ダメ少女のデート(3)
2人は、東山動物園に到着した。ここは、県内でも有名な動物園の一つで、来園者は結構多かった。主に家族連れだが、カップルなんかもチラホラといて、自分たちもそんな風に見られているのだと思うと、なんだか落ち着かない気持ちになった。
入園ゲート前まで来た時に、真琴が財布を出すと、雨宮が慌ててそれを制止しようとする。
「大丈夫、俺が払うよ」
「いやいや、同じ高校生だし」
「でも、俺はバイトしてるから」
「夢のためのバイトでしょ?」
松下だったら、『なにを可愛い子ぶって』と言われそうな気がしたが、これは真琴の紛れもない本心だった。自分と同じ夢を持った同い年の男の子。真琴は恥ずかしくて言えなかった想いを、雨宮は堂々と逃げずに話す。そんな彼がただただすごいと思った。
それに比べて、自分なんかはお小遣いとお年玉で賄っている状態だ。別に自分が稼いだお金じゃない。それを惜しんで雨宮に払ってもらうのは、真琴の自尊心が許せなかった。
「いや、でもこれは俺が誘ったから」
「私だって行きたかったから。それに、雨宮君の分も私が払う訳じゃないし。割り勘だから」
「でも、それは男として」
「そんな考え古いよー。私も払うって」
そんなやり取りをしていると、後ろに行列ができはじめ、受付の人が『あの』と困った顔をする。
「じゃあ……一人ずつで」
真琴は先手を取って、一人分の入園料を払って、雨宮もまた少し申し訳なさそうに一人分を払った。図らずも、男子の面目を潰した真琴は構わず動物園の中に入った。
「うわ――――。ひろ―――い」
思わず、ちょっとした感動を覚えてしまった。広い大草原。遠足すらも行ったことがなかったので、こんな光景も見ることはなかった。一瞬、デートを忘れてフラメンコの池まで直行して、眺める。
「めちゃくちゃフラメンコ足細ーい」
「……だね」
「あれって浮いてるのかな? なんで浮いてるんだろう」
「……いや、浮いてはないんじゃないかな。さすがに、重さが耐えられないと思うから」
「えー、じゃあ、どうやって浮いてるの? 絶対に浮いてるじゃん」
「単に足が長いだけじゃないかな。ただ、浮いてるように見えるだけで。あと、真琴ちゃん」
なにやら雨宮が言いづらそうにこちらの方を見る。それが、なんでかがわからないが、とにかくなにかが気になるようだ。
「なに?」
「……いや、何でもない。それより、他の動物もみようか?」
「えー、もうちょっと私フラメンコ見たい。私、気に入っちゃった、フラメンコ」
綺麗な赤い羽根もなんだか可愛いし、そのアンバランスさに生物の芸術性を感じる。なにより、池の中で悠々と立ち尽くす姿が、なんだか神々しい。
「……あの、真琴ちゃん」
「ん?」
そんな中、やはり雨宮の様子がおかしい。なんだか、言いづらそうな、迷っている感じでこちらを見つめてくる。その表情がなんだか悩ましげで、気になってくる。
!?
もしかして、と真琴は思う。この感じは、もしかして告白タイムなんじゃないだろうか。デートをしているのだから、当然そんな妄想も頭に入れていたのだが、動物園の初っぱなからと言うのは、まったく予想外であった。
我ながら言うのは憚られるが、もしかしたら、無邪気にはしゃいでいた様子が、すごく可愛かったのだろうか。もしかしたら、自分が思っている以上に可愛いのかも。メイクが完璧だったのかも。
そんな風に意識すると、なんだか急激に気持ちが落ち着かなくなった。告白をされたとして、自分はどういう反応をすればいいのだろうか。そもそも、雨宮と付き合い始めると言うことだろうか。
そんなことを考え始めると、急に松下の存在が気になり始めた。もし、雨宮に告白されたとして、松下はいったいどういう反応を示すのだろうか。喜ぶのだろうか。いや、それとも無反応なのだろうか。
……なんにせよヤキモチを焼くような想像ができなかった。
「わー……やっぱ、フラメンコすごーい」
「……」
なんとなく気まずくなって、思わず乾いたような、うわずった声でフラメンコを見続ける。もう、そろそろ、いや、すでにそれどころではなくなってしまってはいるが、なんとなく会話を繋げるために、間を埋めるために一方的に話しかけ始める。
そんな時、松下が突然姿を現した。雨宮が来てからは、すっかり影も形も存在も消していたのに。むしろ、半径5メートル以内で、どうやって隠れていたんだろうというくらいだったのに、突然。もちろん、雨宮にはその姿は見えていない。
もしかしたら、雨宮の告白に対してなにか思うところがあったのだろうか。だからこそ、この場面であえて出現してきたのだろうか。そんな風に思っていると、やはり松下はこちらに近づいて来た。真琴は思わず、念話で松下に語りかける。
『な、なにしに来たんですか?』
「……フラメンコじゃなくて、フラミンゴな」
ボソッと言い残して、松下は去った。
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