ダメ少女の決意
*
朝6時。真琴は朝の日差しで目が覚めた。しかし、すぐには動かない。急激な温度の変化と急な動きは心臓に負担がかかるからだ。なので、ゆっくりと一枚布団を取って、ゆーっくりと毛布を取る。
決して、まだ寝たいからではない。
そんな中、嫌なものが視界に入った。自称死神の松下という男が、
真琴はそんな怠惰な男を眺めながら、大きくため息をつく。
「……透けてますよ」
「まあ、神だからな」
「死神のくせに」
「えっ、君……ひどくないか? はっきり言って、昨日からずっと失礼だぞ」
目をまん丸にして反論する松下を置きざりにして、真琴はリビングへと向かう。やっぱり夢じゃなかった。残念すぎるが、やっぱり夢じゃなかったんだ。
ってか、女の子の部屋にずっといるって、サイテー。
「おはよう、真琴。朝食できてるから、ちゃっちゃと食べちゃいなさい」
「……うん、お母さん」
母の美咲の声に、真琴は少し動揺した。自分の娘があと48日で死ぬと知ったら、母はどう思うだろうか。そんなことを想像して、ちょっと涙腺が緩くなったが、なんとか耐えてトースターから出てきたパンにバターを塗る。
「美味そうだな」
「……神様って、ご飯食べられるんですか?」
「お供え物として置いといてくれれば、味はわかる」
「ふーん」
まあ、別に供えないけど。
そして、知りたくもない豆知識を得てしまった。でも、自分がもし死んだら、好物のバナナを墓前に置いておいてもらおうと思った。
「真琴、ブツブツ独り言しゃべってないで早く。片付けられないでしょ?」
「はいはいはい」
「はい、は、いっかい」
「ふふ……お母さん、それって『はい』2回になってるんだよ」
「屁理屈言わない。じゃあ、私行くから」
そう言って、母は早々に家から出て行った。
「ずいぶんと
「片親は大変なんですよ」
母は自分より一つ歳下、つまり16歳の頃に真琴を産んだ。父は産まれる前に逃げた。いわゆる、シングルマザーというやつだ。心臓が弱く生まれた真琴の介護をするため、母は猛勉強して真琴を育てながら看護師の資格を取った。
そんな波瀾万丈の生き方をしてきた母は、まだ33歳だ。元ヤンで怖いのがタマに傷だが、ちょっといい人もいるみたいだし、心臓に欠陥を抱えた自分がいなくなった方が、案外上手く行くのではないだろうか。
手早く朝食を済ませ、歯を磨き、制服に着替えて家を出た。数分ほど歩いていると、後ろから気配がついてくる。振り向くと、浮遊している松下があくびをしていた。
「いつまでついてくる気ですか?」
「ストーカーみたいに言うな。仕方ないんだよ。規則上あんまり離れられないんだ」
胡散臭く答える松下に、真琴は半信半疑の視線を向ける。そんな人間の社会的ルールが、そもそも死神界隈に設けられているというのが怪しい。今のところ、ただ女子の生活を覗き見たいだけの、イカれた浮遊霊の可能性を捨てきれていない。
「どれくらい離れられるんですか?」
「半径5メートル」
「近っ! ストーカーより性質悪いじゃないですか!?」
プライバシーもへったくれもない。こちとら、年頃の女子。最低でも半径100メートルくらいは離れていてほしいところである。
「ところで、学校には目ぼしい人はいるのか?」
「なにがですか?」
「恋だよ、恋。君が言ったんだろう?」
「えっ、いませんよ。あなたが連れてきてくれるんじゃないんですか?」
「マッチングアプリでなら」
「い・や・で・す! それ以外で」
「そんな訳ないだろう。この前も言ったけど、やれること限られてるから」
「……じゃあ、なにができると言うのですか?」
「これでも、いろいろな人生を見てきたから。先輩として、アドバイスをあげることになるだろうな」
「ウザっ! 部活のOBで大学に居場所なくて、たいした実力もないのに、ちょこちょこ教えにくる先輩みたい!」
まあ、部活をやったことがないから、わからないんだけども。
「まあ、人生のパイセンとして、一言お前に言っておく。恋は他人任せにするもんじゃないんだよ。自分でするもんだ」
「……面倒くさいだけじゃないんですか?」
「そんなわけないじゃん」
「……」
絶対にそうだと、真琴は確信した。
まあ、役立たず死神は置いといて、ともあれ時間はあまり残されていない。小説、漫画は好きなので『恋』がどういうものかは理解しているつもりだ。
心臓の弱い、幸薄い少女を演じる時期もあった。だが、現実はそんなに甘くはない。守ってくれる王子様などは自然発生しない。むしろ、活発でアクティブな女子順に彼氏が出きている光景を、むざむざと見せつけられて、内心は穏やかじゃなかった。
やるのだ。こっちから、捕まえに行く。そんな決心を密かに抱えながら、真琴は大股で歩き出した。
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