ以上ないくらいの快晴だった。


「わー、いーい天気ですよ」

「絶好のデート日和だな」


 と常時二日酔いしたテンションの松下が適当に頷く。真琴はすぐに洗面所の鏡まで向かって、いつもより入念にメイクを始める。母の美咲は夜勤なので、今日は独り占め状態だ。


「やり過ぎると濃くなるから気をつけろよ」

「……大きなお世話過ぎます。絶対に、デート中は話しかけないでくださいよ」

「そんなのわかってるよ」

「ちょろちょろ私の視界に入ってくるのもやめてくださいね」

「わかってる。何年死神やってると思ってるんだ。上手く隠れて見せるよ」

「存在すらも意識したくないので、できれば息も止めててください」

「……おい、君ヤバいぞ。発想が常時サイコパスのそれだぞ」


 と不名誉な認定を頂いたところで、キッチンへと向かう。それから、炊飯器からご飯を取り出しておにぎりを作り始める。


「手作り弁当か。いいな」

「へへー。でしょう? 数少ない私の特技だから活かしていかないと」


 こちとらシングルマザーの家庭で育ったので、料理なんかは結構やっていた。むしろ、看護師の母が夜勤勤務の時は、自分で作らないと誰もやってくれないので自然に身についた形だ。


「ウインナーはタコさんでしょ。で、男の子は唐揚げが好きだから多く入れて」

「卵焼きも入れて欲しいな。あとは、里いもの煮っ転がしも」

「別に松下さんのを作ってるわけじゃないから、黙っててもらえません?」

「性格悪っ!」

「死神に言われたくありません」

「……死神はカーストの底辺ではなく頂点の神だから。そこらへんを君の脳みそに叩き込んでおきなさい」


 と釘を刺されたが、構わず真琴は料理を続ける。卵焼きは採用するが、里いもの煮っ転がしは少々迷う。弁当というのは、とにかく映えるものの方が女子力は高いとされる。ならば、ニンジンを使ったほうがいいのだが、ニンジンは割と好き嫌いがある。


「……加えるなら、おひたしとかですかね?」

「さ、さっきは黙ってて欲しいって言ったのに」

「必要な時に必要なだけ話してください」

「おい、君ヤバいぞ。さっきから、むちゃくちゃ悪女だぞ」


 松下はそう苦言を呈すが、女心をちっとも理解しないこの人に、この態度は妥当だと、勝手に真琴は判断している。こうして、適当に死神の意見も適当に取り入れつつ、お弁当が完成した。


 おにぎり、唐揚げ、タコさんウインナー、卵焼きにお浸し、アスパラの肉巻き。高校生の男子に人気なメニューを結構詰め込んだ。彩りも、申し分なし。


「出来上がりっと」


 ピンクの風呂敷に包んで、水筒にお茶を入れて、準備万端。服も一番お洒落なやつを選んだ。メイクも完璧。意気揚々と、家を出て歩き出す。


「あー、楽しみだな。デート」

「……せいぜい楽しめばいいが、油断するなよ」

「何にですか?」

「油断すると性格のヤバさがバレるから、かなり猫を被って臨みなさい」

「な、なんて失礼な物言い。私をなんだと思ってるんですか?」

「……怪物、なんだよ」

「違いますけど!?」


 と絶望的に意味のない言い合いをしながら歩く。本来であれば、すでに松下には口を閉じていて欲しいところなのだが、真琴は真琴で緊張しているので、なにかを話していないと落ち着かない。


 そんな想いを知ってか知らずか、松下はいつものように真琴の軽口に軽口を返す。こうしたいつもと同じ振る舞いは、どことなく足下がおぼつかない真琴を安心させる。


「ちなみに今日はどこに行くんだ?」

「動物園に行こうかって思ってます」

「そうか……まあ、ベタっちゃベタだけど、いいか」

「逆に他のところ行く選択肢がなかったんですよ」

「そうか? ロボット館とか」

「なにそれ!?」


 と特殊過ぎる初デート場所を提案されたが、もちろんそれを採用する訳などない。真琴は待ち合わせ場所の駅前に到着した。待ち合わせ時間の30分前。かなり早く着いてしまった。


「ちょっと張り切り過ぎですかね? 女の子は準備とか支度とかで多少は遅刻するものじゃないですか?」

「それは、女が勝手に言い放っている妄言に過ぎない。人として、いや、一人の人間として待ち合わせ時間に遅刻することを許容することはできない」

「そ、そんなに!?」

「そもそも、男視点で見てみたときに、甲斐甲斐しく待ってた方が印象はいいもんだ」

「それこそ、モテない男の身勝手な妄想なんじゃないですか?」

「……」

「む、無視しないでくださいよ」

「……論ずるな値しない」

「嘘つかないで下さい。それ、あなたの感想ですよね?」

「ひろゆきみたいなことを言うなよ。客観的な事実に基づいた、考察だよ」

「さっ、そろそろ消えてください」

「無視するな!」


 松下はそう捨て台詞を吐いて、その場を離れる。


 それから、5分が経過して、一人で立っていた真琴は、何故だか漠然と不安になった。そもそも、自分だけが張り切って、雨宮の方は軽く誘っただけじゃないのか。いや、そもそもここに来てくれるのだろうか。


 15分が経過して、ますます不安な気持ちが湧いた。自分と同じで楽しみにしてたら、もう少し早く来てくれたってよさそうなものだ。なのに、来ない。


 待ち合わせまで10分を切った時に、不安はどんどん大きくなる。携帯を何度見ても、遅れるというメッセージは残ってない。真琴がソワソワしながら待ってると、不意に松下の背中が見えた。建物の影に隠れているが、全然隠れきれていない。


「ふふっ……」


 その瞬間、緊張が解けてきた。なんだかそれが妙におかしくて、笑いながらその背中を見続けていた時、雨宮が小走りでやって来た。


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