ダメ少女の出会い



 午後21時。家への帰り道。前を歩く松下に、真琴は不審気な表情を浮かべていた。そんな様子を知ってから知らずか、無視して歩く死神に一層苛立ちが募っていく。


「ねぇ……」

「……」

「ねえってば」

「なんだ?」

「なんで、勝手に携帯番号聞いたりしたんですか?」

「余計だったか?」

「余計じゃないけど」

「なら、いいじゃん」

「……っ」


 確かに全然余計じゃない。雨宮漣は、確かに格好いい。そして、第一印象もよかった。金髪だから、多少怖くもあったが話してみると性格のよさが滲み出ていた。趣味も合いそうだし、なによりもベースも弾ける。


 だから……全然、余計じゃないけれど。


「もう、あまり時間はない。君は歌が好きだし、得意だ。その長所を認めてくれる人とは相性がいいと思う」

「……そりゃ、そうですけど」

「なによりも、その異常なまでの承認欲求の高さを満たすためには、君を認め、褒めてくれる人がいいと判断した結果だ」

「人を怪物みたいに言わないでください!」

「……怪物、なんだよ」

「違いますけど!?」


 失礼しちゃうわ。むしろ、こんなに可愛くて大人しい性格の乙女がどこにいると言うのか。ついでに、最近美少女であることも発覚したので、彼氏なんてむしろ引くて数多だろうに。


「ーーとか、そんなこと思ってたら大間違いだから」

「くっ」

「引くて数多だと思って少し安心したから、君はこの1週間なにもしなかった。クラスメートの女子とワイワイ楽しく話してて、満足してた」

「だ、だって楽しかったんですよ」


 17年間。真琴は、ほぼ千早としか話していなかった。それが、新たに友達が2人。グループで話すと言うことが、どれだけ憧れても手に入らないと思っていたものが突然手に入ったのだ。そりゃ、浮かれもするだろう。


「それはわかるけど、いや、わかってたからこそ黙ってたんだ。だから、ここ。歌を楽しむのもいいが、ここで繋がりを持って恋まで発展させる」

「そ、そんな……勝手に決めないでくださいよ」

「じゃ、他にプランがあるのか? 残り30日を切って、これから、新しい繋がりをつくるアテでも?」

「……そりゃ、ないですけど」

「なら、現状ではこれが最善だ。むしろ、お礼を言われてしかるべきだと思うけど?」

「……そりゃ、そうなんですけど」


 なんだか、それを素直に言う気にはなれなかった。松下が自分にしてくれた行動にマイナスはない。むしろ、プラスしかないし、恋をするためには必要不可欠なアシストだったと思わなくもない。


 でも、真琴はなんとも言えない気持ちに駆られていた。


「仮に……」

「うん?」

「松下さんは、仮に私が雨宮君に恋したらどうするんですか?」

「どーするもこーするも、安心するよ」

「……」

「だって、君の望みは『恋がしたい』なんだろ? 俺は、君の思い残しをなくすために派遣された死神だ」

「……」


 そんなのわかってる。そんなのわかっているけれど。


「はぁ……あのな。ここからが、難しいんだぞ?」

「えっ?」

「携帯番号を聞くなんて、大抵はOKもらえるもんだ。よっぽどアウトオブ眼中でない限り」

「……もしかして、私に嫌味言ってます?」


 主に牧野の件で。


「次は、デート。それは、君の代わりには誘ってやれない」

「で、デートって。まだ、さっきあったばかりですよ?」


 いくらなんでも、展開が早すぎやしないだろうか。そりゃ、とんとん拍子に進めば、それに越したことはない。でも、現実ってやつはいつも真琴には厳しい。


「前も言っただろう? それくらいの早さで攻めないと、時間がないんだよ」

「そりゃ、そうかもしれませんけど。なんて言うか……その、心の準備とか」

「17年間、ずっと準備してきたんだから、なにを今更」

「……な、なんだとこの野郎?」


 デリカシー皆無。仕事優先のクソビジネス死神。


「いいか? チャンスってのは、なかなか現れない上に、みすみす見逃す者には絶対に手に入らない。ここでガシッと物にするんだ」

「……そうですね。うん、わかりました」


 真琴も考えを切り替えて頷いた。松下の言う通り、あまり時間は残されていない。とすれば、もう敷いてくれたレールを全力で進むだけだ。せっかくもらったチャンスなのだから、活かさなくては申し訳ない。


「そうだ。その勢いで今日、雨宮君に電話かけろよ」

「えっ!? 今日、いきなりですが?」

「……今の意気込みはなんだったんだ。当たり前だろう? むしろ、今日やらなかったら明日はもっとハードルが高くなるんだよ。いいか? 今日やれることは今日やる」

「うーっ……わかりましたよ。やればいいんでしょ、やれば」

「なんで投げやりでキレているのかよくわからないけど、その通りだ」


 と松下はニコッと笑顔で振り返る。そんな顔を見て、真琴は不意に目を逸らす。この人は、いつもそうだ。いつも、真琴にとって最善の行動を提案して背中を押してくれる。彼は、言う。楽をするなと。そうやって、多少強引でも手を引いて導いてくれる。


 でも。


「松下さんは……私が雨宮君に恋しても……平気ですか?」

「……」


 その小さな声は、死神の元には届かなかった。

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