ダメ少女の登校
午前8時。学校に到着して、真琴は教室に入った。2-B組。クラスメートは40人。男女共学で、男は20人。まず、この中から彼氏候補を絞るのが一番確率が高いと言うことか。
『この中に、好きな人はいるのか?』
「いませんよ。うるさいなぁ」
「真琴……誰と話してるの?」
松下の声を雑に払いのけていた時に、親友の斉藤千早が声をかけてきた。ほんのりと淡いメーク。明るい茶色のストレート。彼女はいわゆる、お洒落女子というやつだ。当然だが、男子への人気は高い。
一方で真琴は、ポニーテールの優等生スタイル。前髪は眉にかかるくらい長い。スカートの長さも既定路線で、可もなく不可もなくという感じ。そして、今は空気に向かって話しかけている、絶賛ヤバい人だ。
「えっ……と、地縛霊」
「アハハ。なに、それ。あんた、呪われてるわけ?」
「……正解」
呪われてると言うか、死の宣告だけどと、真琴は密かに訂正する。しかし、自分がこれを言うと洒落にならないので、口には出さない。千早とは小さい頃からの付き合いなので、真琴の身体のことをわかっている。変に心配されるのも申し訳ない。
『誰が地縛霊だ』
「……っ」
話しかけんな、話しかけんな、話しかけんな。神様はろくでもないことがわかったので、悪魔に祈った。真琴の性格上、つい、売り言葉に買い言葉が出てきそうになってしまう。こんな調子では、周囲から変な人認定されてしまう日も、そう遠くはないだろう。
『心で会話を飛ばせ』
「……」
『そうすれば、話さなくても俺には聞こえる。まあ、念話とかテレパシーとかってやつだ。子どもの時とかにやらなかったか?』
なるほど。
『そもそも話すことないんで、会話に入らず黙ってほしいんですけど』
「な、なんだとテメー」
『なるほど……こう言う要領か』
これは面白い。授業中のつまらない時間には、松下の相手をしてやってもいいかなと真琴は思った。そんな中、千早が呆れた顔で手をパンパンと叩く。
「ねえ、聞いてる?」
「えっ、あっ、ごめん。全然、聞いてなかった」
「あんた……直した方がいいよー。興味がない会話でも、人の話はしっかりと聞いて」
「ごめんて。で、なんだって?」
「C組の川崎君。どう思う?」
千早から聞かれ、真琴は必死に思い浮かべる。が、脳内でどれだけ検索しても輪郭はおろか、下の名前すら出てこない。しかし、ここで『わからない』と言うほど野暮ではない。女子が『どう思う?』と聞いた時には、すなわち気に入っていると言うことなのだ。
「カッコイイと思うけど、なんで?」
「ふっふっふっ……私、番号聞かれちゃったのだ」
「おっ……おおおおおっ」
「じゅ、十字架見せられた吸血鬼か!」
これ見よがしにスマホを拝み倒す真琴に、千早がツッコむ。長年、一緒にいるので、コンビ間のやり取りはバッチリだ。だが、真琴にとっては、それほど神々しいものに映っているのもまた事実。イケメンの携帯番号。これは、今まさに真琴が欲しているものだからだ。
さすがは、お洒落女子。恐るべし。
『おい、チャンスだぞ』
『……なにがですか?』
『その川崎君とやらに、友達紹介してもらえ』
『い、嫌ですよ。そんなの、私めちゃくちゃミジメじゃないですか』
『恋がしたいんだろう? 時間はあんまり残されてないんだから、事情を話して、多少の屈辱・恥辱には目をつぶれ』
『嫌です!』
そもそも事情を話せって、どうやって話せばいいのか。死神が来て、あと余命が49日と宣告された。時間があまり残されてないから、『とりあえず男紹介してくれ』とでも言うのか。
想像するだけでゾッとする話だ。
「で、千早はもう川崎君とやり取りしてるの?」
「んー、あんまり。ほら、最初からガッツくと、こっち、嬉しいみたいじゃない?」
「……嬉しいんだから、いいんじゃないの?」
「ダメダメ。私、恋愛は主導権握りたいタイプなのよねー。あっちから連絡が来るまでは返事しないようにしてるんだ」
「ふーん。わっかんないなぁ」
真琴は、思わず天を仰いだ。タイプの男子がいて、番号なんて聞かれたら、もし自分だったら舞い上がってしまう。そんなことがないくらいに、男子に対して免疫のある千早が本当に羨ましい。
そんな中、松下が苦い表情を浮かべていた。なにかが気に障ったのか、それともトイレに行きたくなったのか。そもそもトイレに行くと言う概念があるのか。とにかく、落ち着きがなく、ソワソワしている。
『なに、右往左往してるんですか?』
『……気にするな』
『えっ?』
『一歩一歩だ。人それぞれ、君は君のペースで進んでいけばいい』
『……ひょっとして、慰めてくれてます?』
『仕事だからな。元気出たか?』
『気分が悪いです。上から見下ろされてるみたいで』
『……性格最悪』
苦虫噛み潰したような表情を浮かべる松下を尻目に、真琴は心なしか、いつもより元気よく、一時限目の準備を始めた。
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