ダメ少女のデート(4)


 午後12時。動物園をひと通り巡って、大広場のベンチに座った。サイ、シマウマ、ライオン、サル、いろいろな動物を見てまわったが、やっぱりフラメンコをフラミンゴと間違っていた衝撃は、かなり尾を引いた。


 そもそも、最初から指摘してくれれば、こんなにも連呼することはなかったのにと、真琴は死神が恨めしく思う。絶対に、面白がって出てきたんだ。あんなタイミングで、あのタイミングでしか出てこない確信犯的行動。絶対的最悪性格。


「間違ってるんだったら言ってくれればいいのに」

「ご、ごめんね。あんなに堂々と言い放ってたから」

「あっ、いやそんなつもりじゃ」


 思わず松下に向けた小言がでてしまった。


「本当にごめんね」

「くっ……」


 いい人過ぎるのも考えものだ。雨宮がこれ以上ないくらいシュンとしている。一方で、松下は、先ほど言い放ったままどこかへと消えていった(性格悪すぎ)。


 しかし、そんな自業自得な出来事に足を引っ張られる訳にはいかない。この微妙な空気感を変える秘密兵器リーサルウェポンを真琴は所有してるのだから。


「そろそろ昼ご飯食べようか」

「あっ……それなんだけど……」


 真琴はバックからお弁当を二つ取り出す。


「ええっ、マジ。食べたい食べたい」

「ふふっ」


 雨宮は食いついて、両手で拝む。その様子が高校生ぽくって、真琴はなんだか吹き出してしまった。その無邪気に嬉しがってる様子が実にいい。


「うわぁ。なんか、女の子のお弁当って感じ」

「……それ、褒めてるの?」

「褒めてる褒めてる。めちゃくちゃ褒めてるよ。ほら、俺の家って、父親しかいないって言っただろう? 本当に飾り気のない弁当なんだ」


 そう言いながら、唐揚げを豪快に頬張ってくれる。やっぱり、自分が一生懸命に作った料理を美味しく食べてくれるのは嬉しいものだ。真琴も安心して、自分で作った弁当を食べ始める。


 空は未だ快晴で、これ以上ないくらい気持ちいい。すべてが順調すぎるデートで、なんだか拍子抜けしてしまった。そんな風に思っていると、弁当を食べていた雨宮から少しだけ神妙な声が響いた。


「……あっ、そうだ。松下さんなんだけど」

「ま、松下さん? あの人がどうかした?」

「あっ、いや。大したことはないんだけど、どういう人なのかと思って」

「んー……どんな人って言われても」


 真琴は考えながら松下を思い浮かべる。


「結構、上から目線で厳しいことをズバズバ言うタイプ。悪口なんかも、たまに織り交ぜながら。あっちはアドバイスって思ってるかもしれないところが妙に腹が立つというか」

「……結構、辛辣に言うね」

「あっ……でも……いいところもあるよ」


 不意にいつものテンションで悪口が出てしまったので、慌てて軌道修正を試みる。松下だと遠慮なくなんでも言ってしまうのだが、端から見ると性格の悪い女に思われてしまう。


 松下のことは嫌いになっても、自分のことは嫌いになって欲しくない。


「ええっと……なんだかんだ色々と助けてくれる。私が困った時には必ずと言っていいほど」

「……そうなんだ」

「あとは、私が少し身体が弱いからギターとか重い物は持ってくれる。まあ、なんだかんだ言いながらだけど。それに、話を最後まで聞いてくれる。どんなに嫌なことを言っても、死ぬほど文句を言うけど……なんというか、怒らないって言うか」

「……」

「なんて言ったらいいか、難しいんだけど。これを言ったら嫌われるとか、そういう風にあまり思わない人なんだよね。いい意味でも悪い意味でも」


 思えば最初から、真琴は松下に言いたいことを言ってきた。そして、どれだけ悪態をついても、文句を言っても、不満をぶちまけても、松下が真琴のことを突き放して言うことなんてなかった。


 そんな風に思うと。松下という存在が、いかに自分に寄り添っていたのかを感じた。


「……それって真琴ちゃんは、松下さんのことが好きってこと?」

「えっ!? いや、いやいやいや。それはあり得ない。断じて」


 思わず食べていたタコさんウインナーを吹き出しそうになってしまった。


「だって、松下さんのことを真琴ちゃんは遠慮なく話すし……なんて言うか、気を許してるって言うか」

「そ、そんなことないよ。それは……親友とか、お兄ちゃんとかそう言う感じの物って言うか……いや、そこまでいいものじゃ絶対にあり得ないんだけど」


 断固として否定しまくる真琴は、そう言いながら顔が真っ赤になるのがわかった。こんな光景を松下が見ていたら、いったいなにを言われるのかが想像がつかない。


「……そうなんだ。よかった」

「えっ?」

「真琴ちゃん」

「はい」

「俺……真琴ちゃんの彼氏に立候補してもいいかな」

「えっ!?」


 雨宮の振り絞った声に、思わず驚きの声をあげてしまった。


「その……一目惚れって、あんまり信じてなかったんだけど。いや、自分にそれが起きるんだって言うのが想像がつかなかったんだけど……真琴ちゃんに会って、初めてそれが起きたって言うか」

「……」


 心臓が破裂しそうなほど、鼓動が止まらなかった。真琴はその場に立ち尽くして、なにも言えずに呆然とする。なんて答えたらいいのだろう……そもそも、どう答えたらよいのだろう。自分の気持ちは……どうなんだろう。


「あの、答えはすぐにじゃなくていいんだ」

「……うん」

「いきなりって言うのが難しいんだったら、またこうやって、できれば会ってもらって決めてくれてもいい。とにかく、長く考えて決めてくれて、全然いい」

「……うん」


 もう、真琴に残されている時間は少ない。それは、わかっているが、どうしてもその場で答えが出なかった。それが、なんでなのかは自分でもわからない。ただ……なんでだか知らないけれど、妙に松下の存在が気になった。


 知らず知らずのうちに松下がいないか、視線を追っていた。


「……ああ!」

「ど、どうしたの!?」

「こんなデートの中盤でこんな話をするのは駄目だよな。つい、テンパって焦ってしまった。この後、どうすんのって感じだよね?」

「えっと……そんなの、全然平気だよ。まだ、これからだし、楽しもう」


 真琴はそう強がって、立ち上がってさっきよりもテンションを上げながら動物たちを見て回った。




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